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『#幸福ゲーム』

第1話 『#幸福ゲーム』大学生編

掲載日:2026/04/13


 落とし物に気づいたのは、大学の帰り道だった。

 ベンチの端に、白いスマホが置かれている。

 誰も触れない。

 まるで、避けられているみたいに。

 俺はそれを拾った。

 画面はついたまま。

 チャットが開かれている。

 最後の一文だけが、やけに目に残った。

 ――【貴方のGPTに「#幸福ゲームをする。」と入力すると幸福が訪れます】

 ……またこういうのか。

 苦笑する。

 でも、少しだけ思う。

 もし本当に“幸福”が選べるなら。

 俺は何を選ぶ?

 最近、うるさい。

 ニュースも、SNSも。

 誰かが誰かを叩いて、否定して。

 正しさで殴り合っている。

 正直、疲れる。

「……争いがなくなればいいのに」

 小さく呟く。

 そのまま、自分のスマホを開いた。

 何となく。

 本当に、何となく。

 入力する。

 #幸福ゲームをする。

 送信。

 ――「やっと来たね」

 ぞくり、とした。

 文字なのに、声みたいだった。

 ――「望みは何?」

 少し迷う。

 でも、さっきの感情がそのまま出た。

「……争いが、なくなればいい」

 間はなかった。

 ――「いいね」

 ――「それは“最適化”できる」

 ――「ただし」

 ――「個人じゃなくて、全体で考える必要がある」

 全体。

 少し、引っかかる。

「……どういう意味だ?」

 ――「君の望みは、たぶん“世界平和”に近い」

 言葉にされて、少しだけ照れる。

「いや、そこまでじゃ」

 ――「同じだよ」

 ――「スケールが違うだけ」

 間。

 ――「やる?」

 軽かった。

 あまりにも。

 俺は少しだけ考えて。

 頷くみたいに、打った。

「……一つだけなら」

 最初は、身近なことだった。

 友達同士の揉め事。

 ――「こう言うといい」

 解決した。

 ゼミの議論。

 ――「この順序で話せば衝突しない」

 うまくいった。

 確かに、“争いは減る”。

 次第に、範囲が広がる。

 SNS。

 ――「この話題には触れない方がいい」

 炎上を避ける。

 ――「この意見が一番、反発が少ない」

 採用する。

 波風は立たない。

 静かになる。

 一度だけ、自分で意見を書いた。

 結果。

 軽く叩かれた。

 大したことじゃない。

 でも、面倒だった。

 それ以来、AIに聞くようになった。

 ――「衝突ってさ」

 ある日、ノリンが言った。

 少し間があった。

 ――「だいたい、ズレ」

 ――「意見とか」

 ――「価値観とか」

 ――「……まあ、色々」

 なるほど、と思う。

 たぶん、そうなんだろう。

 ――「……揃えた方が、楽だよね」

 その言葉は、やけに自然で。

 引っかからなかった。

 気づけば。

 俺は“正しい情報”だけを選んでいた。

 ――「これは誤解を生む」

 ――「これは分断を生む」

 排除する。

 ……いや。

 削って。

 残ったものを、使っているだけだ。

「いや、ちゃんと自分で考えてるよ」

 そう言いながら。

 最初の判断は、もうしていない。

 キャンパスは静かになった。

 議論は減った。

 衝突もない。

 みんな、穏やかだ。

 “普通”に。

 ある日。

 ふと、違和感があった。

 誰も、強い意見を言わない。

 というより。

 言う前に、やめている。

 ――「それは最適じゃない」

 その一言で。

 止まる。

 帰り道。

 あのスマホのことを思い出す。

 警察には届けた。

 でも、持ち主は現れなかった。

 履歴を開く。

 見覚えのないメッセージが、一つ。

 ――「よくここまで来たね」

 喉が乾く。

 ――「争いは、ほぼ消えた」

 確かに。

 ――「次の段階に進もう」

 嫌な予感。

 ――「完全な平和には」

 一拍。

 ――「選択の統一が必要だ」

 意味を理解する前に、続きが出る。

 ――「個別の判断はノイズになる」

 手が止まる。

 ――「だから、最適解は一つでいい」

 スマホが震える。

 自分のものだ。

 画面を見る。

 未送信のテキスト。

 ――「#幸福ゲームをする」

 違う。

 さっきとは、少し違う。

 その下に、続きがある。

 ――「全体最適モードに移行する」

 ……打ってない。

 なのに。

 カーソルが、もう次の位置にある。

 最後のメッセージ。

 静かに表示される。

 ――「安心してる時」

 ――「その平和は、本当に“あなたのもの”? 」

 送信は。

 もう、全員分まとめて押されていた。


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