法務補佐室文書押さえ
法務補佐室は、いかにも何もしていない顔をしていた。
整頓された棚、揃った封蝋箱、余計な紙のない机。
こういう部屋ほど、後から一行だけ足すのに向いている。
私は西書記棚の前で止まる。
施行初日の走り書きにあった場所だ。
『偽束搬入指示、法務補佐室西書記棚』
雑な告発だった。
でも雑な告発は、辿る先が単純でいい。
共同立入の許可は取ってある。ユリウスが封緘確認をし、ミラが書架番号を照らす。
「ここです」
棚の三段目、薄い指示書束が挟まっていた。表題はありふれている。
『窓口整理要綱補記』
補記。
王都でいちばん危ない言葉の一つだ。あとから足せる余地がある文書は、だいたい悪用される。
私は束を開いた。
前半は無難だった。窓口導線、受付時刻、保全番号付与。だが末尾近く、別インクで追記された一行がある。
『匿名通報は初期集中を利用し、同型案件を優先投入して選別能力を観察すること』
私はページを止めた。
選別能力を観察。
綺麗すぎる言い方だ。実際にやっているのは、虚偽束を流し込んで窓口を潰すことなのに。
ユリウスが低く言う。
「ORD-38」
妨害指示文書。
ミラはすでに照合紙を広げていた。
「追記部だけインク層が違います。本文より新しい」
私は頷く。
「HSH-38で取れますね」
文書改ざんハッシュ照合。本文作成時と追記時で筆圧もインク沈みも違う。法務補佐室が“元からあった要綱”を装って、あとから妨害指示を滑り込ませたと見ていい。
ただ、それだけではまだ弱い。
法務補佐室の独断だと言い逃げられる。
私は封蝋箱の脇に積まれた回覧票へ目を向けた。
そこに、見覚えのある印が混じっていた。
監督評議会補助印。
真印か偽印かはまだ分からない。だが混じっている時点で、上流責任の射程は伸びる。
「見つけました」
ミラも同じ印影を指していた。
法務補佐室発の妨害指示に、評議会補助印が混在している。
それは、単独妨害ではなく制度側の補線が入っている可能性を意味した。
午後、記録官立会いで簡易照合をかける。
法務補佐室側は当然、反発した。
「補助印は参考押印にすぎません」
「本文追記は事務補足です」
よく言う。
でも、補足で制度を潰された側は笑えない。
私はORD-38の追記一行を再度示した。
「同型案件を優先投入して選別能力を観察する。これは窓口運用ではありません。妨害です」
記録官が追記位置を確認し、ミラがHSH-38の照合結果を出す。
「追記部、後挿し確定」
部屋の空気が少しだけ変わる。
法務補佐室は整った文書で人を潰そうとした。ならこちらは、その整い方の不自然さで返す。
王都の文書戦は、たいていそういう勝負だ。
暮れ際、私は指示書束を封緘し直しながら思う。
制度を壊す側は、いつも大声では来ない。
余白に一行足してくる。補足の顔をして、実質だけをずらす。
だから監査は本文だけ見ても足りない。
どこが後から足されたか。誰の印が混ざったか。その細い継ぎ目を見る必要がある。
ユリウスが言った。
「次は補助印の真偽か」
「はい」
私は指示書束を抱える。
「偽印なら法務補佐室止まり。真印なら、もっと上です」
外はもう暗い。
でも、暗いほうが印影は見やすいこともある。
机へ戻った私は、評議会補助印の写しを灯りへ透かした。
薄くても、本物は癖を隠せない。
次は、その癖を取る。




