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ヘタレな勇者  作者: 六三
10/28

10:ヘタレの晩餐

 ムダル軍の本陣が崩壊したとの報告を受けたリリエルのリクルハルド城では、みなが喜びに沸いていた。


「おお。ムダル軍を追い払ったか!」


 リリエルの領主クリストフも大いに喜び、城内での戦勝の宴を催すべくその準備を命じる。


 そして勿論ティーナも喜んだ。


「ありがとうファーリス、あなたのおかげよ!」


 ファーリスが1人になった時を見計らい、満面の笑みでファーリスを迎えて、その笑みのまま近づき、そしてファーリスを抱きしめた。


 勿論「この状況なら、喜びのあまり抱きしめても可笑しくないわよね?」と十分計算の上である。


 だが、ファーリスもやはり気が高ぶっているのか、普段の彼のヘタレ振りからは考えられない行動を取った。

 ファーリスの両手は、数瞬戸惑った様に宙を掴んでいたが、その後軽くではあるが、なんとティーナの腰にその両手を添えたのだ。


 これに驚いたのはティーナの方だった。

 ファーリスはどうせまたドギマギとし、そして最後には自分の体を突き放し、その結果に内心ため息をつく自分。というところまで予想していたティーナは、自分の腰にファーリスの手が添えられた瞬間、つい「キャッ!」と小さく叫んで反射的に体を引いてしまったのだ。


「あ。ティーナごめん……」

「い、いえ……」


 ファーリスが顔を真っ赤にする。

 良い雰囲気と思い女の子の手を握ったら、その手を振り払われたかの様な気恥ずかしさだ。

(調子に乗りすぎちゃったかな……)



 そして勿論ティーナは、好きな男の子が折角手を握ってくれたのに驚いてその手を振り払ってしまったかの様な、無念さを味わっていた。

(折角のチャンスを……)


 そして気まずいながらも、この後どう動けば良いか分からず、ほとんど背の変わらない2人は同じ高さの目線で見詰め合っていた。

 だが、いつまでもこのままという訳にも行かず「そろそろ行かなくちゃ」「そうね。じゃあまたね」とお決まりの台詞を交わし、2人は別々の方向へと、そそくさとその場から立ち去ったのだった。


 そして時も過ぎて夕刻となり、さぁ戦勝の宴を始めようと、領主であるクリストフ、娘のティーナ、今回最大の功労者ファーリス、そして重臣達が集まり、グラスを片手に乾杯をしようという時に、ムダル軍を監視させている部隊から伝令が届いた。


