16:善人系のヘタレ
「追い払うだけで、敵を倒して無かっただと!」
ムダル軍に襲撃された村からの帰城の途上、アルベルトが激昂していた。
よく訓練されたアルベルト自身の馬は兎も角、後ろに続く護衛の騎士達の馬の中には、アルベルトの怒号に歩調が乱れるものもいるほどである。
副官のベムエルも困惑の色を隠せない。
「そういえば、ファーリス殿から、「撃退するってどうすればよいの?」と聞かれた時に、敵を追い払えばよい。とは答えましたが……。本当に追い払っていただけとは……」
「いくら追い払っても敵が攻めてくるのは当然ではないか! 敵に損害は無いのだからな。ファーリスが来れば逃げればよい。そしてファーリスが居なくなればまた攻めて来るのだ!」
アルベルトはファーリスの名を、つい「殿」を付けずに呼び捨てで叫んだ。
敵を一生懸命倒してくれていると思うからこそ、敬意を持ってファーリスに接していたのである。
それが実質ほとんど意味を成していなかったなど、アルベルトの怒りは収まらない。
「それで……どうします?」
「どうしますだと! 敵をぶっ倒して来いと言うに決まっておろうが!」
普段の落ち着いた雰囲気からは考えられないほどの怒号である。
「とはいえ、ファーリス殿が戦っているのはティーナお嬢様からの要請があるからです。我々がそう頭ごなしに怒鳴るわけには……」
アルベルトの様にファーリスに対して必要以上の敬意を持って接して居ない、逆に言えば壁を作らずファーリスと接していたベムエルは、ファーリスの事を「頼りなげだが素直な男の子」と思い、好意を持っていたのである。
その為、ついファーリスを擁護してしまったのだった。
アルベルトもそう言われると、さすがに冷静にならざるを得ない。
だが、このままで良い訳では無いのも、また事実である。
大きく息を吐き、気を落ち着かせると、普段通りの落ち着いた口調で口を開いた。
「では、どの様にすれば良いというのか?」
とは言うもののベムエルにも良い考えなどある訳ではない。
だが、かばってしまった以上は、何か言わなくてはならないだろう。
それはダメだが、どうしたら良いかは自分も分からない。では無責任と言うものだ。
しかし、いくら考えても良い案が浮かばない。だが代案なら浮かんだ。
「どうでしょう、ボルジ殿に相談してみては? ヘタレについて詳しい様ですし」
「ボルジ殿か……なるほどな」
ベムエルの言葉にアルベルトも頷き、こうして今や、ヘタレ心理学の第一人者と目されているボルジに相談する事になったのである。
アルベルトは城に到着すると馬番に馬を預け、さらに従者を呼びつけた。
「ボルジ殿に、司令部にある私の執務室まで来る様に伝えてくれ」
アルベルトはボルジに対して、年長者として敬語で対応してはいるが、実際身分の上では、アルベルトは現在副司令官のクラウス家と共に代々軍部の最高責任者を務める家柄だ。
文官の末席に名を連ねるだけのボルジとは身分が違う。
アルベルトの方からボルジを訪ねるなど、よほどの事がない限り有り得ないのである。
従者は「は! かしこまりました!」と足早にその場を後にした。
アルベルトがその執務室に着き、軍部の司令官の物に相応しい重厚で頑丈そうな机に備え付けられた椅子に座り、ボルジにファーリスの事をどう相談しようかと暫く考えていると、果たしてそのボルジがベムエルに案内されて執務室にやってきた。
そして「よくお越し頂いた」とアルベルトが椅子に座ったままボルジを向かえ、ボルジはアルベルトと机を挟んだ前に立ち「いえいえ。それで、何か御用でしょうか?」とアルベルトに問いかける。
そしてその間に、ベムエルはアルベルトの背後に進みその後ろに立つ。
座っているのはアルベルトだけだ。
それがこの3者の身分関係を表していた。
