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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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14/30

卒業式の再点検

 保護区の灯りが一斉に落ちた。


 暗闇の中で、扉の軋む音がする。停電の瞬間に動ける人間は、偶然じゃない。準備してきた人間だ。


「侵入者!」


 ユリウスが封鎖線を張り、私は証言記録棚へ走る。狙いは紙だ。人ではなく記録。そこを奪えば、次の会議で“そんな証言はなかった”と言えるようになる。


 だが侵入者は囮だった。本命は通信室。


 ミラが叫ぶ。


「回線ログが書き換えられてます!」


 私は進路を変えた。こういう時、迷いが一番危ない。証人を守るのも、記録を守るのも同じ。消されたら終わるものから先に押さえる。


 通信室の扉は半開きで、端末がまだ青白く光っていた。机上には焦って抜いたらしい通信札。誰かがついさっきまでここにいた証拠だ。


 私はNET-W14を確保する。通信改ざんログ。つまり「いつ、どの回線で、誰が記録を書き換えたか」を残す票だ。


 ユリウスは侵入者の持ち物を押収した。


 ATK-W14。襲撃未遂記録。


 押収文書の端に、運用課印がある。


 誰かが証言を消しに来た。つまり証言は効いている。


 暗闇の中で、Kiteの部屋から物音がした。私は駆け寄り、扉を開ける。彼は壁際に寄っていたが無事だった。ただ、その目だけが鋭く細まっている。


「来ると思った」


「分かってたの?」


「保護が成立した日の夜は、だいたい試される」


 その言い方が胸に刺さる。保護を受けた経験ではなく、保護を破られる前提で生きてきた人間の言葉だ。


 私は呼吸を整える。


 怖さはある。だが、怖いからこそ、線を切らせない。


 ミラが通信室から戻り、息を切らしながら言う。


「改ざん先、外部中継回線です。単独犯じゃありません」


 ユリウスが短く指示を飛ばす。


「保護区の出入口を封鎖。記録官は時刻固定。セリナ、押収物を一覧化しろ」


「了解」


 私は押収文書を並べる。封印破り用の細針、合鍵、簡易印影紙、回線接続票。すべてが“記録だけを消す”ための道具だった。


 暴力のための道具じゃない。証言を無かったことにするための道具だ。そのことが、かえって相手の本気を示していた。


 停電が復旧すると、室内に妙な静けさが戻る。さっきまでの混乱が嘘みたいに、紙の束だけが机に残っている。


 私は押収票へ最後の一行を足した。


『目的は証言者殺害ではなく、証言成立の無効化と推定』


 それが正しいと分かったのは、襲撃者が紙しか狙わなかったからだ。


 Kiteは毛布を肩に掛けたまま、低く言った。


「俺を守ってるんじゃない。俺が言うことを守ってるんだろ」


「どっちもです」


 私は答えた。


「でも、今夜優先したのは後者です」


 彼は少しだけ笑った。苦い笑いだ。


「正直で助かる」


 私は呼吸を整える。


 今夜で終わらせない。ここからが反撃だ。


 制度を作っただけでは守れない。

 襲われた時に、それでも記録を残せる形まで持っていって、やっと守ったと言える。


 私は机上のATK-W14とNET-W14を見つめる。


 紙が残った。

 ログが残った。

 証人も残った。


 なら、まだ勝ち筋はある。


 復旧した灯りの下で、私は記録棚の前に立ち尽くした。さっきまで“守らなければ”としか思っていなかったのに、今は別の感情が浮いてくる。悔しさだ。


 制度を成立させても、その初日に壊しに来る。

 保護を宣言しても、その夜に奪い返しに来る。


 相手は、こちらが一歩進むたびに一歩潰しに来る。


 でも、それは裏返せば効いているということだ。


 Kiteが扉の近くで言う。


「今夜来たのが囮だけで済んだのは、向こうも急いでたからだ」


「次はもっと整えて来る?」


「来る」


 短い即答だった。


 私は頷く。だからこちらも、次は“襲われたあとに守る”のでは遅い。襲われる前提で残す仕組みをもう一段上げる必要がある。


 ユリウスが机上の押収票を揃える。


「保護区の回線を分ける。証言記録は二重保管だ」


「はい」


 私は返事をしながら、胸の奥で別の決意が固まるのを感じた。


 私はもう、名誉だけを取り戻したいわけじゃない。

 こうして消されかける人間を、次は最初から守れる場所まで持っていきたい。


 それができるなら、あの日私に起きたことも、ただの傷では終わらない。


 ミラは回線ログの複写を終えると、ようやく肩から力を抜いた。


「怖かったです」


「私も」


 そう答えると、彼女は少しだけ笑った。


「でも、怖いって言えると少し楽ですね」


 私は頷く。


 王都では、怖さを見せたほうが負けになると思っていた。けれど今は違う。怖さを認めた上で、それでも記録を残したほうが強い。


 ユリウスが押収票を封じながら言う。


「次からは保護区の設計を変える。暗くなっても記録だけは死なない形にする」


「お願いします」


 制度は壊される。

 でも壊されたなら、次は壊れにくい形へ作り替えればいい。


 私は机上の証拠票に目を落とす。


 ATK-W14。NET-W14。


 襲撃未遂と通信改ざん。

 怖かった夜の記録が、そのまま次の防壁になる。


 停電が明けた保護区は、さっきまでと同じ廊下のはずなのに別の場所みたいだった。


 守ると決めた場所は、守られたあとでやっと“拠点”になる。

 今夜、ここはただの部屋ではなくなった。

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