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ヘタレな勇者  作者: 六三
13/28

13:ヘタレの晩餐再び

 ムダル軍を監視している部隊からリクルハルド城に伝令がやって来た。


 どの様な情報を伝えてきたのかというと、ムダル軍本陣以外の部隊も次々と陣を引き払い本陣へと集結しているという事だった。


「これってムダルの軍勢が退却するっていう事なの?」


 ファーリスが前回の食事会、いや軍議の時にアルベルトが言っていた内容を思い出し、アルベルトに聞いてみた。


「はい。その様に考えて問題はないと思われます」

 そう言うアルベルトの顔には、やっと戦いが終ると笑みがこぼれている。


 アルベルトの返答にファーリスも喜んだ。これでまた戦わなくてすむのだ。

 ファーリスは戦いが好きな訳ではないのだから。


 そしてファーリスがティーナにも伝えようとティーナを探していると、テラスでティーナを発見した。


 だが、ファーリスが伝えるまでも無くティーナもムダル軍が撤退するらしいという話を聞いていたらしく「ありがとうファーリス、あなたのおかげよ!」という聞き覚えのある台詞を発し、さらにデジャヴの様にファーリスに抱きついてきた。


 前回折角ファーリスからも抱きしめられそうだったのに、心構えが出来てなくてつい身を引いてしまったティーナは、心構えも万全にファーリスからも抱きしめてくれるのを待った。


 だがティーナは、まだヘタレという者をよく分かっていなかった。


 今回は前回と違い戦いの後で気が高ぶっている訳でもないのも有るが、それ以上にファーリスは(前にティーナを少し抱きしめ様とした時に嫌がられちゃったし、きっと今回もダメだよね……)とヘタレにふさわしい思考をしてしまっていたのだ。


 ティーナはファーリスを満面の笑みで抱きしめながら、ファーリスからも抱きしめてくれるのを今か今かと待っていたが、その時は結局やってこず、そしていつまでもファーリスに抱きつている訳も行かないティーナは、しぶしぶファーリスから離れる。


 内心がっくりしていたティーナだったが、その落胆を表には出さず、笑顔でリリエルの領主でありティーナの父であるクリストフからの伝言をファーリスに伝えた。


「お父様が、戦勝の宴をするんですって」


「また?」


 ファーリスがついそう言うと、ティーナは笑った。


「ええ。そうよ。またよ。しかも今度は準備に2日も掛けて盛大にするらしいわ」


「2日も? すごいね」


 ファーリスは前回の食事の美味しさを思い出し、準備に2日も掛けるという次の宴の料理を思い、口の中に唾がたまるのを感じた。


「前回が中止になったのがとても残念だったみたいなの」


「そうなんだ。そういえばあの後みんなで料理を食べた時、ティーナのお父さん居なかったしね」


「ええ。それがとても悔しかったらしいわ」


 そう言うと、またティーナは笑う。


 そして2人はさらに言葉を交わしながら並んで歩き出した。

 その2人の影は、以前より少し距離が近く感じられた。



 2日後、前回以上に盛大に準備された宴の会場に、クリストフは満足げだった。


 料理も装飾も前回よりも遥かに手間が掛けられ、前回の宴がまるでただの家族の夕食かと思われるほどだ。


 クリストフは酒を満たしたグラスを右手に掲げた、他の者達もそれに倣う。


 そしてクリストフが「乾杯!」と言いかけたその時、またもやムダル軍を監視させている部隊から伝令が届いた。


 みなの視線がその伝令へと集まった。そしてその伝令が携えてきた報告とはある意味みなが予想した通りのものだった。


「ムダル本陣から数部隊が出陣し、敵軍はすべて元の配置に戻りました! 敵は退却しない模様です!」


 やはり宴は中止か! 出席者達がそう思うなか、その結末に納得いかない者がいた。

 他でもないクリストフである。

 彼は他の人々が宴は中止かと考え諦めた雰囲気のなか、大きな声で叫んだ。


「乾杯!」


 だが、毅然と宴を強行しようとした彼にみなの冷めた目が集中する。


「お父様、無茶よ……」

 ティーナもつい呟く。


 そしてファーリスは(え? 乾杯するの? しないの?)と周りを見渡す。


 会場中が静まり返る中、アルベルトが少し俯きながらクリストフの前まで静かに進むと、その場に跪く。


「御領主様……、残念とは思いますが、宴は中「わかっとるわ!」


 沈痛な表情で宴の中止を訴えるアルベルトの言葉を遮り、怒鳴ったクリストフは持っていたグラスをその場に叩きつけると足早に会場を後にする。


 アルベルトはクリストフが会場から姿が見えなくなるまで跪いていたが、クリストフの姿が見えなくなると立ち上がり、宣言した。


「では、軍議を行います!」


 急いでテーブルの配置が換えられた。中央には軍議に出席する者達の席が設けられ、会場の端に他の人々の席が設けられる。

 なぜその様な事をするのかといえば、当然料理が勿体無いからである。


 そして準備も終わり軍議を開始されると、アルベルトがおもむろに口を開く。


「今回は主に、私の副官のベムエルと副司令官のクラウスから、報告そして疑問にお答えします」


 今度こそ料理を食べる! そう決意していたアルベルトは前もって他の参加者の対応を2人に押し付けたのだ。


 そしてまず副官のベムエルから状況が説明された。


「当初ムダル軍は本陣、それと5箇所に陣を敷き我が領土に攻撃を仕掛けて来ておりました。我々はそれに対し迎撃の部隊を派遣し対応していたのですが、前回ファーリス殿の御蔭で敵本陣は壊滅しました」


