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ヘタレな勇者  作者: 六三
14/28

14:見抜かれたヘタレ

 村のあちこちで火の手が上がっている。

 ムダルの軍勢が村に攻めてきたのだ。


 敵は村にやってくると、所構わず火を点けて回り、敵の進むのと同じスピードで火の手は広がっていく。


 村中に村民の悲鳴が響く。だが、それが敵兵をおびき寄せる事になると気付くと、村人は口に手をあて必死に悲鳴を抑えようとする。


 ある者は逃げ惑い、ある者は物陰に隠れてやり過ごそうとしたが、逃げる者は馬に乗る兵士によって容易に追いつかれ、物陰に隠れる者は建物ごと火をかけられた。


 だが、傍若無人に暴れ回っていた敵兵の足元が、突如として轟音と共に弾け飛んだ。


 村が襲われているという報告を受けたファーリスが瞬間移動で飛んできて、村にあわられた瞬間村が襲われているのを目の当たりにし、反射的にファイヤーボールを放ったのだった。


「止めて! これ以上ひどい事しないで!」


 ファーリスはそう叫ぶと、さらに敵兵を追い立てる様に、ファイヤーボールを連射する。


 このファーリスの攻撃に、敵兵はまったく抵抗らしい抵抗もせずに逃げ散り、村民達は村に火が放たれているというのに、さらに火の玉を連射しても大丈夫なのか? と心配しながら、ファーリスに感謝した。


 もっともこの後、敵兵により点けられていた家々の火が、ファーリスのブリザードの魔法により瞬く間に消されると、村民は心のそこからファーリスに感謝したのだった。


 普段はファイヤーボールばかり使っているファーリスであるが、ブリザードやサンダーボルトが使えない訳ではない。


 だが逆に言えば、使えない訳ではない程度にしか使えないのだ。


 ブリザードはファイヤーボールより高度な魔法とされ、ファイヤーボールと同じ威力のブリザードを放出するには、2倍の魔力が必要だと言われている。

 そしてサンダーボルトは同じ魔力ならばファイヤーボールより威力は強いのだが、なにぶん電気なので、思ったとおりの的に当てるのには高度な技術が要求されるのだ。


 つまり、ファーリスのブリザードは威力が弱く、サンダーボルトはどこに飛ぶか分からない為、結局使い勝手の良いファイヤーボールばかり撃っているのである。


 だが今回はその威力の弱いブリザードでも消火には役立った。


 しかし、ファーリスによって敵を追い払いはしたが犠牲者も多く、家を焼かれた者も多い。

 村民達の顔は一様に沈んでいる。


 ファーリスは居た堪れなくなり、自らを襲った悲運に絶えながらもファーリスに礼をいう村民達から逃げるように、また瞬間移動で城へと戻っていったのだった。

 もっとも、ファーリスの瞬間移動では一回の瞬間移動では城まで届かないので、5回の瞬間移動でやっと城にたどり着くのだが。


「ファーリス殿御苦労様」


 帰ってきたファーリスを出迎えたのは、アルベルトの副官ベムエルだった。

 ベムエルは29歳になる長身の男で、長い茶髪を後ろで束ねている。


 上官であるアルベルトは28歳で、実はベムエルより一つ年下なのだが、なぜそう言う事になっているのかというと、どうやらリリエルの重臣達は基本的に身分が世襲らしかった。

 ちなみに副司令官のクラウスが31歳で3人の中では最年長だ。

 アルベルト家とクラウス家が交代で、司令官と副司令官に任命され、ベムエル家は代々副官を務めるらしい。

 そしてちょうど代替わりの時期なので、みなその職責に対して若いらしいのだ。


 ファーリスは例によって、素直な疑問をぶつけてみた。


「代々副官って嫌じゃないんですか?」


 だがベムエルは心底不思議そうな顔をした。


「どうしてだい? 今までずっとこれでやって来て問題は無いのに」


 ファーリスは、自分が元居た世界では自分の職業は自分で選べたので、自分の職業が生まれた時から決められていて、しかも副官という誰かの補助的な仕事だという事は嫌じゃないのかと思ったが、ベムエルは嫌じゃないらしい。


