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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第三章

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早く迎えに来てくれないから……


 幕間の休憩時間、エルザは皇弟とお茶を飲んでいた。

 トールキン流に紅茶へジャムを入れて飲んでいるエルザに対して、皇弟は何も入れていない。


「劇はどうだ? 楽しんでいるか?」


「はい。所々、原作にはない演出が舞台ならではで、楽しいです」


「そうか、それは良かった」


 いつまでも敬う態度を崩さないエルザに皇弟は少し寂しげだが、それでも微笑みを浮かべている。


「国へ帰ったら、エルザはまた聖地巡礼の続きをするのだろう?」


「……それは、許されるのでしょうか? 新参者のわたくしが勝手な振る舞いをすれば、他の方との間に無用な軋轢(あつれき)が生じると思いますが……」


「うん? 他の方?」


「わたくしの他に、側妃は何人いらっしゃるのですか?」


「側妃はいないぞ。エルザだけだ」


「では、正妃はどのような御方ですか? ぜひ、仲良くさせていただき───」


「さっきから、何を言っているんだ? 正妃はエルザだぞ」


「…………えっ?」


 子爵家の自分が 皇弟の正妃?

 そんなことは、絶対にあり得ない。


「……リアム、エルザはまだ過去の記憶が戻っていない。おまえがきちんと説明をしないと、国へ帰るまで誤解したままだぞ」


 ローマンは、半ば呆れた顔をしている。


「そうか、エルザすまない」


 皇弟は「不安にさせてしまって、悪かった」と頭を下げた。


「俺の妃は、後にも先にもエルザ一人だけだ。側妃を娶ることはない」


「でも、皇弟殿下のお立場でそれは許されません」


「周囲へは、すでに説得済みだ。皇帝陛下も認めてくださっている。それに……」


 皇弟は、一瞬遠い目をした。


「求婚したときに、他にも奥さんがいる人と結婚はできないと、はっきりと断られたからな……」


「?!」


 エルザは、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。


 重婚を理由に、皇弟からの求婚を断る。

(皇弟が身分を隠していたとはいえ)子爵家の分際で、不敬にも程がある。


 どうやら、過去の自分はいろいろとやらかしていたらしい。

 恐れを知らぬ行動に、恥ずかしさを通り越して恐怖さえ覚える。


 と同時に、大きな疑問が浮かんだ。


「他にも知りたいことがあれば、何でも聞いてくれ」


「…………」


「エルザ?」


「あの……」


「うん?」


「皇弟殿下は……」


「俺が?」


「わたくしの……」


「エルザの?」


「どこが良くて、求婚をされたのですか?」


「…………うん?」


「自分で申し上げるのも何ですが、私は貴族令嬢らしくありません。自分の好きなことをして、自分勝手に生きています。容姿も性格も可愛げがあるとはお世話にも言えず、難があると言っても過言ではありません!」


 エルザは取り繕うことなく客観的事実を一気にまくし立て、「ふう」と息をついた。


「それなのに、どうして……」


「ハハハ! 急に何を言い出すのかと思えば……まあ、エルザらしいが」


 皇弟は、穏やかなまなざしを向ける。

 後ろでは、ローマンが腹を抱えて笑っていた。


「それもこれも、以前の記憶がないから不安に思ってしまうのだな」


 そっとエルザの手を取った皇弟は、優しく握りしめる。


「理由は簡単だ。そんなエルザを好ましいと思った。これからも傍にいたかった。だから、求婚したのだ」


「…………」


「これだけでは、納得できないか?」


「……いいえ」


 皇弟は、ありのままのエルザを受け入れてくれている。

 取り繕った姿ではなく、自然体でよいと。


 以前の二人の関係が、何となく見えてきた。

 記憶を封印される前は、きっと対等の立場で向き合っていたのだろう。


 皇弟がニコニコしている。何処となく嬉しそうにも見える。

 手は握りしめられたままだ。


 不安や懸念は払拭された。

 過去の自分が、皇弟を好きになった気持ちが理解できた。

 この人と共に生きていきたい。素直にそう思う。


 彼とどんな関係を築いてきたのか。早く過去の記憶を取り戻したい。

 エルザは強く願った。



 ◇



〚舞台の最後の幕が上がる〛


 クロエとネイサンは、旧城壁の上に立っていた。

 

 帝都を一望できる高台から、二人はまもなく沈む夕陽を眺めている。

 それぞれの左手首には、お揃いのブレスレットが着けられていた。


 カランコロンと、大聖堂の鐘の音が鳴り響く。

 トールキン帝国にいたときは、毎日耳にしていた懐かしい音色だ。



『×××……ごめんなさい』



 また、自分の声が聞こえた。今度は、誰かに謝っている。


 夕日を背に立つネイサンの後ろ姿を見ているだけで、息が苦しくなる。

 どうしようもなく胸がざわめく。



「ネイサン、愛してる……()()()()()()()()


