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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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17/45

欠席却下、逃走開始

 欠席示唆は、丁寧な文体で書かれていた。


『王太子殿下は体調不良により出席困難』


 いかにも角の立たない書き方だ。こういう文面ほど危ない。柔らかい言葉で本題を逸らし、反論した側だけを冷酷に見せようとするからだ。


 私は一読して、却下票に印を押す。


「強制出席条項の対象です」


 CLA-17。強制出席条項適用通知。つまり、“都合が悪いから席を外す”を許さないための紙だ。


 理由は明確だった。証拠改ざん疑義を受けた当事者は、公開監査から任意離脱できない。


 王太子派は抗議した。


「前例がない」


 ユリウスが答える。


「前例がない違反をしたからだ」


 その一言で、場の空気が変わる。前例を盾にしたいのは、たいてい前例の外で得をしてきた側だ。


 私はREJ-17、欠席申請却下票を整える。却下そのものよりも大事なのは、却下理由をどこまで細かく残すかだ。後で“感情的判断だった”と言わせないために。


 ミラが条項集をめくりながら言う。


「出席免除が認められるのは、実務不能の診断書がある場合だけです。今回は添付なし」


「ならなおさら終わりです」


 私は紙端を揃える。


 だが抗議はそこで終わらなかった。王太子派側の代理人が、わざとらしくため息をつく。


「公開の場に王太子を引きずり出せば、王家の威信を損なう」


「威信を損なうのは違反行為です」


 私は答えた。


「監査はそれを確認する手続きにすぎません」


 言いながら、自分でも少し驚く。以前の私なら、王家の威信という言葉にもっと身構えただろう。けれど今は違う。威信の名で隠された帳簿や証言を見てきたあとでは、そんな看板はもう重く見えない。


 審査官の一人が短く告げる。


「欠席申請、棄却」


 それで話は終わるはずだった。


 だが、その夜、偽命令者ラーデンの所在が途切れた。


 失踪。


 私は報告書を受け取った瞬間、胃の奥が冷えた。こうなると分かっていたのに、それでも実際に起きると嫌なものだ。


「切られたか、自分で逃げたか」


 ミラが言う。


「両方でしょうね」


 私は地図を広げ、新しい線を引く。ラーデンの最終確認地点、通行札の消失時刻、王都外縁の夜間門。


 追う先は、王都の外ではない。中だ。


 逃がすための手続きは、たいてい内側で組まれる。


 ユリウスが地図の一点を指す。


「消えたなら、誰かが通した」


「そして通した記録が、どこかにある」


 私は続けた。


 欠席を無効化した直後に、今度は証人ではなく実行者側が逃げ始める。つまりこちらの手が、やっと末端ではなく中層に届き始めたのだ。


 私はゆっくり息を吐く。


 公開監査はまだ始まっていない。

 でも、相手はもう始まっていると理解している。


 それなら十分だ。

 怖がらせる段階は越えた。

 次は、逃げる方向まで限定する。


 廊下を歩きながら、私はふと卒業式の日を思い出した。あの日、あの場から逃げられなかったのは私の方だった。行き場を奪われ、言葉を奪われ、紙で決められた未来だけを押しつけられた。


 今は違う。

 逃げようとする側の足場を、紙で崩せる。


 その違いは小さくない。


 私は却下票の写しをもう一枚、封筒へ差し込んだ。


 欠席を許さないことは、王太子を晒しものにするためじゃない。

 誰か一人の威信より、手続きの公平を優先させるためだ。


 今度こそ、席を外して終わらせはしない。


 王都では席を外すことが、そのまま責任を曖昧にする技術になる。

 だから今回、閉じるべきは扉ではなく、曖昧さのほうだ。


 王都の廊下は長い。逃げる人間には都合がいい長さだ。

 でも、手続きで塞がれた廊下は、ただの細い道になる。


 私は却下票の角を撫でた。


 紙一枚で人を追い出された日があった。

 だから今日は、紙一枚で逃げ道を閉じる。


 ラーデン失踪の報告書を見ながら、私は一度だけ目を閉じた。こういう時、いつも一歩遅い。掴めたと思った途端に末端が消える。


 でもそれは、こちらが届いた証拠でもある。


 届かなければ、逃がす必要すらないのだから。


 ラーデン失踪の一報は、同時に一つの事実も示していた。

 向こうはもう、末端を捨ててでも上を守る段階に入っている。


 ならこちらも、末端の追跡だけでは足りない。

 逃げた事実そのものを、上流の焦りとして使うべきだ。

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