在庫が語る不一致
倉庫区画に着いた時、門はもう半分開いていた。
夜明けの白い息。荷馬車の車輪。王宮便の旗。積み込みを急ぐ掛け声。
「監査前搬出は禁止です!」
私が叫ぶと、荷役係たちの手が一瞬止まる。だがすぐ再開した。ここでは私の声に命令権がない。
隣でユリウスが短く言う。
「命令書を出せ」
私は封筒からEM-72-19の現場照合命令を取り出し、門番に見せた。
門番は目を細め、紙を裏返し、ため息をつく。
「文言が足りない。倉庫封印の解除権限が書かれていない。責任者バルドの許可が必要だ」
嫌な静けさが背中を走る。あと十五分で王宮便は出る。
ここで止められなければ、昨日の八四・二%はただの数字で終わる。
私は命令書の第三条を指で叩いた。
「共同承認条項があります。監査官二名の承認で、封印票確認と立入照合は可能です」
「可能“の場合がある”だろう。現場判断は責任者だ」
門番はわざと語尾を伸ばした。時間稼ぎだ。
私は横目でユリウスを見る。彼は私の顔を見ず、門番の靴先を見ていた。
「……追記命令を出す」
低い声。
彼は懐から小型印章具を取り出し、命令書余白に追記する。
『第三条補足: 本件に限り、封印解除・現物照合を監査官共同承認で実施する』
印が二つ並ぶ。ユリウスの監査官印と、仮採用協力者としての私の確認印。
門番の顔色が変わった。
「……通れ」
倉庫内は、紙と油と古い木の匂いがした。
責任者バルドは、腕を組んだまま笑わない。だが彼の視線は私たちではなく、倉庫奥の通信管に何度も走っていた。
「朝からご苦労なこった。だが帳簿どおりだ。疑うなら好きに見ろ」
私は答えず、棚番を確認していく。WH-03。今日の現場案件だ。
納品記録は百箱。
現物は――六十四箱。
差分、三十六。
「数え間違いでは?」
バルドが言う。
「なら一緒に数えましょう」
私は木箱の角に指をかけ、一つずつ数を読み上げる。ユリウスは背後で記録官に書記を指示した。
「三十一、三十二、三十三……六十四。以上」
沈黙。
バルドの口元がわずかに歪む。
「昨夜、再配置した。管理上の都合だ」
「再配置記録は?」
「後で出す」
「時刻は?」
「……深夜だ」
曖昧な返答。
私は封印票を手に取る。搬出入があるたび更新される、改ざん検知用の薄いラベル。
更新時刻は03:12。
搬出台帳の記録は02:48。
順序が逆だ。先に運び出して、後で封印票を更新している。
「監査官、時刻が逆転しています」
私が言うと、ユリウスは封印票を受け取り、無言で頷いた。
「記録官。証拠保全。封印票原本、搬出台帳原本、棚番写真記録」
指示が飛ぶ。空気が一段冷える。
バルドが声を荒げた。
「待て、原本は王宮便に――」
「監査中案件だ。差止権を行使する」
ユリウスの声は平坦で、だからこそ重かった。
倉庫裏の小机で、私は差分表を作る。
納品100。
現物64。
欠損36。
横に、封印票時刻03:12。
搬出台帳時刻02:48。
数字は感情を持たない。だから、嘘をつきにくい。
ユリウスが私の手元を見た。
「計算は早いな」
「早くないと、王宮では生き残れませんでした」
「今は王宮じゃない」
「だから、まだ生き残れます」
その時、記録官ミラが小走りで戻ってくる。頬を赤くしながら、控え紙を差し出した。
「監査官、搬出先の控えです。欠損三十六箱の再搬送先……王都北倉」
王都北倉。
昨日までは数字の向こう側にあった場所が、急に固有名詞になる。
ユリウスが紙を私に渡す。
「読め」
搬送指示の末尾に、見覚えのある略号。
『承認: R.V.』
R. Voss。
A-771の押印転写で見た署名。
喉の奥が冷える。
点と点が、線になりかける。
「監査官。これ、A-771と同じ線上です」
「断定はするな。だが、外すな」
ユリウスは門の方を見た。王宮便の御者がこちらを睨んでいる。
「今日のところは保全優先。聴取は明日」
「バルドを?」
「バルドと、命令元だ」
彼は命令書に新しい赤線を引く。
『案件WH-03をEM-72-19に接続。王都北倉への搬送経路を追跡』
私の確認印を押す場所を、無言で示す。
私は印章を押した。
まだ条件付き協働だ。
それでも、昨日よりは一歩前へ進んだ。
倉庫を出ると、朝日がようやく屋根の縁に届いていた。
私はメモ帳を開く。
WH-03。
100→64。
欠損36。
時刻逆転。
搬送先、王都北倉。
承認略号、R.V.
数字は増えた。
逃げ道は減った。
監査院へ戻る馬車の中、ミラが控え紙の端を指で叩いた。
「この略号、前にも見ました。去年の冬、災害復旧費の仮執行で……記録が急に消えた案件です」
ユリウスが視線だけで続きを促す。
「案件番号は思い出せません。でも、同じ書き癖でした。RとVの間を、普通より広く空ける癖」
私は紙の署名をもう一度見る。確かに、R.V.の点が不自然に離れている。
癖は、肩書より嘘をつかない。
「ミラ、冬案件の索引を洗ってください。R.V.の略号があるものを全部」
「はい。今夜中に候補を出します」
ユリウスが短く付け足した。
「無理はするな。精度優先だ」
ミラは小さく頷き、紙を抱え直した。
私は窓の外を見る。辺境の空は広い。王都で見ていた空より、ずっと冷たくて、ずっと正直だ。
次は、口を割らせる番だ。