 というより、この世界では「そう言うもの」らしかった。


 ファーリスはベムエルと連れ立って、アルベルトが居る司令官の執務室へと向かった。


 その途中も廊下を歩きながらベムエルがファーリスに話しかけてくる。


「だけど、敵も何度もファーリス殿に追い払われても、追い払われても攻めてくるけど、いい加減にして貰いたいね」


 そう、このベムエルの言葉通り、ムダル軍は本陣から軍勢を分散させ5つの陣を構築した後、村々を襲いだしたのだ。

 もっとも、それらはすべて敵襲の報告がもたらされると、すぐにファーリスが出撃して追い払っている。

 だがそれでも執拗に攻めてくるのだ。


「うん。早く諦めてくれたらいいのに……」

 応じるファーリスの表情は暗い。敵は追い払ってはいるが、ファーリスが到着するまでに受けた村の惨状を見るのは、やっぱり辛いのだ。


 そして執務室に着くと、ベムエルがノックをし「ファーリス殿を連れて参りました」と言った後、ベムエルが扉を開け中に入った。


「御苦労様です」

 大きな地図を広げたテーブルの傍に置かれた椅子に座っていたアルベルトはそう言いながら立ち上がり、テーブルを挟んだ向かい側の椅子を右手で示し、ファーリスに座るように促した。


 そしてファーリスが椅子に座ると、アルベルトも改めて椅子に座りベムエルはその後ろに立つ。


 そしてファーリスはムダルの軍勢を追い払った事を伝えたが、地図を睨みながら聞いていたアルベルトの表情は優れない。


 だが、それが折角戦ってくれたファーリスに対して失礼な態度だと思ったのか慌てて弁解する。

「すみません。気に掛かる事が合ったものですから」


「あ。別にいいです。それより気に掛かることって何なの?」


「敵の攻勢がなぜ止まないのかと……」

 アルベルトはテーブルに両肘を付き、顔の前で手を組んで、ため息を付いた。


「やっぱりそうですか……」

 アルベルトの返答にファーリスの表情も曇る。


 アルベルトは現状を再確認する為に説明を開始した。


「便宜上敵陣を近い順番から1、2と呼ぶと、ファーリス殿が敵本陣を攻めるまでは、第1陣から3陣までが比較的我らの城に近く、その後ろに第4陣、そして本陣、その本陣の後ろを守る様に第5陣が有りました」


 そう言うと、アルベルトは地図のその元の本陣の位置を指差す。

 そして地図の上を指を滑らせながら言葉を続けた。


「そしてファーリス殿が本陣を攻めた後は、本陣はこの第5陣よりも後方のこの位置まで下がっております」


 ファーリスは、アルベルトがちらっと上目遣いで「理解できてますか?」と言った風に見たので、「うん」と返事する。

 そしてアルベルトはその返事を受けるとまた説明を続ける。


「そして、現在敵は前衛の第1陣から第3陣を中心に部隊を出撃させて村々を襲っています。そしてその度にファーリス殿に出陣していただいているのですが……」


 ファーリスは、先は言わなくても分かっているという意味を込めて「うん」と頷いた。


 だがアルベルトの言葉は止まる事無く続いた。


「敵の攻撃が止まないのは勿論なのですが……。さらに問題が発生して、いや発生しつつあります。敵は村々を襲っていますが、その襲われた村の中には、2度、3度と襲われた村もあるのです。そしてその村の住民達がとても村には住んでいられないと、城に保護を求めて参りました」


