15:ヘタレの庭
ティーナは城の庭にある林の少し奥まったところの木の根元に座り込んでいた。
そしてその手は膝の上に乗る金色の頭を触れるか触れないか、というギリギリのところで優しく撫でている。
その金髪に触れたい。でも、起こしてはいけない。その葛藤による両者のせめぎ合いの結果、ギリギリのところで撫でる。という中途半端な行為となっているのだ。
だがそれでも彼女は幸せだった。
ファーリスとここで並んで座りながら、会話をしていると不意にファーリスが自分に持たれかかってきたのだ。
(まさかファーリスの方から、アプローチしてくるなんて。ヘタレなのに!)
とティーナが思ってファーリスの方を見てみると、すやすやと眠り込んでいたのだ。
出撃から帰ってきたファーリスをティーナが「お疲れ様」と笑顔で出迎えた。
ファーリスもティーナに微笑みかけたが、その足取りは危なげだった。
「大丈夫? 疲れているみたいだけど」
ティーナが心配げにファーリスの顔を覗き込む。
それに対しファーリスは「うん。大丈夫だよ」とティーナに微笑んだが、その顔には隠し切れない疲れの影が見て取れる。
アルベルトの「このままでは城の食料がなくなる」という言葉から数日が経っていた。
そしてアルベルトは敵の動きをさらに厳重に警戒する様にと偵察の部隊に申し渡し、敵が村を襲う前にファーリスを出撃させる作戦にでた。
この作戦が功を奏し、敵からの村への襲撃は一時収まったのだが、しばらくすると敵は前にも増して攻撃を活発化させたのだ。
時間を合わせたかの様に、敵の第1陣、2陣、3陣から村々を襲うために同時に部隊が出撃する。
ファーリスはその部隊の対応に追われまくり、さらに敵は時間差で別の部隊も出撃させてくる。
こうして、同時に数部隊、時には十を超える敵部隊が領内を駆け巡り村々を襲おうとするのだ。
いくらファーリスが瞬間移動出来るとはいえ、敵の位置は軍の偵察からの報告が無いと捕捉出来ない以上、後手後手に回り、時には抑えきれず村が襲われてしまう事もある。
とはいえ、さすがにそれでも城からリリエルの軍勢を派遣するよりは、ファーリスが瞬間移動した方が早い為、ファーリスを頼るしかない。
その為連日の出撃でファーリスは疲れきっていたのだ。
「立ってると疲れるわよね。少しあそこに座りましょう」
そう言ってティーナは少し道をそれたところにある、木陰へとファーリスを誘ったのだ。
だが、2人で並んで座り会話をしていると早々にファーリスが眠ってしまい、ティーナは肩に持たれかかってきた。
そしてティーナは、ファーリスを起こさない様に、ゆっくりとその膝に乗せたのだ。
ティーナは何時間でもこのままで居たいと思ったが、時がそれを許さず、日が傾いてくると、今まで木の枝で日陰となっていた2人のところに日が当たり、その眩しさでファーリスが目を覚ましてしまったのだ。
「あ。ティーナごめん!」
目を覚まし、ティーナの膝の上でごろごろと頭を動かし状況を確認していたファーリスが、状況を理解し慌ててティーナの膝から立ち上がろうとする。
だがティーナは、つい「ダメ!」とファーリスの肩を抑えて、強引にまたファーリスの頭を自分の膝の上に乗せてしまったのだ。
反射的に行ってしまった行為だったが、ティーナの顔は見る見るうちに赤くなる。いくらなんでも強引過ぎる。
だが幸いな事に、ファーリスからティーナの顔は見えず、またファーリスはヘタレだったので「ダメ」といわれると、「え? ダメなの?」と素直に、その「ダメ」に従いティーナの膝の上で大人しくなった。
だが「ダメ」と言ったからには、なぜ「ダメ」なのかを説明する必要がある。
ティーナは必死で頭を巡らし、もっともらしく、それでいて彼女が心の底から思っている言葉を拾い上げた。
「あなたは疲れているのだから、ゆっくりと休まないとダメよ?」
ティーナが優しくそう言うと、ファーリスも素直に「うん」と返事をし、そしてティーナの膝にさっきより少し重みが増した。
