運命の出会い
「成人おめでとうございます。シャルル王太子殿下」
「……ああ、ありがとう」
シャルルは当事者でありながら、冷めた他人事のように答えた。
誕生日など、ただの日付に人が勝手に価値をつけ、特別だと騒いでいるに過ぎない。父王からは、すでに婚約者が内定しており、本日その顔合わせを行うと聞かされている。こんな大事な日であっても、母妃は相変わらず自室の闇にこもったままだ。
婚約者の名は、エレノア・グウィネス公爵令嬢。
グウィネス公爵家といえば王家との繋がりが深く、あの土地には王家直轄の修道院がある。これまでは他家との政略的均衡を保つため、あの家からの輿入れは避けられてきたが、今回は彼らの番らしい。
乾杯の挨拶が終わり、退屈な謁見の時間が始まる。
しかし、その一組目に現れた家族を見た瞬間、シャルルの心臓が不自然に跳ねた。
目の前で、柔らかく波打つ栗色の髪が、初夏の風に揺れるように優雅に波打っていた。
「顔を上げよ」
国王の一言で、彼らがこちらを見据えた。
シャルルは、エレノアの瞳を見て固まった。あどけなさを残した、無邪気で、それでいてすべてを肯定するような満面の笑顔。そして何より、その髪の色と質感――。
(……少し、似ている。ルークに)
死んでしまった愛犬の面影を、その少女の中に見た。
もしかしたらこの少女なら、あのぽっかりと空いた心の穴を、温かい体温で埋めてくれるかもしれない。シャルルは生まれて初めて、未来に対してかすかな期待を抱いた。
・
エレノアは知れば知るほど愛情深く、知性に富み、それでいて飾らない言葉でシャルルの凍てついた心を溶かしていった。
「シャルル様! チコリが苦手なんですってね? ふふふ、お可愛らしいところもおありなのね。……そんなところも、わたくし、大好きですわ!」
「エレノア、君は公爵令嬢なのに、どうしてそうあけすけなんだ……。まあ、そんなところが君の良さなんだけどさ」
婚約を結び、エレノアが城に移り住んでからの日々は、奇跡のように輝いていた。
彼女は驚くほど献身的にシャルルの孤独に寄り添い、凍てついた心を溶かしていった。
ある夜の舞踏会。
どこかで、ガラスを割る音が響く。ざわめきの中央、栗色の髪を揺らし、瞳を潤ませて立ち尽くす少女――。
シャルルの胸が、一瞬だけ、見覚えのないはずの記憶の残滓に疼いた。
(あの子の瞳、どこか……)
だが、彼がその少女へ歩み寄るより早く、背後から柔らかな、しかし逃れられない腕がシャルルの腕に絡みついた。
「シャルル様、あちらで珍しいお酒が振る舞われるそうですわ。行きましょう?」
エレノアだった。
彼女の栗色の髪からは、微かに染料のような匂いが立ち上っている。彼女はガラスを割った令嬢の方を一瞥だにせず、ただ底知れない微笑みをシャルルに向けていた。
「……ああ、そうだね。行こうか」
シャルルは一度も振り返ることなく、サラを置き去りにしてエレノアと歩き出した。
・
ある日の午後の木漏れ日の中、シャルルはふとした疑問を口にする。
「そういえばエレノア。君の髪は、どなたに似たんだい? お母上は白銀の絹のような髪で、お父上は金の髪だろう?」
一瞬、エレノアの瞳から感情が消えた。
「隔世遺伝ですわ。ひいひいお祖母様の髪を引き継いだと、父は申しておりました。……ねえ、それよりもシャルル様。わたくし、王妃教育に疲れてしまいましたの」
彼女はシャルルの腕に縋りつき、上目遣いで彼を見つめる。
「今日は天気がいいし、お庭でお茶をしましょうよ、ね?」
「……仕方ないな、エレノアは」
シャルルは笑って、彼女の手を取った。




