12:黄昏のヘタレ
ファーリスは城内に宛がわれた部屋のベッドに仰向けに寝転がり、考え事をしていた。
元の世界の事をだ。
ファーリスは元の世界では魔法学校の寄宿舎に寝泊りしていた。
それゆえ、親元を離れての生活にも慣れていたし、実際馬鹿にされていた魔法学校よりもこちらの世界の方が居心地がよかった。
だが、こちらの世界に着てからの巡るましく訪れる数々の騒動が一段落し、改めて冷静になるとやはり不安は拭えない。
(僕、元の世界に帰れないのかな……)
自分と同じ様に、魔法の世界からこちらの世界に飛ばされてきた人が居ないか調べようかとも思ったが、自分の魔法に対するこの世界の人々の反応を見れば、今までその様な人が居なかった事くらいファーリスにも理解できた。
どうやら、魔法という言葉がないというより、魔法に相当する概念すら無いらしい。
彼らにとって魔法とは、伝説にすら、御伽噺にすら出てこない代物なのだ。
学校はともかく、両親の元へは帰りたいと思う。
だがどうやって帰れば良いと言うのか。
そう考えると、ファーリスの心は深く沈んだ。
そもそもファーリス自身気絶していた為、どうやってこの世界に来たのかも分かっていないのだ。
それに、これから先の事も考えると、不安で胸が押し潰されそうになる。
今はまだティーナのおかげで城に住めている。
だが、いつか自分の力で生きて行かなくては成らないとなったらどうすれば良いのか。
実際ファーリスに行動力があれば、自分の魔法を駆使すれば、別にその魔法を悪事に使用しなくても、瞬間移動を使っての運送業なり、治癒魔法を使っての医者なり、十分商売として成り立つのだが、ヘタレなのとあくまでまだ学生であるという事が重なり、そこまでの行動力も、発想も無い。
ファーリスは改めて思う。この世界に来てすぐ、ティーナに出会えてよかったと。
ティーナは、見ず知らずの自分を見捨てずに助けてくれたのだ。
ファーリスは、ボルジの事はすっかりと忘れて、そう思った。
それだけでも、十分ティーナは優しいのだとファーリスは思っていたが、最近は特に優しい気がする。
この城にきて目覚めた時に、ティーナは谷から落ちた時に助けてくれたお礼だと言っていたので、きっとそうなのだろう。
そしてファーリスはティーナに町を案内して貰った時の事を思い出し、ファーリスの思考はその事に移った。
それは、元の世界には戻れないかもしれないという、現実から目を背ける行為だったが、実際元の世界に戻る方法が皆目検討もつかない以上、それは考えても無駄な事だ。
こればかりは彼がヘタレという事だけが原因ではないだろう。
ファーリスがティーナに連れられて町に行くと、まず商店などの品々が広場や道に面したところに山積みにされている事にまず驚いた。
ファーリスの居た世界ではリードと呼ばれる魔法の効果を遮断する物質で作られた壁で囲んだ店の奥に商品が置かれているのが普通だったのだ。
その壁の内側も魔法の影響をすべて無効化する。
つまり凹型の店の奥に商品が置いてあると考えればいい。
なぜその様な作りになっているかというと、勿論、瞬間移動を利用しての窃盗に備える為だ。
そしてさらに言えば、刑務所の独房の壁、さらに刑務所の塀自体がこの物質で作られている。
ちなみに防御結界の魔法もその時は無効化されているが、魔法自体は体の奥底に発動したままなので、その場から離れればその瞬間、また結界は張られる。
また、その時にファイヤーボールなどの魔法を撃たれればどうなるかと言えば、その場に入った瞬間ファイヤーボールの魔法自体無効化されて、掻き消される事になる。
ファーリスがこの世界の店に驚いていると、ティーナが「こんな事が珍しいの?」と不思議がったので、自分の世界の店の事を説明した。
するとティーナは「そうなんだ。面白いのね。もっとファーリスの居た世界の事を教えてね」と言うので、色々と話した。
自分が通っていた魔法学校の事や寄宿舎の事をだ。
家での事や家族の事は話さなかった。泣かない自信が無かったからだ。
女の子の前で泣くのは嫌だった。
ファーリスは不意に、自分がティーナの事を女の子だと思っているのに気付いた。
初めて見た時は、ティーナの事は年上の女性なのだと思っていたのに。
勿論、ティーナがいきなり同い年に成ったのでも、ましてや年下になったのでもない。
そんな事魔法でも出来やしない。
どうしてだろうと考えて、出会った時のティーナと今のティーナを思い起こして見ると、ティーナが最近よく自分に笑いかけてくれているのに気付いた。
それとティーナが谷に落ちた時に自分がティーナを助けた時の恩返しにと、優しくしてくれる事もあって、きっと前よりもずっと仲良くなれたからだ。
ティーナと仲良くなれていると思うと、嬉しかった。
自分には姉は居ないが、姉が居ればあんな感じなのだろうか?
では、ティーナは自分の事を弟の様に思っていたりするのだろうか?
そう考えてみると、自分の胸がもやもやとしてくる。
確かに自分はティーナよりも年下ではるが、「弟みたい」といわれると、何か一段下の存在に思われている気がするのだ。
(弟みたいとは思われたくないな……)
ではティーナも自分に姉の様にとは思われたく無いのだろうか? そうファーリスは考えたが、ティーナが聞いていれば「うん。うん」と大きく頷いただろう。
勿論実際は、本人に聞いてみない事には分からないが、ファーリスは、自分が嫌なんだし、きっとティーナも嫌だよね。とそう考える事にした。
だが、そうなると、ファーリスにとってティーナはどの様な存在になるのか?
年上の女の子の友達だろうか?
そう考えると、ファーリスの顔は赤くなる。
ファーリスには縁のない話だったが、元の世界でも同級生で女の子と一緒に出かける者は沢山居た。
そしてそれは当然、デートと呼ばれるものだ。
ティーナが、自分にとって女の子の友達だとすると、前回一緒に出かけたのはデートという事になるのだろうか?
そう考えると、いまさらながらにファーリスの鼓動は早くなる。
自分は年上の綺麗な女の子とデートをしたのだ。
ファーリスはベッドの上で落ち着き無く何度も寝返りをうった。
気持ちが高ぶって、なぜかじっとしていられないのだ。
そして遂には、寝て居られなくなってベッドの縁に座る。
座ってもまだティーナの事を考えていた。
(またティーナと一緒にどこかに出かけたり出来るかな?)
そう考えると、また鼓動が早くなる。
だが前回自分は失敗をしてしまった。
ティーナが足を痛めている事に気付かなかったのだ。
気付きさえしていれば、魔法で簡単に解決できたのに。
結局は、ティーナが足の痛みに耐えかねて声を出すまで気付いてあげられなかった。
(ティーナももっと早く言ってくれればいいのに……、あ、でもティーナは魔法が使えないから、魔法でどうにか成るとか分からなかったのかな?)
そう思い至ると、ファーリスはさらにティーナに対して申し訳ない気持ちになった。
(今度から、もっとティーナの事をちゃんと見ていないと……)
そう決意したファーリスだった。