一度目の人生さえ、
「……違う。わたくしは、毒なんて盛っていないわ。それどころか、仲良くしようとさえ思っていたのに!」
処刑台の上で、エレノアは叫んだ。周囲の罵声、冷ややかなシャルルの視線。
あの夢と同じ、デジャヴのような絶望。
彼女は必死に記憶を掘り起こそうとするが、肝心なところが霧に包まれている。ただ、母から貰ったネックレスを握りしめ、自分を奮い立たせていた感触だけが、妙に熱く首筋に残っていた。
断頭台の刃が鈍く光る。その瞬間、エレノアの意識は、過去の「誰かの記憶」を覗き見るように、別の場所へと飛んだ。
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【極秘記録】筆頭侍女リサ・カレンによる供述調書
「……あの日、舞踏会が終わってすぐの頃でした。エレノア様は普段、それはお優しく、非の打ち所のない淑女でいらっしゃいます。けれど、時折……本当に一瞬ですが、ふっと意識がどこか遠くへ消えてしまったような、虚ろな目を見せることがあったのです」
(……嘘よ。リサ、あなた何を言っているの?)
「エレノア様は、大切になさっていたお守りのネックレスを、肌に食い込むほど強く握りしめていらっしゃいました。その瞬間、お顔立ちが……いえ、雰囲気そのものが、まるで別人のように冷たく、暗い影を帯びたのです。エレノア様は見たこともない黒い小瓶を私に突き出し、地這うような声で仰いました。『あの泥棒の茶に混ぜなさい。』と」
(やめて。私はそんなこと言っていない。わたくしは、お母様を思って、ただ祈っていただけなのに――)
「私は、あの時のエレノア様が、本当に違う方だったのではないかと……今でも怖くて怖くて仕方がありません」
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「……あ」
エレノアは悟った。
冤罪ではなかった。侍女の裏切りでもなかった。
自分が「自分」だと思っている意識が、ネックレスと繋がるたび、彼女の肉体は勝手にサラを殺そうとしていたのだ。
母アナスタシアが与えたネックレスは、守護の印などではなかった。
エレノアが幸福に王太子と結ばれるまで、この悲劇は永遠に繰り返される。
「お母様……お母様……っ!!」
絶叫が刃の落ちる音にかき消される。
首筋に走る衝撃。
暗転する意識の中で、エレノアは決意した。
もし、何をしても「運命」から逃れられないのなら。
次は、心も体も、すべてを明け渡してしまおう。
こうして、エレノアはエレノアであることをやめた。
次に目を開けたとき。
十三歳の鏡の前に立つ彼女は、虚ろな目で笑っていた。




