呼ぶ声に誘われて
「今日は、お父様が特別に領地の視察へ連れて行ってくださるのですって! だからねマーサ、この間仕立てたばかりの薄紅色のドレスを出してちょうだい。あの薔薇の飾りがついたお帽子と、お気に入りの紅色の靴を合わせるの!」
鏡の前でくるりと回る幼い少女の瞳は、期待にキラキラと輝いていた。しかし、控えていた侍女のマーサは困ったように眉を下げた。
「ですがお嬢様、本日向かわれるのは農場の跡地ですよ。そんな装いでは、せっかくの靴が泥にまみれてしまいます。動きやすい乗馬服にゴム靴の方がよろしいでしょう」
「ええっ、靴が汚れちゃうの? でもゴム靴なんて不格好で嫌だわ。私、可愛い格好でお出かけしたいの!」
「左様でございますか。では、今日はお留守番ですね」
「それは嫌! 絶対についていくんだから!」
結局、彼女は渋々ながらも、泥を跳ね上げても目立たない丈夫な服に着替えさせられ、父である公爵の馬車に飛び乗った。
たどり着いた先は、かつて見事な葡萄が一面に植えられていたという広大な農場の跡地だった。今は葡萄の木もすべて引き抜かれ、荒れた土がむき出しになっている。近いうちに、この土地には王家直轄の修道院が建立されるのだという。
「……お父様ったら、役人の方と話し込んでばかりでつまらないわ」
退屈に耐えかねた少女は、父の隙を見て侍女のマーサを促した。
「ねえマーサ、あちらの方まで少しお散歩してきてもいいかしら?着いてきてくれる?」
どこまでも続く剥き出しの土は、陽光にさらされて乾ききっている。風が吹くたびに砂埃が舞い、鼻先をくすぐる土の匂いは、どこか冷たさを帯びている気がした。
ふと、彼女の足元で何かが陽光を反射して鈍く光った。
「あら……? これは、何かしら」
彼女が屈み込み、土の中から摘み上げたのは、細い鎖の先に赤い石が嵌められた古いネックレスだった。長らく土に埋もれていたのか、銀色の鎖は黒ずみ、石の隙間には土がこびりついている。
「……古いネックレス? まあ、この赤い石、なんて綺麗なの! まるで夕陽を閉じ込めたみたい」
それは、洗練された都会の宝飾品とは異なる、素朴でちゃちな作りだ。けれども、幼い彼女にとっては自分で見つけた宝物に感じられた。マーサが他の場所を確認している隙に、彼女は衝動的にそのネックレスを握りしめた。
「こっそり持っていっても、神様は怒らないわよね。だって、私が見つけてあげたんだもの」
アナスタシアはそれを大切そうにドレスのポケットの奥深くへ押し込んだ。




