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歪みの中の希望

 とんとん拍子にシャルル王太子の婚約者に内定し、王城での生活が始まってからのエレノアは、なぜあんなにもただの夢を怖がっていたのか不思議なくらい、心が安定していた。

 きっとマリッジブルーというものだったのだろう。



 ところで、最近は時折不思議な浮遊感を感じることがある。その時は決まって、どこか遠くから響く「声」のようなものが聴こえるのだ。

 それは知らない女性のもののようでどこか懐かしい、湿り気を帯びた悲しげな響きを湛えている。何を語りかけているのかまでは判別できないが、その声が聞こえるたびに、エレノアの心は深い霧に包まれたようになった。




 今日も、シャルルはエレノアに興味を示さない。


 それどころか、時折その群青の瞳に、得体の知れない不気味なものを見るかのような怯えを覗かせることがある。

 だが、最近のエレノアにとって、彼の拒絶はさほど重要ではないと思えるようになっていた。


(……それでもいい。彼の側にいられるのなら。王妃になれるなら。お母様が仰った通りにすれば、私は幸せになれるのだわ)


 そう自分に言い聞かせた時、ふとシャルルの視線がエレノアの胸元に注がれていることに気づいた。その視線は、恋い焦がれる熱ではなく、何かに憑りつかれたような、あるいは忌まわしいものを凝視するような鋭さを持っていた。


「シャルル様、このネックレスが気になりますか? こちら、お母様からいただいた大切なお守りですの。心が波立つ時は、こうしてチャームを握ると不思議と落ち着くので、肌身離さず身につけておりますわ」


 エレノアがそう言って微笑みかけると、シャルルは顔色をさらに青ざめさせ、短く「……そうか」とだけ応じ、視線を逸らした。


(お母様が守ってくださっている。このネックレスのおかげで、殿下は初めて私に興味を示してくださったのだわ)


 エレノアは確信に近い喜びを感じ、その古びて錆びついたネックレスを、まるで愛しい赤子の肌を愛でるように優しく撫でた。チクチクと石の角が指先に刺さる感覚さえ、今は心地よい。



 窓の外では、あのドーツ川の澱んだ水が静かに流れている。


「……今度こそ、上手くやれるわ。私のかわいいエレノア」


 その呟きは、エレノア自身の誓いだったのか、それとも―。

 鏡の中のエレノアは、自分でも見たことのないような、虚ろで歪な笑みを浮かべていた。



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