「ムダル本陣は、元の場所から数キロ後退した場所で再度軍勢を集結させているもようです!」


 この報告にリリエル軍の司令官であるアルベルトが口を開いた。


「それは、自領へと退却する為に一旦軍勢を纏めているという訳ではないのか?」


 だがアルベルトのこの質問に伝令は困惑して答えた。


「いえ……さすがに集結した意図までは……」


「そうであろうな……」


 アルベルトは、右手にグラスを持ったまま、顎に左手を添えて、ムダル軍の意図を考えている様だった。


 そこへ同じく右手にグラスを持ったままの領主クリストフが口を開いた。


「宴は中止にするべきかの?」


 伝令へと向いていたアルベルトは、クリストフへとすばやく向き直ると、うやうやしく一礼する。


「は! もし敵が逃げたのではなくまだ戦うつもりならば、その前に戦勝の宴をしたとなるとかなり恥ずかしい事になります。中止になさるべきかと」


「そうか……」


 クリストフは残念そうにため息をついた。


 そしてその様子を見た給仕の者は慌ててその場を後にし、厨房へと向かった。

 城の料理人に料理を作るのを止める様に伝えに行ったのだ。

 すでにかなりの量を作ってしまっているが、今からでも止めるべきだろう。


 こうして戦勝の宴は中止となり、その代わりに対ムダル軍についての軍議が行われる事となった。


「敵本陣は再集結しているとして、敵の他の部隊はどうなっておるのだ?」

 アルベルトが伝令に問いかけた。

 ムダル軍は一箇所に纏まっているのではなく、領地内の要所要所に部隊を配置して複数の陣がある。

 ファーリスが本陣だけを狙ったのは、本陣が壊滅すれば敵はリリエル攻略を諦め全面撤退するに違いないという判断によるものだったのだ。


「ファーリスこれ美味しいわよ。食べなさい」

 ティーナが料理が盛られた皿をファーリスに差し出した。


「は。他の部隊に動きは見られません」

 伝令がアルベルトの質問に答える。


「ありがとう。ティーナ」

 ファーリスがティーナから皿を受け取り、自分の前においた。


「そうか……」

 アルベルトは短く呟いた。

 本陣が崩壊すれば他の陣も動揺し、敵軍は四散する可能性もある。とも考えていたがさすがに虫が良すぎた様だ。


「折角だから、あなたもこれを食べていきなさい」

 ティーナが伝令に声を掛けた。


「ありがとう御座います。お嬢様。いただきます」

 普段はとても食べられないご馳走を前に、伝令の顔がほころぶ。


 アルベルトの思案は続いていた。


 ザークはリリエルに自分に対して策を立てられるほどの者など居ないと、言い放ったがアルベルトとて無能と言う訳ではない。

 ザークが有能過ぎると言うべきだろう。


 アルベルトの見るところ、敵本陣が再集結する事に不思議は無い。

 先ほど伝令にも問うた様に、退却する為に軍勢を一旦纏めているという事も十分考えられるのだ。

 だが、退却するというのなら他の陣の部隊にも集結する様に命令しても良さそうなものなのだが……。


「アルベルト。あなた食べないの?」

「あ。すみません。食べます」


 ティーナの問いかけにアルベルトは即座に答えた。


 どうしてこういう状況になっているかと言うと、勿論、宴の為に作った料理が勿体無いので、どうせなら食べながら軍議をしようという事になった為だ。


 そして、なぜティーナがその軍議の場にいるかというと、今リリエル軍で最大の戦力と目されるのはファーリスなのだが、そのファーリスが戦っているのはティーナのお願いによるもの、という事になっているからである。


「でも、さっき聞いていた通り、撤退する為に軍勢を纏めていたんじゃないの?」


 ティーナが問いかけると、アルベルトは手にしたフォークで突き刺した肉の塊を口に入れる直前で止め、フォークを置いてティーナの疑問に答えた。


「はい。それは私も考えましたが、退却するのならば敵の他の部隊も動いているべきかと」


 そして答え終わると、またフォークを手にした。


 今まで口に料理をほおばっていたファーリスが、料理をゴクンと飲み込むとアルベルトに問いかけた。

「じゃあ、また僕が攻めた方が良いのかな?」


 アルベルトはフォークを置いてその質問に答える。

「確かに敵の意図が戦闘継続とはっきりしたのなら、そうお願いする事になるでしょうが、現時点ではまだそこまでは……」


「そっか。よかったー」


 ファーリスも「攻めた方が良いか」とは聞いたが戦闘が好きなわけではない。

 取り敢えずは戦わなくても良いと言う返答に安心した。


「どれくらいで、敵が撤退なのか、まだ戦うつもりなのか分かるの?」


 グラスから口を離してティーナが問いかけた。


 アルベルトはフォークを置いた。

「そうですね。そればかりは敵に聞いてみないと……と言いたいところですが、実際撤退するつもりならば、長期間留まっている必要はありません。近日中に動きが無ければ撤退の意思はないと判断してよろしいかと」


 そしてまたフォークを手にする。


 そこへ、今まではじめて食べるご馳走に舌鼓を打っていた伝令が、顔を上げてアルベルトに問いかけた。


「では、敵本陣はやはり交代で常時監視して置くべきでしょうか?」


 フォークを置いた。

「勿論だ。そして何かあればすぐに伝令をよこす様に。些細な事でも構わん。それがどの様な意味を持つかはこちらで判断する事だ」


 フォークを手にした。


「じゃあ、僕は敵が動くまで待機していれば良いの?」

 すでに料理を食べ終わっているファーリスが、行儀よく膝に手を置きながら問いかけた。


 フォークを置いた。

「はい。先ほども申しましたが、ファーリス殿には敵が撤退しないとはっきりした時に、またご出陣をお願いする事になります」


 フォークを手にした。


 そしてアルベルトはティーナやファーリスからの質問について考えた。

 どうして俺にばかり質問するのか、料理が食べられないじゃないかと。

 軍議なので当然、自分以外にも軍部の人間は沢山いるのだ。


 特に副官のベムエルや、副司令官のクラウス。奴らは何をしているのか。

 少しは気を利かせて自分が変わりに答えようとは思わないのか。


 だがアルベルトがベムエルとクラウスに目を向けると、その2人はすでに料理を食べ終わり食後の酒を飲んでいた。

 アルベルトは反射的に2人を怒鳴りつけそうになったが、踏みとどまった。

 さすがにお嬢様の御前で怒鳴る事など出来ない。


 だが、アルベルトは大きく息を吐くと、気を取り直した。

 もう自分への質問は終った様だ。ならば今の内に料理を食べるべきだろう。


 アルベルトはフォークを手にし、そして改めて肉の塊をフォークで突き刺した。

 だがそこへ耳を疑う様な言葉が聞こえた。


「じゃあ、話も終ったみたいだし終わりにしましょう」


 ティーナの声だった。


 軍部の責任者は自分なのに、どうして自分を差し置いて軍議を終了させようとするのか。そう思ったアルベルトだったが、さすがにお嬢様に対して文句を言う訳にもいかない。

 しかも実際、軍議で話し合うべき事は話し終わっている。

 後は、自分が料理を食べる時間が欲しいだけなのだ。

 しかし自分が料理を食べ終わるまで軍議を続けて欲しいなどと、言える訳が無い。


 だが、かと言って、軍議が終った後自分だけ残って食事を続けるなど、給食で嫌いな物が食べられなくて食べ終わるまで残されている子供じゃあるまいし、出きる訳が無い。


 アルベルトは、汚れてもいない口をナプキンで拭うとおもむろに口を開いた。


「はい。話し合うべき事も他に無い様ですし、軍議は終了いたしましょう」


 こうして極一部の人間を除き、内容的にもお腹的にも満足して軍議は終了した。


 そして軍部ではしばらくの間、この時の軍議の参加者の間でこう言う話が囁かれた。

「最近アルベルト司令官が、俺達に対して厳しいのだが……」


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