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ヘタレな勇者  作者: 六三
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1:ヘタレの日常

 ここはエティエにある魔法学校の寄宿舎。

 ある朝その寄宿舎で、ファーリスがすやすやと気持ちよく寝ていると、いきなり吹き飛ばされた。


「いったー」


 すやすやとから、安らかな眠りになりかけたファーリスが、吹き飛ばされた時に床に打ち付けたところさすりながら辺りを見渡すと、同室のルービンがにやにやと笑いながらファーリスを見下ろしていた。


「アリス、いつまで寝てるんだよ?」


 ルービンは大きく逞しい体型で力強く、魔法の成績もファーリスよりも遥かに良かった。

 それに比べてファーリスは体格も貧弱で、魔法の成績も悪い。

 だがこれは、ルービンが特別文武両道で、ファーリスが特別どちらもダメと言う訳ではない。


 魔法の強さはその者の生命力で決まる為、力強く逞しい者ほど魔力も強くなる。逞しくて魔法の成績が良いのも、貧弱で魔法の成績が悪いのも当たり前だった。


 そしてルービンは貧弱で魔力の弱いファーリスを馬鹿にして、女の子みたいに「アリス」と呼んでいるのである。


 とはいっても、実際に女の子の様な容姿をしているわけではない。

 確かに、肩まである金髪と、パッチリとした黒い瞳、そして小さな唇は一つずつを見れば、女の子っぽい物を感じさせたが、全体を見ればやっぱり男の子だった。


 一言で言えば、多少は見られる容姿の弱々しい印象の男の子。といった感じだ。


「何時なの?」

 ファーリスはそう言いながら、打ち付けた所をさすった。


「もう6時だよ」


「6時? まだまだ寝ていられるじゃないか」


 だがファーリスが不満を口にした瞬間、ルービンの手の平からファイヤーボールが連射され、ファーリスは再度吹き飛ばされた。

 しかも連射されている為壁に縫い付けられる様にしてファイヤーボールの食らい続ける。


「いっ痛い! 熱い! ルービン止めてよ!」

 だが、苦痛に顔を歪ませながら訴えるがその願いは叶えられず、縫い付けられた壁からはギシギシという軋みがファーリスの背中に感じられた。


 ファイヤーボールは名前の通り、炎で作られたボールだ。というより、それ以外の物だったらむしろ不思議である。

 生身の体に直撃すれば、当然大やけどを負いそうなものだが、ファーリスの体には防御結界が張られている。


 防御結界は一番基本的で簡単な魔法で、一旦発動すれば意図的に解除しなければ死ぬまで解かれる事はない。

 もちろん、寝ている間もだ。

 それゆえ寝ている所を吹き飛ばされてもファーリスは、大怪我もせずに打ち付けたところをさする程度ですんだのだ。


 その結界のおかげで、今もファイヤーボールの連射を食らっても丸焼けにならずに済んでいるが、やはり痛いものは痛いし、熱いものは熱い。


「この程度の魔法を防ぎきれないなんて、相変わらずお粗末な結界だな」

 ルービンは笑いながらやっとファイヤーボールの連射を止め、ファーリスは縫い付けられていた壁から解放された。


 ルービンが言ったとおり、魔力の強い者の結界ならば、この程度のファイヤーボールは、後ろから当てられたとしても、当たった事にすら気付かないだろう。


「うだうだ文句を言わずに、早く起きろよ」


 ルービンが急かす様に言うと、ファーリスはファイヤーボールの所為でひりひりする体をさすりながら、不思議そうに首を傾げた。


「でも、こんなに朝早くからどうしたって言うの?」


「今日は倶楽部で試合があるんだよ」


 ルービンが相変わらずファーリスを見下ろしながら言う。


 だがルービンの言葉にファーリスはさらに首を傾げた。

 ルービンとファーリスは同じ倶楽部ではない。というよりファーリスはどこの倶楽部にも入ってはいない。


「それと僕がどう関係があるの?」


「今日の試合は、卒業した先輩達が来るんだよ。お前も試合の準備を手伝うんだよ!」

 ルービンは当たり前の事の様に言い、ファーリスは内心「えー」と不満の声を上げたが、実際に声に出してはまたファイヤーボールの連射を食らうだろう。

 やむなく服を着替えて、ルービンと共に寄宿舎を出て学校へと向かった。


 とは言っても、歩いていくわけではない。この程度の距離なら瞬間移動の魔法でひとっ飛びだ。


 もっとも移動距離も魔力に比例し、魔力の低いファーリスは1年前までは、ひとっ飛びではなく、ふたっ飛びだったが。


 学校に着くと、すでにルービンの倶楽部仲間が待ち構えていた。

 その者達もルービンと同じく魔法の成績優秀者ばかりだった。つまり大きく逞しい体格をしているという事だ。


「よう! ルービン遅いじゃないか」


「俺の所為じゃねえよ。こいつがとろいんだ」


(ええ? 僕の所為なの?)


