繰り返す、何度でも
「わたくしの人生って、一体何だったのかしら――」
首筋に凍りつくような冷たい金属が触れた。
そう思った直後、鋭い痛みが全身を駆け抜け、視界が爆ぜるような白に染まった。
視界が回転し、地面が迫る――。
「……おはようございます、エレノアお嬢様」
「……え?」
鼓膜を震わせたのは、断頭台を囲む群衆の罵声ではなく、聞き慣れたグウィネス家侍女の穏やかな声だった。
「本日は、午前はいつものように家庭教師との講義、午後はアナスタシア様との乗馬の予定となっております。お目覚めはいかがでしょうか」
「……頭が、割れるように痛いわ」
「左様でございますか。昨夜は少々寝苦しそうにしていらっしゃいましたから。すぐに、鎮静の効果がある薬湯を煎じさせましょう」
エレノアは、絹のシーツを握りしめながら、呆然と周囲を見渡した。
そこは見慣れたグウィネス公爵家の自室だった。朝の柔らかな陽光が差し込み、埃が光の粒となって舞っている。
だが、なぜ自分はここにいるのか。ついさっきまで、私は広場の断頭台で鉄の匂いと死の恐怖に包まれていたはずではなかったか。
「エレノア!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、母アナスタシアだった。
「お……お母様。おはようございま……」
「頭が痛いと聞いたわ、私のかわいいエレノア。顔色が優れないようね。午前の講義はお断りして、ゆっくり休みましょう」
母は娘の傍らへ駆け寄ると、震える肩を壊れ物を扱うように抱きしめ、その背を優しく撫でた。
「お母様……あ」
母の腕の中で、エレノアは愛されている実感を噛みしめようとした。しかしその瞬間、肌がざわめき、全身の産毛が逆立つような、形容しがたい悪寒に襲われた。
(……? どうして。お母様はこんなにも優しくて、あたたかいのに)
言いようのない不気味さを振り払うように、彼女は自分に言い聞かせた。
(きっと、あれは夢。とても長く、恐ろしい夢だったんだわ)
断片的な記憶しか残っていないが、夢の中の自分は王太子の婚約者として、息の詰まるような多忙な日々に身を投じ、そして最後には――。
「!!ッ痛いっ!」
突如、首筋に灼熱の杭を打ち込まれたような激痛が走った。
「エレノア、どうしたの!?」
母の驚く声を背に、エレノアは慌てて首に手を当てた。引き剥がした自分の掌を見ると、そこはどろりとした鮮紅色の血で濡れ、指の隙間から床へ滴り落ちている。
「あ……、あ……っ」
恐怖に目を見開き、喉を鳴らしてもう一度瞬きをする。
すると、そこにあるのは、傷一つない、まっさらで白い自分の手だった。床にも血の跡などどこにもない。
心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝う。
「今のは、一体……」
震える手でもう一度首をなぞるが、やはり傷跡一つない。ただ、肌に食い込むネックレスの鎖の、ざらついた感触だけがあるだけだった。
(これはお母様の…?)
それは、エレノアが十三歳の朝のことだった。




