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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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20/45

一次立証、成立

 公開前最終会議。私はTRI-20を机の中央へ置いた。


 三点連結立証票。つまり、ここまで集めた証拠群を“二系統で同じ主犯線へ収束している”と示すためのまとめ票だ。


 一系統目。

 A-771欠番写し(CPY-18)と、R.V.運用ログ。


 二系統目。

 EM-72-19とWH-03の時刻逆転、北倉搬送、偽命令者ラーデン線。


「冤罪主犯ルートは、二系統で一次立証可能です」


 ユリウスがDEC-20に署名する。


「受理。Arc1案件、一次立証成立」


 一次立証受理決定。ここでようやく、卒業式の日に一方的に貼られた“主犯”の札が、正式な手続きの中で剥がれ始める。


 私は息を吐いた。


 卒業式で奪われた名前が、ようやく“証拠を持つ当事者”として戻ってくる。


 けれど終わりじゃない。


 中央机に置かれた次案件票には、太字で書かれていた。


『王都中枢資金ルート断絶戦(Arc2)』


 追放された令嬢の反撃は、ここから王都の中心へ入る。


 会議室にいた全員が、しばらくその紙を見ていた。勝った、という空気ではない。やっと入口に立った、という空気だ。だからこそ、その静けさは本物だった。


 ミラが小さく笑う。


「一次立証って、もっと派手な音がすると思ってました」


「紙の音しかしないですね」


 私が答えると、ユリウスが珍しく口元を緩めた。


「監査はそういうものだ。派手に見える時は、たいてい中身が薄い」


 その言葉に、私は少しだけ救われる。卒業式の断罪はあまりに派手だった。拍手もざわめきもあった。だから今、この静かな成立のほうがずっと信じられる。


 私はTRI-20の端を指で押さえる。紙は軽い。でも、ここまで辿り着くまでに走った距離、失いかけた証言、燃やされかけた台帳、保護しなければ消えた人たちのことを思うと、軽いとは言えなかった。


 Kiteが壁際から言う。


「これで終わりじゃないって顔してるな」


「終わりじゃないので」


 私は答える。


「私の冤罪線が立証されたとしても、同じ仕組みが残ったままなら次が出ます」


 それは、自分のためだけの戦いではなくなったと認めることでもあった。


 最初はただ、奪われた名を取り戻したかった。

 今は違う。紙の向こうで黙らされる側を、最初から守れる制度に変えたい。


 窓の外では、王都の鐘が鳴っていた。朝とも昼ともつかない中途半端な時間。まるで私自身みたいだと思った。追放された側から完全に抜け出したわけでもなく、まだ勝者になったわけでもない。ただ、戻る道だけはもう閉じた。


 私はDEC-20の写しを封筒へ入れる。


 一次立証は、区切りだ。

 でも区切りは終点じゃない。

 次の局面へ進むために、“ここまでは確かに積んだ”と確認するための線だ。


 そしてその線を、今日やっと自分の手で引けた。


 私は机上の次案件票を持ち上げる。


 Arc2。

 王都中枢資金ルート。

 制度を壊さずに、制度で断つ戦い。


 怖さはまだある。けれど今は、その怖さごと進める。


 卒業式の日の私には、それができなかった。

 だから今度は、できる側に回る。


 会議室を出る前、私は一度だけ振り返った。机の中央に残るのは、さっきまで争点だった紙の跡だけだ。人は去っても、順番は残る。


 たぶん私は、その順番を取り戻したかったのだと思う。


 話す前に決められないこと。

 見る前に奪われないこと。

 紙一枚で消されても、次の紙で戻ってこられること。


 今日の一次立証は、その全部に対する小さな返答だった。


 小さくても、確かだ。

 だから次へ行ける。


 追放された令嬢の反撃は、ここで終わらない。


 Arc1で取り戻したのは、名誉そのものより“取り戻せる順番がある”という感覚だった。

 ここからようやく、王都の心臓を止めにいく。


 ミラが会議室の灯りを落とす前に、小さく呟いた。


「Arc1、やっと終わったんですね」


「終わった、というより……抜けた、かもしれません」


 私はそう答えた。


 追放された日の続きを、ずっと同じ場所で書き直していた気がする。

 でも今は、次の章へ進むための紙が手元にある。


 それだけで十分だった。


 会議室を出ると、廊下の先で朝日が差していた。長い夜のあとに見る光としては、あまりに普通だった。


 でもその普通さが、今日はありがたい。


 私は特別な勝利がほしいわけじゃない。

 ただ、誰かが紙一枚で人生を決められない普通を取り戻したい。


 そのためなら、次のArcも進める。


 机上に残ったTRI-20の写しを見下ろしながら、私は最後にもう一度だけ指先で紙を押さえた。


 軽い。

 でも、軽いまま王都の中心まで届く紙もある。


 今日、やっとそれを信じられるようになった。

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