19:可愛いヘタレ
「ねえ。僕えらいの?」
ティーナが困惑して答えられずにいると、ファーリスが再度問いかけてきた。
明かりの点いていない部屋は、ファーリスの表情を隠し、それがなおの事ファーリスがどの様な意図で言葉を発しているかを曇らせる。
ティーナは仕方が無く、困惑しながらも何とか言葉を探った。
「えらいって言うか……すごいと思うけど?」
しかしそのファーリスはティーナの声が聞こえているのか聞こえていないのか、さらに言葉を続ける。
「今日の戦いどうなったか知ってる?」
「え。ええ。知っているわ」
「どうなったの?」
「えーと。味方の損害は少しで、敵に大損害を与えたって……」
「味方の損害って?」
「確か6名だったと思うけど?」
「その6人の人はどうして亡くなっちゃったの?」
「どうしてって……」
ファーリスのいう意味が分からずティーナは戸惑う。
「僕が敵を攻撃するのを嫌がったから……、アルベルトさん達も戦う事になったから、だから死んじゃったんだよね?」
「ファーリス……」
「僕が戦うのを嫌って理由で、6人も……。ねえ、僕ってそんなにえらいの? 僕が嫌っていう方が、その人達より大事なの?」
まだ明かりの点いていない部屋に目は慣れてはいなかったが、ティーナにはもうファーリスが今どういう表情で居るのかが、はっきりと分かった。
ファーリスは泣いているのだ。
ティーナはゆっくりとファーリスに近づくと、ファーリスをその胸に抱きしめた。
この世界でもそう頻繁に戦いがある訳ではないが、珍しいという訳でもない。
勿論身内が亡くなれば悲しいが、敵と戦い味方の損害が少なく、敵に大損害を与えたともなれば、それは喜ばしい大勝利なのだ。
それは、決して冷酷ではないティーナにしてからそうだった。
だが、戦いの知らないファーリスにとっては、それは損害ではなく、人が死んだという事であり、しかもそれが自分がちゃんと戦えていたら防げていたというのならなおさらだった。
ティーナはファーリスをさらに強く抱きしめた。
「ごめんね……」
本当はファーリスには関係の無い戦いなのだ。
ファーリスが戦っているのは自分に関わったから、自分が戦う様に頼んだからなのだ。
ティーナはファーリスに言いたかった。
この戦いは元々ファーリスには関係が無いのだ。
自分達だけで戦っていてはとっくの昔に負けていて、よほど多くの犠牲が出ていたはずなのだ。
だからファーリスは十分やってくれているのだ。
ファーリスが気に病むことは無いのだ。
そう言いたかった。
でも、どうして自分が戦えと言っておきながら、今度は、あなたは戦う必要は無かったのだから気にするな、などと言えるのだろう?
だからティーナはこの言葉を繰り返した。
「ごめんね……ごめんね……」
そして力の限りファーリスを強く抱きしめた。
ファーリスはティーナに抱きしめられながら、自分の頭に何かが当たるのを感じた。
はじめは何か分からなかったが、それは次第に数を増やし、遂には線となってファーリスの額から流れ落ちたとき、ファーリスはそれがティーナの涙なのだと気付いた。
ファーリスの顔を伝うティーナの涙は、ファーリスの頬で、ファーリスの涙と交じり合って共に流れ落ちた。
ファーリスはティーナに抱きしめられたまま、ティーナに問いかけた。
「泣いてるの?」
「ええ。泣いてるわ」
「どうして?」
「あなたが泣いているのだもの」
ファーリスが起き上がろうと体を動かすと、それまでファーリスを強く抱きしめていたティーナの腕から力が抜け、ファーリスはティーナと向かい合って座りなおした。
「どうして僕が泣いていると泣くの?」
「あなたの悲しそうな姿を見ると、私も悲しいわ」
ファーリスはティーナを見つめた。
すでに目は暗闇に慣れ月明かりでもはっきりとその姿を見る事が出来た。
ファーリスの前に座るティーナの瞳からは涙が溢れている。
いつも自分に微笑みかけてくれるティーナの悲しみの姿に、ファーリスの胸は痛み、そしてその痛みはファーリスの苦しみをも覆い尽くした。
これほど自分の事を想ってくれる人が居るなんて、今まで考えた事も無かったのだ。
そしてファーリスは、その人を泣かしては行けないのだと強く思った。
でも、そのティーナはファーリスが悲しそうにしていると、自分も悲しいと言う。
だからファーリスはティーナに向かって、がんばって何とか微笑んで見せた。
「ティーナ。僕は大丈夫だからね? 泣き止んで?」
すると、ファーリスの言葉に、ティーナも小さく微笑む。
ファーリスはティーナを見つめ、ティーナはファーリスを見つめていた。
2人はベッドの上に座ったまま、しばらく見詰め合っていたが、不意にティーナが目を瞑った。
残されたファーリスは暫く戸惑っていたが、意を決して、おもむろに……口を開いた。
「キスしていいの?」
ティーナは思わず噴出した。
そして、毛布を頭から被りベッドの上で体を丸めて寝転がり、必死に笑いに耐えている。
だが笑いを抑えきれずに、その肩は激しく上下にゆれ、ごろごろと左右に寝返りをうった。
「え? ティーナ大丈夫?」
ファーリスは慌てて、ティーナの体を押さえ様とするが、激しく体を波打たせながら笑うティーナを押さえる事が出来ない。
結局ティーナが自然と笑い終わるまで待つ事になったのである。
ティーナの体が波打つのが止まると、ティーナは被っていた毛布を取り、改めてファーリスと向かい合う。
ティーナは肩で息をし、顔にはまだ涙の後が残っていたが、その表情は優しくファーリスを見つめながら笑っていた。
「ええ。キスしていいわよ」
そして目を瞑り「ん」っと顔を前に突き出す。
ファーリスは、ゆっくりとティーナの顔に自分の顔を近づけると、小さく啄ばむ様にティーナにキスをした。
そして、ティーナが瞑っていた目を開くと、その目前には、顔を真っ赤にしているファーリスの顔があった。
そして今度はティーナの方からファーリスにキスをした。
それは、ファーリスがティーナにしたキスよりも遥かに強いキスだった。
そしてファーリスの顔を両手で挟むと、その顔中にキスをする。
「ちょっちょっと。ティーナやめてよ」
ファーリスが慌てて逃げる。
だがティーナはそれを許さない。
「ダメよ。逃げないで」
そして、それでも逃げようとするファーリスを追いかけ、ベッドに押し倒してもまだキスの雨を降らせた。
(まったく。なんて可愛いのかしら。このヘタレは!)