 そしてここで一旦話を区切ったベムエルが周りを見渡し、特に話しについてこれて居ない者や質問がある者が居ない事を確認すると説明を続ける。


「ですが、敵は新たに本陣を構築再集結しました。しかしこの時点では退却の為の再集結とも考えられ、さらに先日他の部隊も本陣に集結した事により、軍勢を纏めて自領に退却するものと推測されたのです。しかし、先ほど入った報告によるとなんとムダル軍は、改めて部隊を派遣し、また同じ様に本陣以外に5つの陣を構えたとの事です」


「それは、ムダルがまだ戦おうとしているという事なの?」


 ティーナの質問に副司令官のクラウスが応じる。


「はい。自領に退却するならば、改めて陣を敷きなおす必要はありませんから」


 このクラウスの返答に、ティーナは「そうね」と頷き、そしてアルベルトも満足げに頷いた。これで安心して食事が出来るだろう。

 だがこれで大丈夫とアルベルトがフォークを手に取り、目の前の料理に突き刺しすと、ここで我が耳を疑う言葉が聞こえた。


「そうですよね。アルベルト司令官」


 クラウスの声だった。


(どうして俺にふるんだ!)


 みなの視線がアルベルトに集中する。


 アルベルトがフォークを置き、姿勢を正した。


「はい。クラウスの言う事で間違いないと思われます」


 そこかしこで「やはり……」と暗いが聞こえる。

 折角、ムダル軍が退却し領内の平和が戻ると思っていたら、まだ戦いが続くとは。

 出席者達は、心を沈ませながら、豪勢な料理に舌鼓を打った。


 だがアルベルトは気を取り直した。もう自分の出番は終わったのだ。これで後はゆっくりと料理を食べられるだろう。


「ムダル軍の本陣の位置は前と変わってないの?」


 このファーリスからの質問には、副官のベムエルが答える。


「ムダル軍の本陣は、以前ファーリス殿に撃破していただき、その後再集結した場所からは移動しておりません」


 アルベルトはベムエルの声を聞きながら、おもむろに料理を口に運んだ。

 だが、ここで我が耳を疑う言葉が聞こえた。


「確か報告ではそうなっておりましたよね。アルベルト様」


 ベムエルの声だった。


(俺に確認する様な事か!)


 だが再度、視線がアルベルトに集中する。


 アルベルトは、みなの監視の中料理を口に入れる訳にも行かず、フォークを置いた。


「ムダル軍の本陣は動いておりません。その為敵本陣だけ他の陣に比べ、位置が後退している事になります。ですので敵の意図は計りかねますが、他の陣が改めて構築されている以上、敵に侵攻の意思がある事には間違い無いと思われます」


 このアルベルトの言葉に、出席者達の間に憂いを含んだ空気が漂った。

 いまこの場に居るファーリスという一見頼りなげな男の子は、無敵の力を持っているという、にも関わらず敵はまだ諦めず、しかもその敵の意図が計りかねているとは。

 出席者達は不安げに、グラスを傾ける。


 そこにティーナの不安げな声が発せられた。


「またファーリスが戦わなくてはならないの?」


 ティーナの不安とは、ムダル軍の意図が分からないという事ではない。

 またファーリスが戦わなくてはならないのか? という不安だった。

 自分がムダル軍をやっつけてとお願いしたものの、やはりファーリスがあまり戦いたくは無いのだと察したティーナが心配がったのだ。


 そしてティーナは「ねえ、アルベルト」と言葉を続けた。


(直接来たか!)


 最早フォークを手にする間も無かったアルベルトは愕然とする。


 ちなみにティーナがアルベルトに直接聞いたのは、クラウスとベムエルが結局アルベルトに問いかけるので、だったら初めからアルベルトに聞けば良いと判断した為だ。


 アルベルトは両手を膝の上においてティーナの質問に答える。


「ファーリス殿には申し訳ありませんが、出陣をお願いする事になります」


「そう……」


 ティーナは沈んだ声でそう言うと、隣に座るファーリスのグラスが空なのに気付いて水を注いであげた。


 ファーリスは、ティーナに向かって「ありがとう」と言うと、続けて「じゃあ、僕はすぐにまた戦ったほうが良いの?」と疑問を投げかけた。


 ファーリスの言葉はアルベルトを名指ししていなかったが、目線はアルベルトを指していたる。

 すでにこの場の空気は、アルベルトが質問に答えるものだという雰囲気になっていたのだ。


 アルベルトの手は既に膝の上から動いていなった。(やむえん……)と既に彼は諦めていたのだ。

「いえ。敵の意図が分からぬ以上、少し様子を見ようかと思っています。万が一、敵がファーリス殿と戦う手段を見つけたとも限りませんし」


 この言葉に驚いたティーナは、口に入っていた料理を急いで飲み込むと叫んだ。


「駄目よ。それではファーリスが危険だわ!」


「あ。いえ……。ですから、万が一の場合です。実際ファーリス殿に対抗できる手段などありますまい。たとえ敵がその方法を見つけたと思っていたとしても、それはおそらく敵の勘違いか何かでしょう。私がファーリス殿からお聞きした、ファーリス殿の体を守っている「防御結界」なるものは、例え寝ていたとしても体を守るとか。それでは誰もファーリス殿に手は出せません」


「そうよね……」

 不安が完全に拭われた訳ではないが、とりあえずは納得するしかないティーナだった。


 そして軍議は、敵の警戒し防備を固めながら、敵の動きを待つ。という結論で幕を閉じた。


 そして軍部ではしばらくの間、この時の軍議の参加者の間でこう言う話が囁かれた。

「最近アルベルト司令官が、俺達に口を聞いてくれないのだが……」


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