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ヘタレな勇者  作者: 六三
11/28

11:ヘタレの弱点

 ファーリスの襲撃から数日後、ムダル軍が新たに構築した本陣でザークは将兵の掌握に努めていた。


「とにかく本陣将兵の動揺を鎮めるのが先決だ。この状態のまま他の部隊を合流させれば他の部隊にまで動揺が広がる」


 だがその軍の動揺を抑えようとしているザークの神経を逆撫でする者がいる。

 誰かと言うと、勿論ディエゴである。


「どうせあんな化け物には勝てんのだ。軍の動揺を抑える事など不要だろ。早く領地に帰ろうではないか」


 彼は敗戦の屈辱を紛らわせる為に酒の力を借り、そして酒臭い息と共に吐き捨てた。まるであんな化け物に勝てないのは当たり前なのだから、敗戦は自分の責任ではないと言わんばかりである。


 いや、もっとも領地に帰れば、彼はどの様な負け方であったとしても敗戦の責任はザーク以下幕僚達に取らせるつもりなのだろう。


 ザークは、こんな邪魔にしかならん男は、出来るならば本陣崩壊の混乱に乗じて殺してしまおうか。とも考えたが、跡取りを戦死させてしまったとなれば、その責任の追及は免れまい。そう考えると我慢するしかなく、そして生きながらえさすならば、この男を納得させなければならない事も、また仕方が無いことだった。


「いえ、まったく勝機が無いわけではありません。私はあの魔物の弱点と言うべき物を見つけております」


「弱点だ? あんな化け物にそんな物ある訳がなかろう!」

 ディエゴが半分以上酒が空になった杯をテーブルに叩き付けた。巨体であるディエゴのこの乱暴な動作に、気の弱い者なら身を竦ませる所であろうが、勿論ザークは眉一つ動かさない。


 槍の一撃をまともに受けても傷一つ付かず、手からは火の玉を放つ魔物に対してすら、毅然と対峙できる胆力の持ち主であるザークに、体と声が大きいだけの者など何ほどの事も無いのだ。

 ザークはディエゴの威嚇などまるで無かったかの様に話を続けた。


「奴は……あの魔物はヘタレなのです」


「ヘタレだー?」


 ディエゴが醜い顔をさらに歪め疑わしげに言葉を吐いたが、またもやザークは意にかえさず話を続ける。


「ディエゴ様も見ていらっしゃったとは思いますが、結局奴が攻撃したのは自分に対して攻撃を仕掛けて来た者のみ。他の者達に対しては威嚇の攻撃しかして来なかったでは無いですか?」


 ザークは少し首をかしげまるで「そうでしょ?」と言わんばかりにディエゴに問いかける。勿論、ディエゴが真っ先に逃げ、その様な光景を見ている訳が無いと分かっている上で言っているのだ。


 だが真っ先に逃げた為見ては居ないとは言えないディエゴは「うむ。確かに……」ともっともらしく顔を顰めて同意した。


 ザークは内心の嘲笑を完璧に覆い隠し「そして私はさらに確認する為に、奴に近寄っていきました。攻撃を仕掛けてこない者には自分も攻撃しないと言うのが偶然、と言う事もありえない話ではないですからな。ですが奴はいくら私が近寄っていっても、私が攻撃しない為、私に対しては威嚇しかして来なかったのです」と噛み砕くように説明した。

