大聖堂にて愛を誓うとき
今日、シャルルとエレノアは王都の中心にそびえる大聖堂へとやってきている。
婚約式の前準備――神前での誓いの儀を滞りなく進めるための予行演習のためである。エルドラント王国の王族にとって、この大聖堂での儀式は、神と民の双方にその正統性を示す最も重要な場であった。
エレノアは久しぶりの外出に、どこか高揚した、浮ついた気持ちでシャルルに話しかけた。
「シャルル様、いよいよ婚約式が近づいてきましたわね。わたくし、とても楽しみにしておりますの」
「……ああ、そうだな」
シャルルの声は相変わらず低く、冷ややかだ。しかしエレノアは、まるで見えない誰かと対話しているかのように、うっとりとした表情で言葉を継いだ。
「カイザー大司教は、今もご健勝かしら。私が幼い頃、大聖堂の裏庭で一緒に隠れん坊をして遊んでくださったの。ふふ、懐かしいわ」
「……エレノア、君は一体何を言っているんだ。カイザー大司教は……」
シャルルが怪訝そうに問い返そうとしたその時、馬車が重々しく停まった。エレノアは彼の言葉を遮るようにその腕にそっと手を添え、陶酔したような微笑を浮かべたまま、護衛に伴われて大聖堂の白石の階段を上っていった。
「シャルル王太子殿下、エレノア公爵令嬢様。本日はよくぞ参られました」
重厚な扉の先で二人を迎えたのは、穏やかな笑みを湛えた聖職者だった。
「お久しゅうございます、シモン大司教」
シャルルが短く応える。エレノアはその横で完璧なカーテシーを捧げたが、その瞳はシモン大司教を捉えていながら、どこか遠くの、存在しない誰かを見つめているようだった。
婚約式の段取りについての説明は、淡々と進められた。祝詞の奉唱から祝杯の捧げ方、神前での歩き方や指先の一挙手一投足にいたるまで、細かな動作が繰り返される。神の祝福を完璧なものとするための、気の遠くなるような予備練習。
おおよそ問題ないだろうと一段落した、その時だった。奥の回廊から、静かな、しかし有無を言わせぬ威厳を纏った一人の老人が歩み寄ってきた。
「よくぞ参られましたな。シャルル王太子、そして――エレノア公爵令嬢」
その老人の姿を認めた瞬間、大聖堂の空気が凍りついた。彼はメヘト神教の総本山に君臨する、トンブル教皇その人であった。
「偉大なるメヘト神の代弁者、トンブル教皇閣下……! まさか、ここでお会いできるとは」
シャルルが深々と頭を垂れる。
「顔を上げてください。数日前から偶然この地に滞在しておりましてな。若き二人の門出を祝い、挨拶に参った次第です。……ところで、令嬢」
教皇の慈悲深い眼差しが、エレノアに向けられた瞬間に一変した。
彼は、エレノアという人間を見ているのではない。彼女の胸元で、鈍い光を放ちながら揺れる、あの「錆びついたネックレス」を凝視していた。
「エレノア様。このままでは、取り返しのつかないことになりますぞ」
トンブル教皇の顔は、神聖な聖堂に紛れ込んだ禍々しい魔物を目撃したかのように、峻厳な拒絶の色に染まっていた。その視線は、エレノアの肌を切り裂かんばかりの鋭さでネックレスに突き刺さっていた。




