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ヘタレな勇者  作者: 六三
20/28

20:ついにヘタレと

 前回の戦いから数日が過ぎていた。

 その間にムダル軍からの新たな攻撃は行われず、ファーリスもティーナも平和な毎日を送っていた。


 あの晩のその後は、勿論ティーナは自分の部屋に戻った。

 ティーナがファーリスの部屋に行った事は、その前に会った侍女も知っている為、もしティーナが自分の部屋に戻らなかったら大問題である。


 そして2人は相変わらず、いつもの様に庭の奥の木陰でティーナがファーリスを膝枕していたのだった。


「ムダルの軍勢ってもう攻めてこないの?」

 そう言いながらティーナはファーリスの金髪を玩んでいる。


「うーん。アルベルトさんは様子を見ようって言ってたけど、ベムエルさんはあれだけ一方的に負けては、敵も諦めたのかも知れないって」


「そうね。そうだと良いのだけどね」

 そしてファーリスの金髪を指に巻きつけた。


 ファーリスが前の戦いで、自分の所為で6名の兵士が亡くなったと気に病んでいる件については、あの後アルベルトに相談した。


 するとアルベルトは、自分の所為で兵士が亡くなったのだというファーリスの言葉に、心底意外そうな表情をしたのだった。


「それは話が逆です。我々が本来自分達で解決すべき問題なのを、ファーリス殿に手伝って頂いているのです。決してファーリス殿の所為で、我々が被害をこうむっている訳ではありません。そう思っていらっしゃるなら、まったくの見当違いと言うものです」


 アルベルトの断言する言葉に、ファーリスの気もかなり楽になったが、それでもやはり戦いは無い方が良いに決まっている。


 そして今2人は、ゆったりとした時間を過ごしていたが、そこへベムエルの声が聞こえた。


「ファーリス殿! 敵襲です!」


 ファーリスは驚いて飛び上がりかけたが、ティーナがそれを押さえ、ベムエルに聞こえない様に小さい声でファーリスに叫ぶ。

「だからダメなの!」


「あ。そうか」

 とファーリスも小さい声で答えた。


 ティーナの言う「ダメ」とは、勿論、領主の娘が隠れて男の子と2人きりで会っていると、ばれては行けない事についてである。


 そしてベムエルの声が聞こえなくなると、ファーリスは立ち上がり、急いでベムエルの後を追おうとする。

 だが座ったままのティーナが、その立ち去ろうとするファーリスの服の裾を引っ張った。


 ファーリスが振り向いて「え? なに?」と問いかける。



 すると、ティーナが「ん」と顔を突き出す。


 ティーナの意図を察したファーリスは、ティーナの前に跪き、そしてティーナにキスをした。


 そしてファーリスは顔を真っ赤にしながらティーナに「じゃあ、行って来るね」と声をかけ、走り去っていった。


 ティーナはファーリスの後ろ姿を笑顔で見送り、感慨深げに呟いた。

「やっと、ここまでこれたのね……」



「ベムエルさーん!」


 ベムエルの後を追いかけたファーリスが、ベムエルを呼び止め、その声にベムエルが振り向く。


「おお。ファーリス殿。ここに居たか。ムダル軍が侵攻してきた。奴らまだ諦めてなかったらしい」


「早く諦めてくれたら良いのに……」


 ベムエルは、ファーリスが前回の戦いで、僅かとはいえ損害が出た事を自分の所為と考えて気に病んでいた事を知っている為、ファーリスを元気付けようと励ました。


「なに。今回の戦いでも圧勝すれば、敵はもう諦めるさ」


「そうだよね」

 ベムエルの励ましに、ファーリスの表情も幾分は明るくなる。


 そして、2人は司令部へと向かうと、そこにはアルベルトが待ち構えていた。


「ファーリス殿。ご足労、ありがとう御座います。敵がまた出陣してきたようです」


「はい。聞きました。作戦は前回と同じで良いの?」


「いえ。実は敵は前回までのように数部隊を出撃させては来ず、かなりの兵力の一部隊だけを出撃させて来ている様なのです」


「それって。どういう意味なの?」

 ファーリスが首を傾げて問いかけると、アルベルトは少し考えてからその問いに答えた。


「もしかしたら、前回までの様な戦い方はもうこちらには効かないと諦め、決戦を挑んできているのかも知れません」


「決戦?」


「はい。そうです。ですがこちらにはファーリス殿が居ます。ファーリス殿の魔法で、敵の指揮系統を破壊していただければ、勝利は間違い有りません」

 アルベルトはそう言うと、力強く笑った。

 前回の快勝でかなり自信をつけた様だ。


 こうしてムダル軍を迎撃する為に、ファーリスとアルベルトは出陣した。


 そして、ファーリスがその敵軍の近くに瞬間移動で現れると、その軍勢が騎兵のみで構成されているのに気付いた。

 ファーリスにはそれがどういう意味なのかまでは分からなかったが、とにかく、いつも通り指揮官らしき人を狙おうかと思ったその時、ファーリスは困惑した。


(いつもは馬に乗っている人が仕官と思って攻撃していたけど、全員馬に乗ってるんじゃ誰が仕官なのか分からないよ)