「俺も、愛してる」



(あなたのことだけは、忘れずにいたかったな……)


 それは、エルザの心の声だった。

 いつの間にか、涙が頬を伝っていた。


 短髪のネイサンの後ろ姿が、長髪の淡い灰色髪へ変化し、誰かの後ろ姿と重なる。

 エルザは涙を拭いもせず、隣に座る人物へ顔を向けた。


「エルザ、どうした?」


「……リアムのバカ。早く迎えに来てくれないから私…あなたのこと忘れちゃったじゃない……」


「記憶が、戻ったのか?」 


 エルザはコクリと頷く。


「相変わらず強引だし……私の記憶がないうちから婚約とか婚姻とか、意味がわからないわ」


「ハハハ……すまない。俺は我が儘だからな」


「それに、後出しの情報も多すぎだし……」


 エルザは大きなため息をつく。


「あなたは、宰相様のご子息じゃなかったの? 皇弟だなんて、私は聞いていないわよ」


「…………」


「たかだか子爵家の娘が、他国の皇族へ嫁ぐなんて……」


「身分は関係ない。誰が何と言おうと、俺の気持ちは変わらない。エルザでなければ駄目なんだ」


「…………」


「エルザ、トールキン帝国へ帰ろう。アルフィや皆が待っている。姉…皇帝陛下は賛成してくれているし、他の重鎮たちへはきちんと根回しをしてある。もう、誰にも文句は言わせない」


 アルフィにマデニス。マイアにデイジー。女帝のイリニーム。

 皆の顔が次々と思い浮かぶ。


「記憶が封印される前に、せめて夢の中だけでもあなたに会いたいと願った。でも、これは夢ではないのよね?」


「エルザ……」


「リアム、また会えて嬉しいわ。迎えに来てくれて、約束を守ってくれて、本当にありがとう」


「どういたしまして」


 エルザの涙を指で拭ったリアムが、そのまま顔を寄せていく。

 近衛兵のローマンは、今だけ後ろを向いた。


 徐々に二人の顔が近づく。

 触れ合う寸前、舞台が暗転した。



 ◇



 舞台が明るくなると、結婚式の場面に転換していた。

 クロエは、ネイサンから贈られたマートル(銀梅花)冠を被っている。

 家族や友人たちに祝福され、物語は大団円で幕を閉じた。


 カーテンコールでは、エルザは立ったまま拍手をしている。

 リアムも同様だ。

 

 鳴り止まない拍手は、しばらくの間続いたのだった。

 


 ◇◇◇



 翌朝、セルフィード家の屋敷に一台の馬車が到着する。

 エルザは一度離宮へ行き、リアムとトールキン帝国へ旅立つ。


 迎えに来たトールキン帝国の近衛兵二人に、両親が「よろしくお願いいたします」と挨拶をしている。


 エルザは、近衛兵の一人がローマンだとすぐに気づいた。

 彼はリアム付きのはずなのに、なぜ?と首を傾げたところで、もう一人と目が合う。


 落ち着いた淡い灰色髪に薄紫色の瞳の人物が、ニヤリと笑う。

 エルザは思わず二度見した。


「……リアム、(皇弟殿下が変装し離宮を抜け出して)こんなところで何をしているのかしら?」


「もちろん、ご両親へ挨拶をするためだ」


 当然だろうと言わんばかりの顔をしているリアムの隣で、ローマンが疲れたように大きなため息をついた。

 どうやら、朝からひと悶着あったようだ。


 リアムから、早く紹介してくれと言わんばかりの圧を感じる。

 両親の反応が予想できるだけに、エルザの本音を言えば紹介はしたくない。

 しかし、皇弟自ら挨拶をすると言っているのに、無視するわけにもいかない。


 エルザは覚悟を決めた。


「父さん、母さん、改めて紹介するわ。こちらが、トールキン帝国でお世話になったローマン様。そして、こちらが──」


「私は、リーアム・トールキンという。先触れもなしに、突然すまない」


「トールキン様? まさかとは思うが……エルザベート、私の想像されている方とは違うよな?」


「えっと……父さん、驚かせてごめんなさい! その『まさか』なの……」


「「えー?!」」


 朝から、両親の大絶叫が屋敷中に響き渡る。

 父は顎が外れんとばかりに驚愕し、母は腰を抜かしたのだった。

 



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