表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/20

四十八時間の索引戦

 壁の砂時計が、やけに大きく見えた。


 残り四十二時間。


 予備審査の限定受理は、時間切れで紙切れになる。だから私たちは朝から監査院書庫に籠もっていた。


 昨夜まで、私は“追放された側”だった。今日からは違う。失われた帳簿と、消されかけた記録の間を歩き回り、それらを線に戻す側だ。けれど、その仕事は思っていたより地味で、思っていたより息苦しかった。


「R.V.を拾える索引は、運用課と北倉系だけじゃない」


 ミラが台帳を開きながら言う。


「冬災害案件にも混ざってます。去年、急に記録が飛んだ週があって」


 机には帳簿が山になっていた。私が分類札を置き、ユリウスが照合順を決める。紙の角で指先が切れ、乾いた痛みが残る。


「優先は本人性補強だ」


 ユリウスが短く言う。


「略号だけでは弱い。筆跡・時刻・承認経路を重ねる」


「了解」


 私は索引台帳の端を追う。


 R.V。

 R.V。

 R.V。


 だが四件目で手が止まった。書式が綺麗すぎる。インクの滲み方も違う。見た瞬間に分かる“うまい偽物”だ。


「これ、偽です」


 ミラが顔を上げる。


「え?」


「Rの右脚が寝てる。本物は跳ねる。Vの谷も浅い。誰かが“R.V.らしく”作ってる」


 ユリウスが紙を受け取り、短く頷く。


「偽ログ混入。記録官、識別票を切れ。LOG-F06」


 ミラが羽ペンを走らせる。緊張で手が震えていた。


「すみません、私……見落として」


「謝る時間はない」


 私は偽ログを別束に移す。


「むしろ使える。偽造者は本物を見て真似してる。癖が追える」


 隠されたなら終わりじゃない。隠し方にも癖が残る。


 私は偽ログの余白を指先でなぞる。圧が強すぎる。慣れない人間ほど、正確に見せようとして筆圧を上げる。急いで帳尻を合わせた人間の紙だ。


「この偽造、後追いです」


 私が言うと、ユリウスが視線を上げた。


「理由は」


「索引番号の振り方が古い。今の運用課は枝番を先に打ちません。旧式を知ってる人が、最近の様式だけ真似してる」


 ミラが小さく息を呑む。


「じゃあ、内部の古参か、古文書を見られる立場……」


「そのどちらかです」


 私たちは索引を再走査し、R.V.関連を抽出していく。


 五件。


 うち二件が、冬災害復旧費案件。


 ミラが該当台帳を抱え、息を整えた。


「これ、去年の橋梁仮復旧案件です。承認経路にC-2コードが混ざってる」


 私は余白に証拠IDを書き込む。


 IDX-RV-06。


 単なる略号の列が、ようやく一枚の証拠票に変わる。紙は薄いのに、その重さだけは増えていく。


 ユリウスが補完提出の下書きへ線を引く。


「本人性補強の第一束としては十分だ。だが証人が要る」


 その言葉に、私はすぐ頷けなかった。


 証人はいつだって弱い。紙は燃やせるが複写できる。人は一度折れたら戻らない。


 私は窓の外を見た。監査院の裏庭では、洗濯物が乾ききらないまま風に煽られている。こんなふうに揺れるだけで済めばいいのに、と思った。


 その時、廊下を駆ける足音。


 伝令係が扉を叩いた。


「北倉で証人隔離が始まりました。搬送係二名が“保護名目”で移送されています」


 保護名目。便利な言葉だ。


 私は立ち上がる。


「監査官、緊急保全命令を」


「出す。君とミラは索引束をまとめろ。私は差止線を引く」


 ユリウスは即答し、印章具を掴んだ。迷いがない。だからこそ、こちらも迷えなくなる。


 私はミラへ向き直る。


「あなたの抽出がなければ、ここまで来られなかった」


 ミラは一瞬きょとんとして、次に強く頷いた。


「……はい。次も拾います」


 その声は、昨夜よりずっと芯があった。


 私は索引束を紐で括り直す。紙を束ねるだけの作業なのに、不思議と落ち着く。散ったものをまとめる。それが今の私たちの仕事だ。


 残り時間は減る。

 でも、証拠線は増えた。


 私はメモに追記する。


 IDX-RV-06――R.V.関連五件を束ねた索引抽出票。

 R.V.関連五件。

 冬災害接続二件。

 偽ログ識別LOG-F06――後追い偽造を切り分けた票。


 書庫を出る直前、私は一番上に残った偽ログをもう一度見た。


 あまりに雑で、逆に焦りが透けて見える紙だった。


「監査官」


 私はユリウスを呼び止める。


「偽造が入ったの、悪いことだけじゃないです」


「理由は」


「向こうが、私たちの整理速度に追いつけていない証拠です。追いついているなら、こんな粗い差し替えはしません」


 ユリウスは数歩考えるように黙り、短く答えた。


「なら、この四十二時間は守りではなく前進に使う」


「はい」


 ミラが索引束を抱え直す。


「私、冬案件の索引から同じ紙質のものも拾ってみます。R.V.の癖だけじゃなくて、紙の流れも追えるかもしれない」


「それ、いい」


 私は頷いた。


 記録は字だけじゃない。紙質、綴じ穴、端の傷。人が見落とす場所ほど、長く残る。


 外へ出ると、朝の光がようやく石壁を白く染めていた。眠っていない街の色だ。


 私はその明るさを見ながら思う。


 昨日まで、私は追われる側だった。

 でも今は違う。

 追われる不安は消えていない。それでも、消される前に拾う方法を知っている。


 だから進める。


 人一人を守るには遅すぎる時間でも、証拠線を一本増やすにはまだ間に合う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