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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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3/21

在庫が語る不一致

 倉庫区画に着いた時、門はもう半分開いていた。


 夜明けの白い息。荷馬車の車輪。王宮便の旗。積み込みを急ぐ掛け声。


「監査前搬出は禁止です!」


 私が叫ぶと、荷役係たちの手が一瞬止まる。だがすぐ再開した。ここでは私の声に命令権がない。


 隣でユリウスが短く言う。


「命令書を出せ」


 私は封筒からEM-72-19の現場照合命令を取り出し、門番に見せた。


 門番は目を細め、紙を裏返し、ため息をつく。


「文言が足りない。倉庫封印の解除権限が書かれていない。責任者バルドの許可が必要だ」


 嫌な静けさが背中を走る。あと十五分で王宮便は出る。

 ここで止められなければ、昨日の八四・二%はただの数字で終わる。


 私は命令書の第三条を指で叩いた。


「共同承認条項があります。監査官二名の承認で、封印票確認と立入照合は可能です」


「可能“の場合がある”だろう。現場判断は責任者だ」


 門番はわざと語尾を伸ばした。時間稼ぎだ。


 私は横目でユリウスを見る。彼は私の顔を見ず、門番の靴先を見ていた。


「……追記命令を出す」


 低い声。


 彼は懐から小型印章具を取り出し、命令書余白に追記する。


『第三条補足: 本件に限り、封印解除・現物照合を監査官共同承認で実施する』


 印が二つ並ぶ。ユリウスの監査官印と、仮採用協力者としての私の確認印。


 門番の顔色が変わった。


「……通れ」



 倉庫内は、紙と油と古い木の匂いがした。


 責任者バルドは、腕を組んだまま笑わない。だが彼の視線は私たちではなく、倉庫奥の通信管に何度も走っていた。


「朝からご苦労なこった。だが帳簿どおりだ。疑うなら好きに見ろ」


 私は答えず、棚番を確認していく。WH-03。今日の現場案件だ。


 納品記録は百箱。


 現物は――六十四箱。


 差分、三十六。


「数え間違いでは?」


 バルドが言う。


「なら一緒に数えましょう」


 私は木箱の角に指をかけ、一つずつ数を読み上げる。ユリウスは背後で記録官に書記を指示した。


「三十一、三十二、三十三……六十四。以上」


 沈黙。


 バルドの口元がわずかに歪む。


「昨夜、再配置した。管理上の都合だ」


「再配置記録は?」


「後で出す」


「時刻は?」


「……深夜だ」


 曖昧な返答。


 私は封印票を手に取る。搬出入があるたび更新される、改ざん検知用の薄いラベル。


 更新時刻は03:12。

 搬出台帳の記録は02:48。


 順序が逆だ。先に運び出して、後で封印票を更新している。


「監査官、時刻が逆転しています」


 私が言うと、ユリウスは封印票を受け取り、無言で頷いた。


「記録官。証拠保全。封印票原本、搬出台帳原本、棚番写真記録」


 指示が飛ぶ。空気が一段冷える。


 バルドが声を荒げた。


「待て、原本は王宮便に――」


「監査中案件だ。差止権を行使する」


 ユリウスの声は平坦で、だからこそ重かった。



 倉庫裏の小机で、私は差分表を作る。


 納品100。

 現物64。

 欠損36。


 横に、封印票時刻03:12。

 搬出台帳時刻02:48。


 数字は感情を持たない。だから、嘘をつきにくい。


 ユリウスが私の手元を見た。


「計算は早いな」


「早くないと、王宮では生き残れませんでした」


「今は王宮じゃない」


「だから、まだ生き残れます」


 その時、記録官ミラが小走りで戻ってくる。頬を赤くしながら、控え紙を差し出した。


「監査官、搬出先の控えです。欠損三十六箱の再搬送先……王都北倉」


 王都北倉。


 昨日までは数字の向こう側にあった場所が、急に固有名詞になる。


 ユリウスが紙を私に渡す。


「読め」


 搬送指示の末尾に、見覚えのある略号。


『承認: R.V.』


 R. Voss。


 A-771の押印転写で見た署名。

 喉の奥が冷える。


 点と点が、線になりかける。


「監査官。これ、A-771と同じ線上です」


「断定はするな。だが、外すな」


 ユリウスは門の方を見た。王宮便の御者がこちらを睨んでいる。


「今日のところは保全優先。聴取は明日」


「バルドを?」


「バルドと、命令元だ」


 彼は命令書に新しい赤線を引く。


『案件WH-03をEM-72-19に接続。王都北倉への搬送経路を追跡』


 私の確認印を押す場所を、無言で示す。


 私は印章を押した。


 まだ条件付き協働だ。

 それでも、昨日よりは一歩前へ進んだ。



 倉庫を出ると、朝日がようやく屋根の縁に届いていた。


 私はメモ帳を開く。


 WH-03。

 100→64。

 欠損36。

 時刻逆転。

 搬送先、王都北倉。

 承認略号、R.V.


 数字は増えた。

 逃げ道は減った。


 監査院へ戻る馬車の中、ミラが控え紙の端を指で叩いた。


「この略号、前にも見ました。去年の冬、災害復旧費の仮執行で……記録が急に消えた案件です」


 ユリウスが視線だけで続きを促す。


「案件番号は思い出せません。でも、同じ書き癖でした。RとVの間を、普通より広く空ける癖」


 私は紙の署名をもう一度見る。確かに、R.V.の点が不自然に離れている。


 癖は、肩書より嘘をつかない。


「ミラ、冬案件の索引を洗ってください。R.V.の略号があるものを全部」


「はい。今夜中に候補を出します」


 ユリウスが短く付け足した。


「無理はするな。精度優先だ」


 ミラは小さく頷き、紙を抱え直した。


 私は窓の外を見る。辺境の空は広い。王都で見ていた空より、ずっと冷たくて、ずっと正直だ。


 次は、口を割らせる番だ。

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