輪廻の始まり
「ああ、エレノア。私のかわいいエレノア」
アナスタシアは、事切れた娘の首を膝に乗せ、赤子をあやすようにゆっくりと揺らしていた。
断たれた断面から溢れる赤が、シーツに大きな染みを作っていく。だが、彼女はそれを拭おうともせず、ただうっとりとその「重み」を確かめていた。
彼女の瞳の奥には、もはやアナスタシアという個人は存在していない。そこにあるのは、かつて農場の泥に沈められ、名前も、未来も、呼吸さえも奪われた少女たちの、底知れない沈黙だ。
アナスタシアは、血濡れたネックレスが娘の熱を吸い込み、不気味に色づくのを見つめた。
この赤い石は記憶している。
かつて狂った王が、たった一人の王女を蘇らせるために、この土地を少女たちの血で肥やしたことを。
土の下では今も、無数の白い指が絡み合い、この世を呪い潰すための環が完成するのを待ちわびている。
彼女たちの望みは、もはや単なる復讐ではなかった。
奪われた命の代わりに、自分たちの血を、怨嗟を、あの王家の系譜へと永遠に混ぜ込むこと。
アナスタシアでは果たせなかった願いを、今度こそ。
「いい子ね。……今度は、もっと上手くやりましょう」
アナスタシアは、娘の冷たい額に唇を寄せた。
それと同時に、もう一方の手で、自らの喉を滑らかに切り裂いた。
溢れ出した鮮血が、娘の首と、呪われた石を赤く塗り潰していく。
その瞬間、あの修道院の土の底で数十年の間「最後の一滴」を待っていた未完の円環が、音もなく繋がった。
父王が遺した呪いの下地に、母娘の死という最悪の仕上げが施されたのだ。
響くのは、歓喜でも呪詛でもない。
ただ、土の下で眠る無数の少女たちの、安らかな、それでいて冷え冷えとした啜り泣きだけだった。
世界から音が消え、色彩が剥がれ落ち、時間がその重力を見失う。
――エレノアが目を開けると、そこにはカーテンの隙間から差し込む、淡い朝日があった。
どこかで小鳥が鳴き、階下からは朝食の準備をする穏やかな物音が聞こえてくる。
「おはようございます。エレノアお嬢様」
使い古された言葉。
エレノアはあの十三歳の朝へと、静かに叩き落とされる。
王家の血に、混ざり合うその日まで。
王家の内側へと侵食を果たすその時まで、この悲劇は終わることを許されない。




