今度こそ、間違えない
あの凄惨な予知夢を見てから二年。エレノアは十五歳になっていた。
今日は、シャルル王太子の叙任式。あの日に処刑台から見上げた空と同じ色の、残酷なまでに澄み渡った青空が広がっている。
(もしもあの夢が正夢なら、王太子殿下の婚約者になるのは正直…怖いわ)
そんな切実な願いを胸に秘めながらも、エレノアは母の顔色を窺い、従順な娘であるよう努めていた。
一度だけ、母アナスタシアにあの悪夢を打ち明けたことがある。自分を溺愛する母ならば、婚約の辞退を考えてくれるのではないかという、淡い期待を抱いてのことだった。
しかし、母は笑みを張り付かせたまま、「そんなこと、絶対に起こり得ないわ。忘れなさい」とだけ告げた。その瞳は優しく、けれど拒絶を許さぬ絶対的な力を持ってエレノアを縛りつけた。
王城へ向かう道中、エレノアは既視感を抱いていた。
一度も足を踏み入れたことがないはずの城内は、なぜか曲がり角の先まで見覚えがあった。一歩進むごとに、あの冷たい刃が首筋を断つ瞬間の恐怖がせり上がってくる。
(……大丈夫。わたくしには、これがあるもの)
エレノアは、アナスタシアから贈られた銀のネックレスを強く握りしめた。冷たい鎖の感触が肌に沈み込むと、不思議と死の恐怖は霧散し、心が凪いでいく。
・
そして現実は、夢の輪郭をなぞるように進んでいった。
シャルルとの婚約は、覆しようのない決定事項として、流れるように確定した。
あの処刑の日まで、残された猶予は一年。エレノアは、死を回避するためのヒントを夢から得ようと、必死に記憶を探った。
(シャルル様は、どうしてあんなにもサラ男爵令嬢に惹かれていたの?)
夢の中の記憶を辿れば、サラは自分とは正反対の女性だった。天真爛漫で、表情がくるくる変わり、守ってあげたくなるような危うさを持った男爵令嬢。
シャルルは自分のような、隙のない完璧な令嬢を求めていないのかもしれない。
そう考えたエレノアは、王城でなりふり構わずサラのように振る舞い始めた。感情を露わにし、天真爛漫な少女を演じようとしたのだ。
しかし、現実は非情だった。
高貴な教育を叩き込まれたエレノアの付け焼き刃は、ただの情緒不安定な偽物にしか見えなかった。
無理な笑顔は空回りし、周囲の目は「公爵令嬢としての矜持を失った、わがままな娘」「シャルル王太子の気を引こうと奇抜な行動が空回りしている」という冷ややかなものへと変わっていく。何より、シャルルの瞳に宿ったのは、無関心よりも軽蔑だった。
(こんなはずじゃなかった……。どうして? どうすればいいの?)
時を巻き戻すことはできない。一度踏み出した選択は、二度とやり直せない。
追いつめられたエレノアは、暗い自室で震える指をネックレスに絡めた。
「お母様……お母様、どうしたらいいの……っ」
首元に食い込むほどに、銀の鎖をぎゅっと力強く握りしめた。