「城に?」


 アルベルトはファーリスの言葉に地図から顔を上げずに短く「はい」と答える。

 ファーリス自身は気にしないが、それが非礼に当たるという事に気が回らないほど、アルベルトの心配事は深刻だったのだ。


「それがどう問題なの?」


 今まで地図を睨んでいたアルベルトが、目を瞑り唇を噛んだ後、ファーリスからの問いに答えた。


「その様な者達がこのまま増え続ければ、城の食料がなくなります」





 その頃、ムダル軍の本陣の天幕では参謀のザークが司令官のディエゴに戦況を報告していた。


 村々を襲わせている前衛3陣からの報告書を手に、ザークが口を開く。


「リリエルの村民達の一部が城に逃げ込んだ様です。そしてこの人数はさらに増えていく模様。計画は順調に進んでいます。いずれリリエル城の食料は底を尽きましょう」


 だが、このムダル軍に有利な報告にディエゴは喜ぶどころか、不満げにはき捨てた。

「そんな上手い手があるなら、初めからすれば良かろう。以前の作戦はなんだったのだ!」


(さーて、お勉強に時間だ)

 ザークは心の中で皮肉に呟くと、ディエゴへのお勉強を開始した。


「司令官のお父上であるロンバルド様は、豊かな土地であるリリエルを我が領土に加えたい。とのお心で御座いました。土地とは毎年耕し、作物を植え、そして収穫する事により生きるのです。耕す者も無く、植えた作物を収穫せずに放置すれば、土地は干上がり、作物は腐ってその土地は死にましょう。ですので、以前はリリエル軍に損害を与えて篭城させた後に、計画的に村々を取り囲み、男は残してそのまた農地を耕させ、女子供だけ城に追いやる心算でした。そうする事により豊かなリリエルの土地を我が軍の手にする作戦だったのです。ですがあの魔物の出現でそれが叶わぬという状況になった為、仕方が無く今回のとにかく住民達を城に追いやると言う作戦になったのです。そして当然この方法では土地を耕す者が居なくなり、土地は荒れます。元の豊かな土地に戻すまでには時間が掛かりましょう。ですがそれでも領土が獲れないよりはマシです。勿論、以前言っていた追い詰められた敵兵が死に物狂いになって攻めてきては3倍の兵力でも心許ない。と言っていた事もご懸念されているのでしょうが、それはあくまで城に篭城する敵をこちらが囲んでいた場合のこと。今回の作戦ならば城を囲む事無く敵を兵糧攻めにする事が出来ます。これだけ城から離れていれば、敵の必死の突撃にも十分対応できます。ちなみに以前の作戦で敵に十分な兵力がある場合にも、なぜ城を取り囲まなければならないかというと、城を取り囲んでいないと、食料が無くなった敵が城から出撃し、村々から食料を徴収してしまうからです」


 ザークは一気にまくし立てると「はい。じゃあ、何かご質問は?」とでも言うように、ディエゴの顔を覗き込んだ。


 ディエゴはその視線から逃げる様にそっぽを向いて「うーん。まあ……、そう言う事なら仕方なかろう」と歯切れ悪く答える。


 ザークは内心(こいつ、絶対に内容を理解してないな)と思いながらも、黙って一礼する。


 そして「まだ雑務が残っておりますので」とディエゴに告げると、再度一礼し「失礼します」とその場を後にした。


 ザークは天幕を出ると、リリエルの本拠地であるリクルハルド城の方角を見つめた。

 この本陣の場所からではリクルハルド城を望む事は出来ないが、ザークの心はリクルハルド城に居るであろう、あの魔物へと飛んだ。

 当然雑務が残っているなどというのは、まったくの嘘である。


 自分達が兵糧攻めを受けていることを知ったとき、あの魔物はどう動くだろうか?

 あの魔物は確かに強い。不死身と言っていいだろう。

 だがヘタレだ。


 今のところ、あの魔物はザークの推測通りの行動を取っている。

 それは取りも直さず、あの魔物がヘタレであると言うザークの推測を裏付ける事となる。


 ザークは日が暮れるまで魔物について思案を続けていたが、日が暮れるとおもむろに踵を返し、自身に宛がわれた天幕へと向かった。


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