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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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15/23

偽命令者、特定

 侵入者文書の印影照合で、身代わり承認者候補は三名に絞れた。


 全員が“それらしい”。だからこそ罠だ。王宮の書類は、表向き整っている人間ほど安全そうに見える。けれど今回必要なのは印象じゃない。印象を剥いだあとに残る、時間と移動の矛盾だ。


 私は時刻と移動記録を重ねる。二名は犯行時刻に別庁舎で公務中。残る一名だけが空白を持っていた。


「最下位候補、ラーデン補佐官です」


 ユリウスが眉を上げる。


「一番あり得ない顔をしていた男か」


 Kiteが静かに頷く。


「端末癖が同じです。打鍵の間隔まで」


 彼の声は低いが確信がある。実務で人を見てきた人間の確信だ。署名だけなら真似できる。印影だけでも作れる。だが打鍵間隔や端末操作の癖までは、そう簡単に偽れない。


 私はFKE-A15を完成させ、最終行に記す。


『偽命令者、特定』


 紙の上にその一文が乗った瞬間、部屋の空気が変わった。疑いが、やっと“次に進める形”になる。


 ミラが補助資料を揃えながら言う。


「ラーデン補佐官、先月だけ移動記録の空白が三回あります。全部、夜間承認案件の前後です」


「偶然ではないですね」


 私はそう返しながら、胸の奥で別の緊張を感じていた。ここまで来れば、相手も気づく。ラーデンを切って終わらせようとするか、ラーデンごと証拠を消しに来るか。


 だからこそ、今夜中に公開監査の議題へ固定しなければならない。


 次の公開監査議題票PRE-A15が机に置かれる。


 ここまで来た。


 けれど私は、ただ達成感に浸る気にはなれなかった。卒業式の日、私の名前は誰かの都合で簡単に使われた。今目の前にいるラーデンも、たぶん誰かにとってはそういう駒だ。駒だから許す、という話ではない。ただ、切って終わる相手ではないと分かる。


 ユリウスが低く言う。


「これで公開監査の論点は固定できる。だが、その前に消される可能性も高い」


「分かってます」


「怖いか」


 最近、その問いをよくされる。


「はい」


 私は頷いた。


「でも怖さがあるうちに固定したいです。消されたあとで確信しても遅いので」


 ユリウスは短く息を吐く。賛成の合図だった。


 Kiteが窓の外を見たまま言う。


「ラーデンは末端だ。あいつを押さえても、上は切り離す」


「だから公開に出す」


 私は答える。


「閉じた部屋で切らせないために」


 ミラが議題票を封筒へ入れる。その指先は落ち着いていた。最初の頃より、ずっと速く、ずっと確実に。私たちは少しずつ、相手に追いつく速度を持ち始めている。


 私は窓の外を見る。夜明け前の王都はまだ暗い。


 でも、暗い場所ほど、証拠は光る。


 次は公開の場で、誰が誰の名を使っていたのかを終わらせる。


 そして、その時ようやく、卒業式の日に私へ貼られた偽りの名前も、少しずつ剥がれ始めるはずだ。


 封筒を閉じたあと、部屋に短い沈黙が落ちた。ようやく偽命令者へ辿り着いたのに、勝った気がしないのは、それが終点ではないと全員分かっているからだ。


 ミラがぽつりと漏らす。


「ラーデン補佐官、たぶん切られますね」


「ええ」


 私は頷いた。


「だから公開に出す前に消される可能性が高い。閉じた場所で処理させないのが先です」


 Kiteは窓の外を見たまま言う。


「末端ほど先に沈む」


 その言い方に、私は少しだけ目を伏せた。ラーデンを哀れむ気はない。けれど、誰か一人を切って終わったことにする構図は、もう何度も見てきた。


 卒業式の日、切られたのは私の側だった。

 今度は逆側の末端が切られようとしている。


 だからこそ、ここで止める。


 公開監査は断罪のやり直しじゃない。

 誰か一人を吊るすための舞台でもない。

 責任が正しい場所へ戻るまで、逃げ道を閉じるための手続きだ。


 私はPRE-A15を封筒のいちばん上へ置いた。


 次に必要なのは怒りじゃない。

 怒りを最後まで使える形に保つ順番だ。


 その順番を、もう私は知っている。


 会議室を出たあと、私は封筒の上から指でPRE-A15をなぞった。紙一枚なのに、ここまで来るのにずいぶん時間がかかった気がする。


 けれど本当は、時間がかかったんじゃない。奪われた順番を一つずつ逆に辿り直してきただけだ。


 婚約破棄。

 追放。

 欠番。

 在庫差分。

 代筆室。

 証言保全。

 偽命令者特定。


 そうやって逆算した先に、ようやく公開監査がある。


 私は少しだけ息を吐く。


 次は、間違った名前を使った側が、正しい名前で呼ばれる番だ。


 窓の外では、夜明け前の配送車が何台も王都を横切っていた。誰かの日常は、こうして何事もなかったみたいに進む。


 だからこそ、その日常の下で誰が潰されているかを、公開の場に引きずり出す意味がある。


 私は封筒を抱え直した。


 次は、名前を使われた側ではなく、使った側が説明する番だ。


 ミラは封筒を抱えながら、私の横顔をちらりと見た。


「セリナさん、ちょっとだけ顔が楽になりました」


「そうですか?」


「はい。まだ怖そうですけど、卒業式の話をする時みたいな顔じゃない」


 私は少しだけ息を止めた。自分では気づいていなかった。


 たしかに、今も怖い。けれど怖さの向きが違う。前は踏み潰される怖さだった。今は、届きかけたところで逃がす怖さだ。


 同じようでいて、全然違う。


 それはたぶん、初めて自分の順番で反撃できているからだ。


 私は封筒を胸元へ引き寄せる。まだ薄い。けれどこの薄さで十分だ。公開の場へ持ち込める形にできたこと自体が、今日の勝ちだ。


 紙の厚みは少しでも、積み上げた順番は軽くない。

 それを、今度は相手に辿らせる。

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