アルベルトがファーリスを迎える時に椅子から立ち上がり、そしてファーリスが椅子に座ってから自分も椅子に座っていたのは、ファーリス自身はあまり気を止めていなかったが、アルベルトにしてみれば最上級に敬意を表して居たのだ。
アルベルトがそれほどの敬意を表す相手となれば、文官の最高責任者で年長でもあるウルマスか、さも無ければ領主の娘であるティーナが執務室を訪ねて来た時ぐらいである。
ちなみに、領主であるクリストフが執務室を訪ねるということは、そもそもが有り得ない話である。
どんなに火急の用事でも、アルベルトがクリストフを訪ねるのだ。
そしてそれほどファーリスに敬意を払っていたにも関わらず、ファーリスのヘタレぶりにアルベルトの失望は大きかった。
「実は、ファーリス殿が敵を追い払ってくれていたのは良いのだが……本当に追い払っているだけで、敵を一人も倒してなかったようなのだ」
「確かに、ありえない話ではありませんな……」
「ボルジ殿からの見てもそうなのか?」
アルベルトの問いかけにボルジは顎に手をやり、少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。
アルベルトに説明する為の上手い言葉を捜している様だった。
「そうですな……ヘタレと一言で申しても色々と種類はあります。ファーリスのヘタレを名付けるならば、「善人系のヘタレ」……そう申せましょう」
「善人系ヘタレだと?」
「はい。どうしても悪事や人に対して酷い事ができない。例えば、お金が無くて凍え死にしそうな時に、何時も自分を苛めている人が財布を落としてもその財布をその人に届け、そして自分は教会で凍死する少年の様なものなのです」
「そうか……」
ボルジの妙に具体的な例えに、アルベルトは考え込んだ。
善人系ヘタレ、と言えば聞こえは良い……いやヘタレはヘタレなので、良くは無いか。
だがそんな事より今は、敵を攻撃しないという事が重要なのだ。
是が非にでもファーリスに戦わせなくては成らない。
「やはり、ファーリス殿に逃げる敵を追いかけて攻撃する様に。と頼むのは難しいか?」
「はい。逃げる敵になど……とてもではありませんが、出来ますまい」
「そうか……」
アルベルトそう短く呟いたが、ある事を思い出した。
「そう言えば、以前ヘタレは高圧的に命じればいう事を聞くと申していたではないか。高圧的に敵を攻撃する様にとは頼めないのか?」
「はい。確かにそう申しました。しかしこうも申しました「無理難題で無い限り」と。ファーリスには出来ない事でしょう」
「それでは全然役にたたんではないか! では、ファーリス殿はどの様な時に戦えるというのか!」
「おそらく、ファーリス自身か他の誰かが攻撃されていれば、その時は攻撃するでしょう。それ以外で敵を攻撃するのは難しいかと……」
「だったらだ。敵兵達に村民達は害されておるのだぞ! 攻撃してもよさそうなものではないか!」
ボルジは、「確かに」と答え一礼した後、再度口を開く。
「ですが、今までファーリスが敵を攻撃していないという事は、おそらく敵はファーリスを見た瞬間、村人への攻撃を中止し逃げ出すのでしょう。村人を攻撃するその瞬間を目撃していない事には……」
「うぬ……」
アルベルトは歯を食いしばる様に言葉を漏らすと、机の上に肘を突いて頭を抱え込んだ。
どうすれば良いのか。
では、結局ファーリスは役に立たず、やはり、自分達で戦うしかないのか……。
そう考えると、不意にアルベルトの顔に自嘲気味な笑みが浮かんだ。
そうか。
元々自分達の戦いだったか。
ファーリス殿にだけ戦わせて解決しようとしてたのが間違いだったのかもしれん。
自分達も戦わなくてはな……
ん? 待てよ。自分達も戦う?
アルベルトは抱えていた頭を上げた。
その顔は何か晴ればれとし、そして自信に溢れていた。
「ベムエル。ファーリス殿を呼んで来てくれ。作戦を思いついた」
ボルジが例えに出している「教会で凍死する少年」とは勿論、
フラン○ースの○の○ロです。