 あまりに理不尽な言葉だが、ファーリスは口を噤んだ。

 下手に言い返し、この人数からファイヤーボールの連射を食らってはたまったものでは無いのだ。


 そしてみんなが集まると、試合の準備が始まった。


 試合の準備には魔法は使えない。魔法で出来る事は、基本的にファイヤーボールを代表とする攻撃魔法。

 そして防御結界を代表する防御魔法。それと瞬間移動と最後に治癒魔法だ。


 魔法で物を自由に動かすという事は出来ず、料理などの物を出現させるという事も出来ない。日常生活の大半は自分達の手で行わなくてはならないのだ。


 ファーリスは他の部員達と共に、体育倉庫に向かい、扉を開けると体育倉庫の中にはかび臭い匂いと、埃っぽい空気が充満していた。


 みんなはそのかび臭く埃っぽい空気を吸うのが嫌なのか、必要な道具が置いてある所までの僅かな距離すら瞬間移動の魔法で移動し、その道具をすばやく掴んで息を止め足早に体育倉庫を出て行く。


 ルービンは今日は先輩がくると言っていたが、ファーリスが準備をしながら試合に出る選手の話に聞き耳と立てたところによると、どうやら試合の相手というのが、その先輩らしかった。


 卒業生が、後輩達を久しぶりにいっちょう揉んでやろうという事らしい。


 試合は、双方6人ずつで、一つのファイヤーボールを打ち合って行われる。

 相手が打ち返してきたファイヤーボールを拾えなかった方が負けという、どこかで聞いたことがある様なルールだ。


 だが、ファイヤーボールは打ち合うたびに、打った選手の魔力が加算され、その威力は増してゆく。

 そしてどの程度威力を増させるかは、打つ者のさじ加減だ。


 当然みな結界を張っているが、威力を増していくファイヤーボールはついにはその結界を打ち破る。

 その為、打ち合いには駆け引きも必要だった。


 フィイヤーボールの威力は加算されていく。全力で打ってそれで決まればよいが、もし打ち返された場合は、さらに威力が増したフィイヤーボールが返って来る。


 みな始めは魔力をセーブして打ち合って、相手の結界を破れそうな威力で自分のチームが打ち返せる様に、目まぐるしく頭を使いながら加算する魔力を計算し、打ち合う事が要求される。


