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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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辺境監査院への照会

 辺境監査院は、思っていたよりずっと小さかった。


 石造り二階建て。看板の塗りは剥げ、窓枠は少し歪み、玄関脇の掲示板には「予算不足につき暖炉使用制限」とある。王都で“独立機関”と呼ばれる場所の実態がこれだ。


 夜明けに届いた私の照会状は、通常なら受理確認まで二週間。

 なのに到着した時には、審査室の扉が開いていた。


「侯爵令嬢セリナ・アルフェン。仮採用審査、十分一本勝負だ」


 机の向こうで言った男は、黒髪を短く切り揃えた若い監査官だった。眼鏡の奥の目だけが、刃物みたいに冷たい。


「特別監査官ユリウス・クローヴ。先に言う。王太子絡みの泣き言を、うちは案件にしない」


 泣き言。

 その単語だけで喉の奥が熱くなった。


 私は椅子に座り、封筒を二つ並べる。


「泣き言ではなく、手続き違反の照会です」


 一つ目は婚約破棄通知の写し。理由条項欠落、管理番号の四半期コード欠落。

 二つ目は押印転写。単線印。


「非公式資料だな」


「はい。追放輸送中に採取したため、形式は満たしていません」


「なら証拠能力は薄い」


「単独では。ですが違反類型と照合すれば、調査着手の合理性は立ちます」


 ユリウスは数秒黙り、手元のベルを鳴らした。


「緊急執行一覧、直近三十日。超過案件だけ抜いて持ってこい」


 補佐官が退出し、重い扉が閉まる。


「審査しないのでは?」


 私が聞くと、ユリウスは書類から目を上げないまま答えた。


「審査しないのは“政治的訴え”だ。規則違反は別だ」


 冷たいままの声。でも線は一本つながった。



 十分後、紙束が机に置かれる。


 緊急執行案件一覧。


 この国では災害や戦備で即時支出が必要なとき、通常承認を飛ばして予算を出せる。だが代わりに、七十二時間以内の事後監査が義務だ。早く出す代償として、あとで必ず説明しろという安全装置。


 私は紙を追う。


 案件番号、起案部局、執行時刻、事後監査時刻。


 十九件。

 七十二時間超過が十九件。


「件数が多すぎる」


「多いから、ここは寒い」


 ユリウスは淡々と言った。


「規則が守られないと、監査院予算は真っ先に削られる」


 私は十九件の納品先コードを横に書き出した。


 C-14、C-14、C-14、B-09、C-14……。


「偏っています」


「どれくらいだ」


「十九件中十六件。偏在率八四・二%」


 C-14は王都商会連合の中核コードで、王太子派案件に頻出する番号だ。


 ユリウスの眉が、初めてわずかに動いた。


「そのコードを知っている理由は」


「王宮実務で契約更新を五年担当していました」


「つまり君は、王太子の台所事情を知っている」


「知っているのは数字です。人の機嫌はわかりません」


 ユリウスは紙の端を指で叩いた。


「案件IDを切る。EM-72-19。七十二時間超過十九件の束だ」


 胸の奥で何かが静かに跳ねる。


「仮採用条件を読む」


 彼は短く告げた。


「一、君は単独命令不可。必ず私の共同承認が要る。

 二、証拠採取は監査院記録官同席。

 三、虚偽が一件でも出たら、即時打ち切り。

 四、これは救済ではない。案件処理だ」


「受けます」


 救済を求めていないわけじゃない。順番が違うだけだ。まず案件、次に名誉。



 その時、補佐官が追加書類を持って戻ってきた。


「監査官、超過十九件のうち三件、執行時刻が同一秒です」


「同一秒?」


 私は書類を受け取り、時刻欄を見る。


 12:14:09。

 12:14:09。

 12:14:09。


 別部局の緊急執行が同じ秒で三件。実務を知る人間なら分かる。起案入力、承認照合、執行記録――どうやっても数秒はずれる。


「一括記録の可能性は?」


 私の問いに、ユリウスは首を横に振った。


「規程上禁止。緊急執行は案件単位で責任者が違う」


 なら、誰かが後で時刻を書き換えた。


「A-771欠番と繋がるかもしれません」


「飛躍だ」


「はい。だから現場で確かめます。倉庫在庫と納品記録を照合すれば、偽執行かどうかは判定できます」


 ユリウスは私を見た。試すような目だった。


「明日、倉庫監査に同行しろ。遅れたら外す」


「遅れません」


「君の証拠IDはA-771だったな」


「はい」


「そこにEM-72-19を紐づける。今日から君は追放令嬢ではなく、案件協力者だ」


 不器用な言い方だった。でも、十分だった。


 肩書きは人を救わないが、手続きを開く。



 審査室を出る直前、私は掲示板の新しい貼り紙に気づいた。


『明日付で王都会計局監査資料の一部移送予定』


 嫌な予感が背中を走る。


 移送は保全にもなるが、帳簿を“迷子にする”最短手段にもなる。


 ユリウスが私の視線の先を追った。


「気づいたか」


「はい。早すぎます」


「だから明日だ。現場で先に押さえる」


 彼は扉を開け、廊下を指した。


「寝ておけ。数字は体調不良に容赦しない」


「監査官も」


「私は容赦しない側だ」


 ほんのわずか、口元が動いた気がした。


 夜風は冷たいままだったが、足取りは昨日より軽い。


 私は胸ポケットのメモに追記する。


 A-771。

 EM-72-19。

 偏在率84.2%。

 同一秒執行、三件。


 点が増える。

 線にするのは、明日だ。

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