 そうでないとディエゴには理解できず、何度も同じ事を繰り返し説明する事になるのだ。


 だがディエゴは納得しかねる様に腕を組み、またも酒臭い息を吐いた。

「だが、あの化け物は我らを追い払う為が目的で、初めから、こちらには攻撃するつもりが無かったのかも知れないではないか」


 ザークは咳をする振りをして右手で口を隠し、ディエゴに聞こえない様に小さく舌打ちした。どうやらあれほど噛み砕いて説明してもディエゴには足りなかったらしい。


「奴は自分に攻撃してきた者には攻撃しているのです。つまり奴も場合によっては攻撃する事もある。そしてその場合とは、敵が攻撃してきた場合だけなのです」


 ディエゴはなにやら不満げに「まぁそうかもしれんな」と言い、ザークから顔を背けて酒壷から手酌で杯に酒を満たした。

 結局ディエゴはその歪んだ性格から、他の者の言う事に初めから素直に頷く事が気に食わないだけなのだ。


「で? それで? ヘタレだからどうしたと言うのだ?」


 ディエゴはザークの言葉を素直に受け入れざる得なかった苛立ちを隠さず、吐き捨てる様にザークに問いかけた。


 ザークは、今から説明する内容を、この馬鹿に納得させるにはどれほどの時間が掛かるかを考え、気が遠くなる思いを感じた。

 だが形だけでも司令官である許可を受けねばなるまい。これも任務の内と覚悟を決め、長い説明を始めた。




 ティーナは姿見の前で、念入りに自分のつま先から頭のてっぺんまでをチェックしていた。


 ファーリスと共に城にたどり着いた時にはファーリスは衰弱のあまり昏睡状態にあり、そしてその後良くなり、歩ける様になったと思うと、ムダル軍との戦闘。


 折角城に着いたというのに、未だファーリスに城下町を案内していなかった。


 ティーナは胸の高鳴りがファーリスに聞こえない様にと、さりげなく左手を胸に当て出来る限り平静を装ってファーリスを「折角だから、町を案内するわね」と誘った。


 ファーリスは素直に「ほんと! ありがとう」と笑顔で応じてくれた。


 ティーナは胸に当てていた左手を強く握り、喜びを胸に押し込んだ。

 内心飛び跳ねて喜びたい気持ちだったが、単に町を案内するだけと言うのに、飛び跳ねる訳にも行かないだろう。


 勿論、初めてきた場所で、案内するといわれて断る者もそうは居ないとは分かってはいるが、それとこれとはまた別の話だ。


 そしてもうすぐファーリスとの待ち合わせの時間なのだが、今ティーナは泣きそうな気持ちになっていた。


 姿見で自分の顔をチェックすると、左目が少しいつもより腫れぼったい気がする。

 侍女のエリスは「いつもと変わりませんよ」というが、違うのだ。


 ティーナは姿見の前で何度も瞬きし、左目を指で擦るが、やはりいつもと違う気がする。


 侍女のエリスはそんなお嬢様の後ろ姿をうんざりと眺めていた。

 お嬢様はさっきから、目が腫れぼったいと「違うの。違うの」と繰り返すが、エリスにはどう見てもいつもと同じにしか見えない。


 だがエリスは不意に、ある豆知識を思い出した。


「そう言えば、目の腫れは冷やせば直ると聞いた事が……」


「それよ!」


 エリスの言葉にティーナが叫びながら振り向く。


「すぐに冷やす物をもってきてちょうだい!」


 こうしてティーナは冷やした水で絞ったタオルを左手で左目に押し当て、右手で素早く髪型や服装の乱れを直した。


 そして暫くしてからタオルを放し、再度姿見で顔をチェックした後「腫れがひいたわ! エリス、ありがとう!」とエリスに笑顔で礼を言い、足早に部屋を後にした。


 部屋に残されたエリスはティーナが出て行った扉を見つめながら呟いた。

「やっぱり、なにが違うのか分からなかったわ……」




 思わぬ事に手間取ったティーナは待ち合わせ場所に急いでた。


 だがその足元は踵の高い靴を履いており、走りにくい。だが遅れる訳には行かない。がんばって走った。


 しかしその待ち合わせ場所が見えてくると、ファーリスの姿が見えた。既にファーリスが先に着いていたのだ。


 ティーナは足を止め、そしてゆっくりと歩き出した。

 待ち合わせに遅れるのは避けたかったが、こうなっては仕方が無い。

