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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第三章

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エピローグ


 トールキン帝国へ帰還する馬車の中は、とても賑やかだった。

 

 皇弟が乗る馬車だけあり、車内は広く内装も豪華。

 その中で、リアムとローマンが喧嘩をしていた。


「おまえが抜け出したせいで、俺まで団長から叱られただろうが!」


「仕方ないだろう! エルザのご両親へは、一度きちんと挨拶をしたかったんだ!!」


 離宮へ戻った二人は、使節団の実質的な代表を務める壮年の男性から延々と説教をされた。

 聞けば、彼は二人の教育係をしていたこともあったとのこと。


 幼少時代の恥ずかしい黒歴史まで持ち出された二人は、うなだれながら大人しく話を聞くしかない。

 その様子を、エルザはお茶を飲みながら終始眺めていたのだった。

 


「いい加減に、己の立場を自覚しろ!」


「もちろん、自覚はしている!! でも、今回ばかりは───」


「はいはい、そこまで」


 頃合いを見て、エルザは口を挟んだ。


「あなたたちの関係性って、全然変わっていないのね? 団長さんの昔話を聞いていて、そう思ったわ」


「ハハハ…わざわざエルザの前で話をするところに、団長の怒りの大きさを感じたな」


「好きなお菓子を取り合って喧嘩をしたとか、お互いに教本へ虫を忍ばせて驚かせたとか、エルザへ聞こえるように大きな声で言うのは、どうかと思ったぞ……」


「嫌なら、悪いことをしなければいいのよ?」


 至極真っ当な意見を、エルザは述べた。


 

 ◇◇◇



 懐かしの離宮の扉を開けると、マイアとデイジー母娘。

 そして、アルフィとマデニスがいた。


「アルフィ殿下、お久しぶりでございます」


「エルザ、待ちかねていたぞ!」


「本日から、またよろしくお願いいたします」


「うむ、こちらこそ、よろしく頼むぞ……姉上」


「はい」


 アルフィが抱きついてきたので、エルザも抱きしめ返す。


「少し、背が伸びましたか?」


「フフッ、教育係は『成長期』だと言っていたぞ」


「では、これからもっと伸びますね」


「そのうち、エルザを追い越すかもしれぬな」


「楽しみにしております」


 可愛い弟の成長を、エルザはこれから間近で見届けることができる。

 そっと頭を撫でたら、アルフィが子供らしい顔で笑った。




 ◆◆◆



『必ず迎えに行くから、私を信じて待っていてほしい』


『……はい』


 見つめ合う二人の視界には、お互いの姿しか映っていない。

 徐々に顔が近づいていく。鼻先が触れ合う寸前で目を閉じる。


 夕日を背に、二人の影がゆっくりと重なる―――



 エルザは、パタンと本を閉じた。

 体の奥底から湧き上がってくる、気恥ずかしさや面映ゆさ……などなど。

 じっと座っていることができず、絶叫しながら走り回りたいくらいのむず痒さと必死に戦っているエルザを、リアムがじっと観察していた。


「エルザは、よく読めたな?」


「でも、もうこれ以上は無理かもしれないわ……」


「ハハハ、それだけ読めれば十分だ。俺は、数ページで脱落したぞ」


 エルザが読んでいたのは、『帝都恋物語Ⅱ<皇弟殿下の、最初で最後の恋>』。

 とある北国の皇弟が、お忍びで訪れた劇場で他国の女優と出会ったことから物語が始まる。


 美しい女優と親交を深めていくうちに、彼はいつしか恋に落ちる。

 側近たちが身分差を理由に反対するなか、彼女と結婚するために皇弟の地位を捨て愛する人と共に生きることを選ぶ、そんな情熱的な恋物語だ。


 登場人物の名前や設定などは異なるが、リアムとエルザがモデルになっていることは間違いない。

 エルザが特に驚いたのは、主人公たちの台詞だった。


 言葉遣いに違いはあるが、自分たちが交わした会話内容がそのまま本になっているときもあり、読んでいるだけでそのときの情景が思い出され、居たたまれない気持ちになってしまうのだ。


「この『帝都恋物語Ⅱ』の著者って、どうしてこんなに詳しく事情を知っているのかしら?」


「……それは、俺たちを一番近くでつぶさに見ていた人物が著者の一人だからな」


「一番近くで見ていた人?」


「著者は、ローマンとその婚約者だ。俺も、つい先日知ったばかりだが」


「……え゛?」


 予想外の人物の名に、エルザは顎が外れそうなくらい驚いた。


 リアムの説明で明かされたのは、最初の帝都恋物語は、彼らのお付き合いの歴史を物語にしたものだという事実。

 婚約者の女性が二人の記念として趣味で執筆していたものに商品価値を見出した母親が、許可なく勝手に編集・出版をし人気を博したものだった。


 そして今回、彼らに執筆を依頼したのは、誰あろう皇帝陛下だという。



「姉……皇帝陛下が、『我が国の観光資源の量産と皇族のイメージアップのため、其方らは尊い犠牲者となれ』と言ったんだ」


「…………」


「俺は『絶対に嫌だ!』と抵抗したが、『承諾しなければ、婚姻は許可できない』と言われて仕方なく……」


「ははは……」


 エルザは乾いた笑みを浮かべるしかない。

 そもそも、あのイリム(姉)にリアム(弟)が太刀打ちできるわけがなく、自分との結婚を盾に取られれば、おとなしく言うことを聞くしかないことは想像に難くない。


 おそらく、赤子の手をひねるように簡単なことだっただろう。



「それで、そんな皇帝陛下からエルザへ、皇弟の正妃としての初仕事を賜った」


「どんな仕事?」


「再来月、俺は陛下の名代(みょうだい)としてアゼル王国へ行くことが正式に決まった。それに、同行してほしい」


「あ、アゼル王国!?」


 エルザは思わず立ち上がっていた。


「語学勉強の成果が活かせる、せっかくの機会だ。存分に実力を発揮してくれ」


「どうしよう、さっそく復習をしないと……」


 そわそわと落ち着きがなくなった新妻へ、夫はニヤリと意味深な笑みを向ける。


「言い忘れていたが、一日くらいは自由行動ができるように予定を調整させるつもりだ」


「それって、つまり……」


「あちらで、聖地巡礼ができるってことだな。どうだ、俺と結婚して良かっただろう?」


「うんうん、リアムありがとう!」


「その感謝の気持ちを、態度で示してくれてもいいのだぞ? たとえば、口づけとか───」


 顔を寄せてきたリアムを、エルザは華麗に避けた。

 足早に書棚へ向かい、すでに本を広げている。


「一日しかないから、聖地は厳選しないと……ここは、絶対に外せない。ここも行きたいわ。あっ、ここも!」


 ぶつぶつと大きなひとりごとが始まる。

 エルザがこうなってしまうと、リアムはまったく相手にしてもらえない。

 

 唇を尖らせ拗ねた皇弟と読書に忙しい正妃を、従者たちが生温かい目で見守る。

 昼下がりの、穏やかなひとときだった。



 

 これで、完結です。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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