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息子と対面します


「母上におかれましては、大変ごきげん麗しく、きょうえ……」


「……アルフィ殿下、『恐悦至極に存じます』です」


 途中で言葉につまったアルフィを、後ろから壮年の近衛兵が手助けをしている。

 あまりの可愛らしさと微笑ましさに、エルザはベールの下で顔がにやけるのを必死に我慢していた。


 離宮に近衛兵を一人だけ連れやって来たのは、光り輝く銀髪にやや薄い緑眼を持つお人形のような男の子だった。

 兄の他に五歳年の離れた弟もいるエルザは、よく面倒をみていたこともあり子供は苦手ではない。

 だから、アルフィを母目線ではなくつい姉目線で見てしまう。

 数年前まではこのアルフィのように素直で可愛らしかった弟も、成長するにつれ生意気になり、今は見る影もない。 


「あなたには~さぞかし心配をかけたのでしょうね」


「……母上、少し声が変わられましたか?」


「少し瘦せたから~声質も変わってしまったかもしれないわ……」


 話し方は、一番特訓をした。

 ヴィオレットは、どんな時でもゆっくりと喋るらしく、はきはきと話すエルザとは正反対。

 早口にならないように、ゆっくりと、のんびりとした口調を心掛けている。

 

 声質もできるだけ本人に似せようとはしているが、まったく一緒とはならない。

 追及されたとき用に準備していたの言い訳が、さっそく役に立った。


「そうですね。以前と比べると、体つきが少々貧相…いえ、病み上がりなのですから、仕方ありません」


 ヴィオレットは少々ふくよかな女性だと聞いていたエルザだが、今のアルフィの発言で察する。

 やはり、出るところは、しっかり出ていたのだなと。

 

 胸元が少々余裕のある妃の服を着ているエルザは、先日の取り決め通り、今日は頭から黒いベールを被っている。

 アルフィに顔を見られてしまえば一発で偽者とバレてしまうため、何があっても外すことはできない。


「やはり、母上は紅茶にジャムは入れられないのですね?」


「ええ、わたくしは~何も入っていないほうが好みなのよ。ホホホ……」


 子供らしく紅茶にたくさんのジャムを入れて飲んでいるアルフィをベール越しに笑顔で眺めながら、何も入っていない紅茶を一口飲む。

 侍女たちの話では、ヴィオレットは自分の体形を気にして甘い物は極力避けていたとのこと。

 ちなみに、エルザはお菓子があるときは紅茶に何も入れず、ない場合は少々甘くして飲むのが好みだ。


 母子の面会時にはアルフィが一方的に自分の話をし、ヴィオレットはただ相づちを打つだけだったため、エルザもそれに倣い聞き役に徹する。

 家庭教師に字が上手に書けるようになったと褒められたとか、苦手な野菜が食べられるようになったという微笑ましい報告が続く。

 

 エルザはつい「よく頑張ったわね~」と声をかけてしまった。


「……母上?」


「うん?」


「いつもは、そのような言葉は……」


「……アルフィ殿下、そろそろお(いとま)いたしましょう。ヴィオレット妃のお体に障りますゆえ」


「わかった。母上、次にお目にかかるのは父上の国葬のときですね」


「ええ、そうね~」


 辞去の挨拶は、淀みなく述べることができたアルフィ。「大変よくできました!」と頭を撫でたい衝動にかられたが、エルザはグッと堪える。

 彼らが離宮から出て行ったことを確認したところで、ソファーにバタンと倒れ込んだ。


「つ、疲れた……。それに、危なかった……」


 近衛兵が声をかけてくれなければ、非常に危なかったかもしれない。

 迂闊な自身の言動を猛省しつつ、エルザはベールを外した。


「ねえ、ヴィオレット妃はアルフィ殿下へ褒め言葉をかけることもしなかったの?」


「……ご自身が育てていない、一緒に暮らしていないこともありまして、母子関係は希薄でございました」


「そう……」


 両親と良好な関係を築いていたエルザにとっては信じられない話だが、皇族と下位貴族の立場の違いだと自身を納得させるしかない。


「私は、国葬を乗り切れるのかしら……」


 思わず本音がポロリと漏れた。



 ◇◇◇



 国葬の日は、あいにくの天気だった。

 どんよりとした曇り空を黒ベール越しに見上げたエルザは、付き添いのマイアと共に馬車へ乗り込む。

 母子で同じ馬車に乗ると思っていたが、アルフィとは別々の馬車で向かうとのこと。


 国葬が行われる大聖堂は、帝都の中心地に位置している。

 聖堂内に飾られているステンドグラスは観光名所として有名で、もちろん『帝都恋物語』にも登場する。 

 恋人たちがステンドグラスの前で永遠の愛を誓いあう感動の場面だが、じっくり時間をかけて鑑賞することはできない。


 今日のエルザは黒衣を着用し、頭のてっぺんからつま先まで黒一色。

 夫を亡くした失意の未亡人を演じ切らなければならないのだから。

 


 ◇



 ヴィオレット妃は喜怒哀楽の感情表現が激しかったと聞いたエルザは、前日にリアムへ「棺に縋って泣いたほうがいいの?」と聞いてみた。


「そこまでしなくても、いい」


 リアムは即答だった。

 いわく、国葬はあくまでも国民へ向けた行事であり、動揺した姿を見せる必要はないとのこと。


「ヴィオレット妃は、前皇帝陛下が亡くなったときに散々喚き騒いだ……と聞いているからな」


「なるほど」


 遠い目をしているリアムは、父親から詳しい話を聞いているのだろう。

 国民の前でその姿を晒されては、皇族の威厳にかかわる……との心の声が聞こえたような気がした。


「ねえ、前皇帝陛下はどんな方だったの?」


「立派な方だったぞ。この時代に(そぐ)わない古い慣習を廃止することに、尽力されたんだ。中でも『連座制』の廃止は、偉大な功績だと俺は思っている」


 罪を犯した本人だけでなく両親・兄弟・子供などへも罪の責任を負わせ処罰する制度は、エルザの国メイベルナでも数十年前までは存在していた。

 それが、つい最近まで残っていたことにエルザは驚きを隠せない。


「昔からあるものを変えようとすることは、たとえ皇帝であってもそう簡単にはいかないんだ。ただ……」


「ただ?」


「もっと早くに廃止されていれば……とは思う」


「…………」


 思いつめたようなリアムの顔が、エルザの心に深く残った。



 ◇



 大聖堂の前には、前皇帝陛下へ最後のお別れをしようと多くの国民が詰めかけていた。 

 近衛兵たちが周囲を物々しく警戒するなか、三台の馬車が停まる。

 まず最初に降りてきたのは、小さな男の子。続いて、黒いドレスの女性。

 そして、最後に登場したのは白の衣装を纏った人物──現皇帝、イリニーム・トールキンだった。




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