 裾を乱して走る姿を見せるくらいなら、余裕を持ってきたと装う方がマシだろう。


「あら。ファーリス早いのね。私遅れたかしら?」

 構えて平静を装い、むしろ悠然と話しかけた。


 そしてファーリスは「ううん。そんな事ないよ」とにこりと笑った。


「そう? 良かったわ」

 ティーナもファーリスに微笑む。


 そして2人で町を色々と見て回った。


 ティーナはこの領地の支配者の娘。住民達にとっては一国の王女と変わることは無い。

 行く先々で「お嬢様。お嬢様」と傅かれた。


「ティーナって本当にお嬢様なんだね」

 ファーリスが関心した様に言う。


「そんな事はないわよ。みなと変わらないわ」

 そう言って首を振った。

 だが実際には変わらないわけは無い。むしろこれはティーナの願望と言った所だろう。

 年頃の娘にとって、自分と対等の友人が居ないというのも寂しいものだ。

 ティーナは少し寂しげに俯いた。


 ここで気の利いた男の子ならば、「じゃあ、僕が友達になってあげる」なり「僕にはティーナがお嬢様でも関係ないよ」とでも言うのだろうが、当然ヘタレにそんな甲斐性はない。


 ファーリスにはティーナの顔を覗き込み「大丈夫?」と聞くのが精一杯だった。


 だがティーナは心配そうな顔のファーリスを見て、がんばって気を取り直した。

 今日はあくまでファーリスの案内を、いやデートをしにきたのだ。自分の人生相談ではない。


 ティーナは「大丈夫よ。それよりも次に行きましょう」とにっこりと笑って見せた。


 そして見るべき所も見て周り、日も暮れてきたので城へ帰る事にした。

 ティーナは道を知らないファーリスに悟られない様に、あえて人通りの少ない道を選んだ。


 ここで、ある作戦を計画していたのだ。その為にティーナはずっと足が痛いのを我慢して踵の高い靴を履いていたのだ。


 人通りの無い道を暫く歩いているとティーナが不意に「っいた!」と声を上げた。


 突然声を上げたティーナにファーリスが声をかけた。

「どうしたの?」


「ちょっと靴が合わなかったみたい……」


 ティーナの言葉にファーリスがティーナの足を見ると、靴擦れをしたのか踵に血が滲んでいた。


 するとファーリスが心配げにティーナの顔を覗き込んだ。

「大丈夫なの? 血が出てるよ」


「大丈夫よ。でもちょっと歩き難いかな……」


 ティーナの作戦だった。

 いくら何度もアタックしているとはいえ、なんだかんだ行ってティーナはお嬢様である。自分から手を握ってとはいい難い。

 今までのアタックもすべて、ファーリスから手を出させる様にがんばって仕向けようとするものばかりなのだ。


 足を痛めていると成ればファーリスも手を貸して、いや握ってくれるだろう。その為にティーナは今まで足の痛みに耐えてきたのだ。


 だがファーリスの行動はティーナの予想を超えてた。


「大変だ。ちょっとだけ待っててね」

 というとファーリスは瞬間移動でその場から消えた。

 そして暫くすると、その手には歩きやすそうな踵の低い靴があった。


 ティーナが歩き難いと言ったので、瞬間移動で城へ行って歩きやすい靴を持ってきたのだ。


 ファーリスの手にある靴を見て、ティーナは目の前が真っ暗に成るかの様な衝撃を受けたが、何とか耐え切った。まだ負けた訳ではないのだ。

「ありがとうファーリス。でもやっぱり足が痛いわ……」


 足をまじまじと見られるのは恥ずかしいとは思いながらも、血の滲む踵をファーリスに見せ付けた。


「本当だ。ちょっと待ってね」

 そう言うとファーリスはその踵に手をかざした。勿論、治癒魔法である。


 そして魔法により踵の傷も治ると、ファーリスはにっこりと笑った。

「これで大丈夫だね」


 ティーナは人形の様な感情の篭らぬ笑顔でファーリスに礼を言った。

「ありがとう。ファーリス。魔法って便利なのねー」

 その台詞はどこまでも棒読みだった。


 どうも深夜に書くと暴走しますね。


 っていうか、主人公ティーナ?

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