今まで身を硬くしていたファーリスが、ティーナの言葉に安心して身を任せたのだ。
とはいえこの場所は、日が傾いた所為で日がさしている。ゆっくりと休むと言うにはあまり相応しいとはいえない。
その事に気付いたティーナがファーリスに声をかけた。
「あ。ファーリス。ここは眩しいでしょ? あそこに行きましょうね」
ティーナはそう言って、木の幹の反対側に移動して座り、ファーリスに手を差し伸べた。
ファーリスも素直に導かれて、ティーナの膝の上に頭を乗せた。
だが2人は、この何気ない行為が、2人にとって重大な意味を持つ事に気付いていなかった。
ファーリスがついティーナの膝の上で寝てしまったという事ではなく、自分の意志でティーナがファーリスを膝枕に誘い、ファーリスは自分の意志でティーナに膝枕をしてもらった。
この事で、2人の間でティーナがファーリスを膝枕をするという事が、特別な事では無くなったという事を。
今後、当たり前の様にティーナがファーリスに膝枕をしてあげる事になる事を。
この事で、2人の距離がまた少し縮まった事を、2人が気付く事は無かったのである。
数日後、アルベルトと副官のベムエル、それとその2人の護衛がファーリスと共に出撃する事となった。
当然2人とその護衛達は瞬間移動が出来る訳ではないので、ファーリスが出撃した後に、懸命に馬で追いかける事になる。
出撃といっても敵はファーリスが追い散らした後なので、敵と戦う訳ではない。
あまりにも敵の攻勢が激しく、村々の動揺も深刻なので現状視察を行う事にしたのである。
そして敵が出撃してきたという報告が入ると、その視察団は城を出発した。
だが、敵は複数の部隊で出撃してくる。
伝令からファーリスが敵のどの部隊の進撃を防ぎ、次にどこの村が狙われてファーリスがそこに向かったなどの報告を受けながら、軌道修正しつつ進む。
そして敵の進入を防げなかった村に到着した、とはいえ敵はすぐにファーリスが追い払ったため、それほど被害が出たわけではない。
ファーリスはすぐに次の敵へと向かっている。
副官のベムエルが村長に状況を問いかけると、村長は力なく答えた。
「今回は被害は少なくてすみましたが、村が襲撃されるのはこれで2度目なのです。村人の者達は、みな怯えております」
ベムエルは村長に痛ましげな視線を投げかけると、次に司令官であるアルベルトへと視線を移した。
そのアルベルトが村長に口を開く。
「確かに、お前達の不安も分かるがもう暫く辛抱して貰えないか」
アルベルト自身無責任な言葉だとは自覚しているが、軽率に「では、城に避難する様に」といえる状況ではない。
出来るだけ、村で頑張って貰うしかないのだ。
村長はアルベルトの言葉を聞くと、力なくため息をつき、そしてある方向へと目を向けた。
アルベルトとベムエルが釣られて同じ方向を見ると、そこは果たして墓地だった。
この戦いで無くなった村民が埋葬されているらしい。
村長は別段2人に無言の非難をしている訳ではなく、これからの不安が無意識にそうさせたのだ。
そして2人にもその事が理解できる為、城に村民を避難させる様に言えない事を、なおの事2人を心苦しくさせる。
それゆえに、2人は状況を確認した後は、足早にこの場を立ち去ろうと考えたのだが、最後にアルベルトが村長に労いの言葉をかけた。
「村の復興をせねばならない時に、敵兵の埋葬なども大変だろうが、がんばってくれ」
そして、背を向けようとしたのだが、村長からは思いがけない言葉が投げかけられた。
「いえ、敵兵の埋葬はしておりませんが……」
2人は驚いて、村長から背を向けかけていた体を、また村長へと向けた。
「確かに村をこのようにした敵は難いだろうが、埋葬せんと遺体が腐敗し、疫病が発生しよう。今からでも遅くは無い。ちゃんと埋葬する様に」
だが村長はこのアルベルトの言葉に困惑の色を隠せない。
「そうは言われましても……敵兵を埋葬するもなにも、敵兵の遺体など無いのです」
村長の言葉に2人は顔を見合わせた。