 ファーリスは仕方なしに、片っ端から威嚇すべくファイヤーボールを連射したが、敵はやはりファーリスを視界に納めた瞬間逃げ出してしまったのである。


 しかも全員が騎兵の為、その逃げるスピードはすさまじく、騎士達の乗る馬の足元に対してファイヤーボールを撃ったつもりが、地面に着弾する頃には騎士達は数メートルも先に進んでしまっている有様だ。


 だが、ファーリスが「まあ、一応は追い払ったのでもう良いかな?」と思い追いかけるのを止めると、なんとその敵軍は引き返してくるのだ。

 そしてファーリスが追いかけると、やっぱり逃げる。


 ファーリスが手間取っていると、アルベルトが率いる部隊が追いついて来た。

 一旦アルベルトの傍に戻るべく、ファーリスは瞬間移動の魔法で飛んだ。


「ごめんなさい。敵が逃げたかと思ったらまた戻って来て、追い払えないんだ」


「逃げたかと思ったら、また戻ってくるですと?」

 ファーリスの言葉にそう言いながら、騎乗のアルベルトは少し険しい表情となる。


「うん。それがずっと続いてて」


「うーん。敵は決戦を挑むつもりだが、それには我々リリエル軍が居なくては意味がないと考え、我々の出現を待っていたのかも知れないですね」


「あ。そうかも知れないですね。じゃあ、僕はまた敵軍に突っ込めば良いの?」


「はい。お願いします」

 アルベルトはファーリスにそう答えると、振り返って背後に控える軍勢にも進軍の合図を送った。


 こうして敵軍へと向かったファーリスとリリエル軍であったが、やっぱり敵は逃げてしまう。

 そして騎兵と歩兵の混合部隊であるリリエル軍は、騎兵のみで構成されたムダル軍に追いつけない。

 騎兵だけで追いかけると、さすがに敵兵の方が多すぎて、いくらファーリスの援護があっても危険なのである。


「どうしよう。やっぱり敵は逃げていくだけだよ」


「うーん。明らかに敵は我々を引き付け様としています。もしかしたらこの先に敵の伏兵が居るのかも知れません」


「じゃあ、どうしよう?」


「とりあえず、ここに一旦留まりましょう」

 そしてアルベルトが停止の合図を送り、リリエル軍はその場に停止した。

 ファーリスの瞬間移動で偵察をお願いしたいところだが、あくまでファーリスは戦闘については素人だ。

 偵察に出ても、伏兵の存在を見落とす可能性もある。

 伏兵が無いと思って進撃した挙句、伏兵に会いでもすれば目も当てられないのだ。


 するとやはり敵はまた戻ってきて、停止しているリリエル軍に挑発を続ける。


 その様子を見ていたアルベルトが、口を開いたが、その口調にはアルベルトらしからぬ敵への微かな嘲笑が見て取れた。

「こんなあからさまな挑発に乗る訳もあるまいに。相手にせずここに留まりましょう。ファーリス殿。もし敵が向かってきたなら魔法で敵の出鼻をくじいて下さい。怯んだ敵に我々が攻勢をかけます」


 だが、結局敵からの攻撃は無く、にらみ合いのまま日が暮れ、両軍は引き揚げて行ったのである。


 帰還の途中もアルベルトの機嫌はよく、彼には珍しく饒舌に上機嫌でファーリスに語りかけた。


「あの様なあからさまな手で来るとは、敵にはもう打てる手が無いのでしょう。もはや敵が撤退しても不思議ではありません」


 だがその彼の自信はリクルハルド城に着くなり、打ち砕かれた。

 彼らの帰還を待っていたか様に、次々と報告が入ったのだ。


 その報告とは、ファーリスとアルベルトが率いる主力が敵に引き付けられている間に、複数の村が敵に襲われ、壊滅状態となった村が続出したというものだったのである。


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