 だが試合の準備が終わってまもなく始まったルービン達在校生と卒業生達の試合は、その様な駆け引きもなく一方的な試合で終った。


 そもそもルービン達と卒業生達とでは魔力が違いすぎた。

 駆け引きも何もない、卒業生の一打目の全力のアタックが、ルービン達在校生の結界をいとも容易く破ってしまう。


 これでは勝負になるはずがない。


 勿論、ファイヤーボールに結界が破られるという事は、炎の塊が生身の体に触れるという事だ。大変な火傷をする事になる。


 その為試合をする時には魔力の強い、治癒魔法の得意な者が控えている。


 そしてその治癒魔法は、相手の体を抱きしめて自分の魔力を相手に注入する事によって、怪我や病気を治すという物だ。


 今日は特別に、卒業生の人達が治療してくれる事になっていた。きっとはじめから在校生では自分達の相手にならず、結界が破られる者が続出すると分かっていたのだろう。


 だがここで重要な問題がある。


 それは「力強く逞しい者ほど魔力も強くなる」という事だ。


「先輩! いいです。自分でなんとか治しますから!」


「何を言ってるんだ。遠慮するな。そんな大火傷を自然治癒なんかで直そうとしたら何ヶ月かかると思ってるんだ!」


 在校生達は大火傷を追いながらも後ずさり、卒業生達はわざわざ上半身裸になり筋肉を見せつけながら追い詰める。


 傷付いた体に鞭打って、這う様に逃げまどう在校生。

 それを自らの鍛え上げられた胸筋をバチバチ腕で打ち鳴らし、自らの筋肉を誇示して笑い声を上げながら追い詰める卒業生。


 そこかしこで、在校生達の悲鳴がなっていた。


 ファーリスが恐る恐る悲鳴のなる方向を見ると、筋肉隆々の卒業生に怪我をした在校生が抱きしめられている。


 卒業生達が一撃で在校生の結界を破るファイヤーボールを打てると言う事は、当然、在校生よりも遥かに魔力が強いと言う事であり。

 イコール、在校生より遥かに力強く逞しい体格と言う事なのだ。


 そしてその様な惨劇は一つではなく、あちこちで行われていた。


 背後から抱きしめられている者。

 正面から抱きしめられている者。

 これが男女であれば絵になると思われる様な、傷ついた在校生をその胸に抱く卒業生。といったものもある。

 さらに恐ろしい事に、前後から2人の卒業生に抱きしめられている者……。


 まさに地獄絵図だ。


 とはいえ、これは卒業生達がみな変な趣味を持っているという訳ではない。

 実はこれはこの倶楽部の伝統行事なのだ。


 卒業生が在校生を痛めつけ、そして治癒魔法の為に抱きしめて、嫌がる様子を面白がる。

 ルービン達はこの後、その事を卒業生達から知らされるのだ。


 在校生達は、今自分達が味わっている屈辱を次の在校生で晴らすべく、今までにもまして練習に励むだろう。


 そしてルービン達が卒業すれば、今度は今の卒業生の様に筋肉隆々となったルービン達が、その時の在校生に同じ事をするのだろう。


 だが、今はまだそれを知らされてないルービン達は、真剣に貞操の危機に怯えていた。


 その様な目を覆いたくなる様な惨劇を人事として、彼なりに「可哀想に……」などと考えていたファーリスだったが、彼の考えは甘かった。


 一人ぼけっと立ち尽くすファーリスを見つけた卒業生が、彼に声をかけてきたのだ。


「どうした? お前は試合に出ないのか?」


「え? 僕ですか? 僕はこの倶楽部の部員では……」


 慌てて否定するファーリスだったが、ここでルービンが口を挟んだ。

 自分達だけ貞操を散らされるのはごめんだと、ファーリスを道連れにしようとしたのだ。


「なにしてるんだ、アリス。早く準備しないか!」


「ええ? でも僕……」


「いいから、いいから。先輩! 一つお願いします!」


 ルービンが戸惑っているファーリスを尻目に卒業生に頭を下げる。

 こうして、無理やりファーリスは試合に出される事となった。


(どうして僕が……)


 だが、人一倍ヘタレな彼は、今更「本当は違うんです!」とは言い出せず、恐怖に身を竦ませながらも、流れに身を任せてしまう。


 そして、コートの中でびくびくしながら構えるファーリスに卒業生の渾身のアタックが炸裂した。そして吹き飛ばされた。

挿絵(By みてみん)


 在校生達が、思わず「おーー!」と歓声を上げるほど、吹き飛ぶファーリス。


 卒業生達には歯が立たないとはいえ、倶楽部の在校生みな優等生揃いだ。それゆえに、結界は破られてもその場で耐えれた。

 しかし、劣等性であるファーリスは、その場で耐える事すら出来なかったのだ。


 だが運の良い事に、なまじその場で耐える事が出来なかったファーリスは、吹き飛ばされはしたが結界自体は破られることは無く、熱いとは思いながらも大火傷はせずに済んでいた。


 いや、やはり運は悪かったのかもしれない。

 ファーリスは吹き飛ばされた衝撃で、気を失っていた。

 そして数十メートルも吹き飛ばされて、コートの柵すら超えて林の向こうにある池に落ちた。


「アリス!」


 さすがにこの状況にルービンもあせりを覚え、瞬間移動で池の渕まで飛んできた。そしてそれに続いて在校生と卒業生も次々と瞬間移動してくる。


 そして池に沈んでいくファーリスに向かってルービンが叫んだ。


「飛ぶんだ、アリス!」


 瞬間移動で飛べるのは何も無いところだけだ。池の中には飛ぶ事は出来ない。


 脱出するなら、池の中にいるファーリスが自分で、池の外の何も無いところに飛ぶしかない。

 だがそのファーリスは気を失っている。


 そして、ファーリスが池から浮かび上がってくることは二度と無かったのだ。


 その様な状況になる前に、誰かが瞬間移動ではなく泳いでファーリスのところまで行って、ファーリスを助ける事は出来なかったのか?

 そう考えるのも当然だが、彼らにはそれが出来なかったのだ。


 なぜなら、この池には落ちれば二度と這い出る事はできないという伝説があるのだから。


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