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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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監査席に置く証拠

 夜間端末室の扉は、二重錠だった。


「閲覧権限なし」


 管理官の一言で終わるはずだった。だがミラが古い索引束を差し出す。


「バックアップ目録、残ってます。削除記録の“穴”はここで追えます」


 彼女の声は震えていたが、手は震えていなかった。ここ数話で、ミラは“書類を運ぶ人”から“先に見抜く人”へ変わり始めている。


 私はLOG-O12に時刻を並べた。


 夜間端末欠損帯。つまり、端末ログの中で不自然に丸ごと消されている時間区間を一覧化した票だ。


 欠損帯は三つ。


 そのうち一つが、私の断罪当日と重なる。


「偶然にしては出来すぎです」


 ユリウスが保全命令を切る。管理官が抗議する前に、ミラが端末監査ログを固定した。


 SIG-O12。手動上書きの痕を示す照合票。何の紙か分からなければただの略号だが、意味が分かれば十分に凶器になる。


「機械障害なら、自動復旧ログが残ります」


 私は画面上の空白を指す。


「でもこれは違う。空白の前後だけ整いすぎてる」


 管理官が言い返す。


「専門家でもないのに断定するな」


「断定はしていません」


 私は淡々と返した。


「だから保全しています」


 彼は黙る。王都では、感情で責めるより“保全”という単語の方がよく効く。責任を未来に残す言葉だからだ。


 ミラが別端末を操作しながら小さく言う。


「断罪当日の欠損帯、手動上書き時刻が三回あります。しかも全部、通常保守時間外です」


 私はその時刻を控える。昼、夕方、深夜。誰かが一度では足りず、何度も塗りつぶした痕跡だ。


 空白は、無ではない。

 消したいものがあった証拠だ。


 ユリウスが管理官へ向き直る。


「保守申請書を出せ」


「……存在しない」


 その一言で、部屋の温度が変わる。


 私は視線を落とし、端末脇の古いメモ差しを見る。そこに、更新番号の書き損じが何枚か残っていた。申請書は“ない”のではなく、“出せない”のだ。


「監査官」


 私は小声で呼ぶ。


「この部屋、普段から番号を付けてから保守を回してます。例外はありません」


 ユリウスはすぐ察した。


「なら今回だけ例外だった理由を、書面で説明してもらう」


 管理官の顔色が落ちる。


 説明できない例外は、たいてい違反だ。


 作業が一段落したあと、私は端末画面に映る空白を見つめた。真っ白な帯は、まるでその日に何も起きなかったみたいに見える。けれど実際には逆だ。何かが起きすぎたから、消されたのだ。


 私は思う。


 卒業式の日、私の側の記録もこうして削られたのだろうか。弁明の準備、確認していた帳簿、見ていた通知。あの日の私は消される側で、それに抗う術を持たなかった。


 でも今は違う。

 空白を見て、そこに“何もない”ではなく“誰かが消した”と読める。


 それだけでも前に進める。


 ユリウスが保全票を封筒へ入れながら言う。


「次に掘る場所は見えたな」


「はい」


 私は頷く。


「ログを消した人間は、ログが残る仕組みそのものを利用してる。なら、利用した順番まで拾えます」


 ミラが静かに笑う。


「本当に、数字の喋らせ方が上手いですね」


「喋ってもらわないと困るので」


 私は封筒を受け取った。


 次に掘るべき場所が、はっきり見えた。

 空白そのものじゃない。空白を作った“誰か”の手順だ。


 端末室を出たあと、私は保全封筒を抱えたまま廊下の壁に寄った。ほんの数分の作業だったはずなのに、ひどく疲れていた。数字と向き合う疲れではない。消された跡に触れた疲れだ。


 ミラが隣で静かに言う。


「断罪当日の空白、狙って消してますよね」


「ええ」


 私は短く答える。


「消したかったのは、あの日の執行手順だけじゃない。あの日に誰が何を見ていたかまで、曖昧にしたかったはずです」


 たとえば私が確認していた帳簿。たとえば私に渡されなかった通知。たとえば、婚約破棄文書が“いつ用意されたか”という順番。


 削られたのはデータだけじゃない。私の立場ごと、過去から切り離そうとしていた。


 ユリウスが封筒の封を確かめながら言う。


「なら逆に、空白の周辺で生き残った記録を集める」


「周辺?」


「直前直後の保守申請、回線利用札、呼出記録。中心が消えているなら周縁から詰める」


 私はその言葉に頷いた。


 真ん中を抜かれた記録でも、縁は残る。人間もきっと同じだ。全部を奪われたように見えても、端のほうにまだ残っているものがある。それを集めれば、完全に消されてはいないと証明できる。


 私は封筒を抱き直す。


 今日押さえたのは、ただの空白じゃない。

 空白を作るほど恐れられていた“何か”の輪郭だ。


 なら次は、その輪郭に名前を与える。


 廊下へ出ると、王都運用課の窓はすでに朝の光を反していた。中で働く人間たちは、きっといつも通りの顔で帳簿をめくり、端末を叩き、保守札を差し替えていくのだろう。


 でも、今日から私はその“いつも通り”を信じない。


 いつも通りに見えるものほど、長く隠すには便利だからだ。


 ミラが封筒を抱えながら言う。


「これだけ空白があっても、向こうは“たまたま”で押し切るつもりなんでしょうか」


「押し切ろうとします」


 私は答える。


「だから私たちは、空白を不自然だと言うだけじゃ足りない。誰が、どの順番で、その空白を必要としたのかまで詰める」


 ユリウスが短く言った。


「周辺記録を集める。保守札、回線呼出、夜間入室、箱の移動」


 私は頷く。中心が抜かれているなら、周縁を集める。奪われた真ん中を直接取り戻せなくても、周りを埋めれば輪郭は戻る。


 それは少し、今の私自身にも似ている気がした。


 卒業式の日に奪われた名前や立場は、まだ全部戻っていない。

 それでも、周りに残った仕事、判断、証拠を積めば、いつか本体へ辿り着ける。


 私は封筒の角を強く押さえた。


 空白を見て終わるのは、消された側の仕事じゃない。

 空白の外側から埋めていくのが、今の私たちの仕事だ。


 端末室を出る時、管理官は最後までこちらを見なかった。見ないまま責任だけやり過ごそうとする人間の態度だ。


 私は封筒を抱えながら思う。


 あの日の私も、こんなふうに“見ない”人たちに囲まれていた。

 だから今度は、見ないまま通り過ぎさせない。

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