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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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5/19

一次証拠束、提出

 予備審査室の空気は、卒業式の講堂より冷たかった。


 石壁に反響する靴音すら、ここでは評価対象に思えた。視線を上げれば、半円形に並ぶ審査官たち。その中央に置かれた机だけが妙に広い。証拠を並べるための机だ。言葉を飾るための机ではない。


「提出証拠、形式不備が多い」


 中央席の審査官が告げる。


「押印転写は非公式。聴取記録は任意。これで公開監査を開けると?」


 私は息を整え、証拠束を三列に並べ替えた。


 一列目、物証。A-771欠番、封印票原本、搬出台帳原本。

 二列目、文書。DOC-M04-1、DOC-M04-2、欄外メモC-2。

 三列目、時刻矛盾。EM-72-19超過十九件、同一秒執行三件、WH-03の02:48/03:12逆転。


 紙の位置を変えただけなのに、机の上の意味が変わる。ばらばらの異常から、一本の意図へ。


「本件の主張は有罪確定ではありません」


 私は審査官団を見渡す。


「公開監査へ進める最低線――組織的不正の合理的疑いです」


 右席が反論する。


「疑いで王太子派案件に触れれば、監査院自体が政治闘争の道具になる」


「だからこそ、人物名ではなく手続き違反で固定します」


 私は三列目を示した。


「誰が悪いかではなく、何が規程違反か。監査院が扱うべきはそこです」


 左席が紙を弾いた。


「なら聞こう。非公式転写を混ぜた時点で、反対派に『証拠汚染』と攻撃される。どう耐える?」


「転写は主証拠にしません」


 私は即答した。


「主証拠は原本の時刻矛盾と在庫差分です。転写は“調査着手の発端”に限定し、独立証拠で裏打ちします。着火点と燃料は別です」


 中央席の指先が机を一度だけ打つ。完全否定はされていない。なら、押し切れる余地がある。


「補助説明を」


 ユリウスが一歩前へ出た。


「EM-72-19は七十二時間ルール超過十九件を束ねた案件だ。緊急執行は本来、あとで説明責任を負う例外処理。それが同一秒執行、同一納品先偏在、在庫差分へ連続している。単発事故ではない」


 審査室に沈黙が落ちる。


 そこへ、彼は最後の紙束を置いた。


 古い封印紐つき目録。R-13。


「追加提出。監査院封印文書目録。父世代の未遂改革案件だ。テーマは“代筆運用による責任分散”」


 室内がざわつく。中央席の顔色が変わる。


「その目録、なぜ今まで出なかった」


「予算凍結時に棚封印され、開封権限が監査院単独から評議会同意制に落とされていた」


 ユリウスが答える。


「昨夜、C-2関連の新証拠を根拠に“再燃案件”として再開封許可が下りた」


 ミラがすぐに控え紙を差し出す。


「再開封許可No.RR-05-117です」


 審査官は一読し、R-13へ視線を戻す。紙の擦れる音がしばらく続いた。私はその音を聞きながら、卒業式の日を思い出していた。あの日、私には説明の順番すら与えられなかった。だが今は違う。ここでは順番が、まだ機能する。


「R-13のどこが本件と接続する」


 中央席の問いに、私はページ端を指す。


「代筆室。責任分散。補助印の多重利用。今の案件で見つかっている地下C-2、R.V.筆跡、時刻逆転と対応します。父世代で潰された手口が、形を変えて続いている可能性があります」


 右席が言う。


「可能性、か」


「はい。ですが、可能性を否定できる材料はまだありません。なら監査の仕事は、閉じることではなく開くことです」


 自分でも、少し強い言い方だと思った。


 けれど審査室では、遠慮は免罪符にならない。


 中央席がようやく告げた。


「却下はしない」


 胸の奥が一度だけ強く鳴る。


「ただし限定受理。四十八時間以内に補完提出。条件は三つ」


 一、R.V.略号の本人性補強。

 二、C-2代筆室の運用実在証明。

 三、EM-72-19とA-771の直接接続。


「未達なら、ここで終了だ」


「承知しました」


 私より先に、ユリウスが頷いた。


 審査官団が退室し、室内に残るのは私たち三人。


 ミラがR-13を抱えたまま、長く息を吐く。


「通った、でいいんですよね」


「継続が許可されただけだ」


 ユリウスはぶっきらぼうに言う。


「でも、ゼロじゃない」


 私が返すと、彼は少しだけ目を細めた。


「ゼロじゃない。だから走る」


 私はR-13の端をなぞる。古い紙は乾いて、ざらついていた。


 父世代が潰された案件。

 その続きを、今の私たちがやる。


「タスクを切ります」


 私は机上に三枚の付箋を置いた。


「一枚目、R.V.本人性。筆跡比較票と承認ログ照合。

 二枚目、C-2実在証明。地下搬送路と通信管ログ突合。

 三枚目、A-771接続。欠番ページと北倉搬送記録の時系列再構成」


 ミラが二枚目と三枚目を取る。迷いは少し減っていた。


「時系列再構成、私がやります。冬案件の索引も同時に引きます」


 ユリウスが短く言う。


「無理はするな。精度優先だ。四十八時間は短いが、誤差はもっと短い」


 ミラは小さく頷いた。


 私はメモ帳に追記する。


 中決着一。

 予備審査、継続決定。

 残り四十八時間。


 次に落とすべきは、名前じゃない。

 仕組みだ。


 そして、仕組みを落とすには、人を守る段取りがいる。


 審査室の扉を出る前に、私は振り返って二人に言った。


「私の仮採用が切れても、案件は切らせません。証拠線は個人依存にしない」


 ユリウスは頷き、ミラは強くうなずいた。


 その反応だけで、今夜は十分だった。


 ゼロじゃない。

 なら、勝ち筋は作れる。

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