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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第三章

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周囲の反応と観劇


 その後、トールキン帝国の豪華な馬車でエルザは自宅まで送り届けられた。


 離宮を出る前に皇弟が「俺も一緒に行くぞ!」と主張し、ローマンが「いい加減、自分の置かれた立場を自覚しろ!」と喧嘩が始まる。

 どうすれば良いのか、あたふたするエルザを見て、二人はすぐに冷静になった。

 

『「まあまあ、二人とも落ち着いて」と言ってもらえないと、調子が狂うな……』


『フフッ、そうだな』


 謎の会話に、ひとり首をかしげたエルザだった。



 ◇



 家に帰ったエルザを待ち構えていたのは、両親と兄弟だった。

 着替えをする時間も与えられず、部屋に押し込まれる。

 人払いし、皇弟との関係を根掘り葉掘り聞かれた。

 

 事前に、どういう経緯(いきさつ)で皇弟がエルザへ婚約を申し込むことになったのか、表向きの理由は聞いていた。

 だから、エルザはそのまま説明をする。


「トールキン帝国でお世話になった方が、今回、皇弟殿下の近衛兵をされていたの。道中で私の話を聞かれた皇弟殿下が、興味を持たれたみたいで───」


 歓迎パーティーで近衛兵と再会の挨拶をしているところを見ていた皇弟が、エルザを気に入った。

 つまり、その場で見初められたということ。


「トールキン語を流暢に話している姿を、気に入られたのか……?」


「婚約を解消されてから趣味三昧の生活を送っていた妹が、まさか見初められるとは……」


「姉さん、すごい! 玉の輿だね!!」


「わたくしは心配よ。娘を他国へ嫁がせるなど……しかも、相手は皇族の方よ」


 家族は、様々な反応を見せる。



「父さん、一応確認なんだけど、この話をお断りすることは……」


「できるわけが、ないだろう! 皇弟殿下は、メイベルナ王家を通して正式に使者を送られた。つまり、王家も公認された婚約話なのだぞ。もし、これを断ればセルフィード家は国外追放…一家離散も覚悟せねばならぬ」


「やっぱり、そういう感じなのね」


 エルザだって、わかってはいた。

 皇族との結婚が、大したことがないわけはないと。


「明日には、王家から発表される。これから、対応に忙しくなるぞ」


「これは、商機でもありますね?」


「ああ、そうだな。それと、おまえたちへ婚約話が殺到しそうだな」


「えっ、兄さんだけでなく僕にも?」


「おまえには、婿入りの話が来るだろうな。さて、事情はわかった。さっそく今から、対策会議を始めるぞ!」


 やはり、父と兄は商魂たくましい。

 この様子なら、自分がトールキン帝国へ行ったあとも我が家は安泰だろう。


 あれこれ相談を始めた男三人を眺めているエルザの隣に、母が座った。


「今日、皇弟殿下と話はしたの?」


「うん、少しだけ」


「歓迎パーティーではお姿を遠目にしか拝見していないから、私たちでは殿下の人となりは全くわからないわ」


「…………」


 高位貴族であれば、パーティーで歓談することもできる。

 しかし、下位貴族の子爵家ではおいそれと近づくこともできない。


 皇家と子爵家。

 改めて、明確な身分差を思い知らされる。


「殿下は、お優しそうな方よ。近衛兵とも、気さくに話をされるし……」


「あちらの国では、重婚が認められているそうね?」


「ええ、そうなのよ」


「エルザは、これから文化の違いで苦労するかもしれないわ。母として力になってあげられなくて……ごめんね」


「母さん……」


 母の気遣いが、娘を心配する気持ちが、痛いほど伝わってくる。


 皇弟には、おそらく国に正妃がいるのだろう。

 子爵家の自分は、何番目かの側妃として迎えられる。


 でも、それを承知の上で、過去の自分は求婚を受け入れたのだ。

 それだけ、彼を愛していたということ。


 左手のブレスレットへ、無意識に手が伸びる。

 シャラリと音がした。



 ◇◇◇



『子爵家の令嬢が、歓迎パーティーで皇弟に見初められる』

『身分差を乗り越え、婚約者となった』


 メイベルナ王国の社交界では、この話題で持ち切りだ。


 父の予想通り、連日セルフィード家へは業務提携から縁談まで、様々な話が持ち込まれている。

 そして、エルザへは、皇弟から毎日贈り物が届いていた。


 通常、男性から女性へ贈るものといえば、花やドレス・装飾品などが定番だ。

 しかし、皇弟から贈られるものはひと味違う。


 メイベルナ王国では手に入りにくい書籍や、珍しい他国の菓子など。

 エルザの好みを完全に把握し、熟知したものだった。



 ◇



 この日、エルザの私室を訪れていたのは、友人のキャロラインとフロレンシアだった。


 トールキン帝国の使節団は明日すべての予定を終え、明後日には帰国の途につく。

 皇弟とともに、エルザも国を発つ。

 その前に、送別の会が開かれていた。


「それにしても、王族並みの警備ですわね……」


 紅茶を一口飲んだフロレンシアが、窓の外へ視線を向ける。

 庭園には、庭木の手入れをする庭師の他に、騎士たちの姿が見えた。


「皇弟殿下の婚約者に何かありましたら、外交問題に発展しますもの。メイベルナ王国としては、当然の対応ですわ」


 キャロラインは、当然とばかりに頷いている。


 訪問者に対しても、入念な身辺調査が行われている。

 小ぢんまりとしたセルフィード家の屋敷は、内も外も厳重な警備体制が敷かれていた。

 

「あちらの国へ行っても毎日こんな感じかと思うと、気が滅入るわ……」


 エルザの顔は、いつになく冴えない。

 これまでは気軽に外へ出かけられたのに、今はどこへ行くにも護衛騎士がついて来る。

 

 のんびりと書店巡りをしたいが、付き合わせてしまう彼らに申し訳なく、屋敷に引きこもりがちになる。

 そのため、最近はもっぱら、皇弟から贈られた本を読み気分転換をしていた。


「明日は、外出ができますわ。愛しの方にも会えますし……ふふふ」


 明日、王都の大劇場で『帝都恋物語』の舞台が上演される。

 オーリーの劇団が普段使用している劇場ではなく、使節団の来場に合わせた特別な舞台だ。


 貸切のため、観客は貴族や金持ちなどの上流階級に限られている。

 庶民へは、後日公開される予定だ。



「エルザの恋のお相手が、皇弟殿下だったなんて……まるで物語の主人公のようですわね」

 

 友人たちは、エルザと皇弟が仕事で知り合ったと知っている。

 歓迎パーティーで見初められたわけではないことを。

 もちろん、彼女たちが口外することは絶対にないが。


「…………」


「エルザベート、どうかしたのですか? あまり、元気がないようですが」


「本当に私でいいのかしら?って、考えてしまうことが多くて……」


 政略婚であれば、エルザもこんな不安を口にすることはない。

 お互い、家のためだと割り切れる。貴族とは、そういうものだと。


 しかし、今回は政略婚ではない。

 (記憶はないが)お互いが惹かれ合っての恋愛婚だ。


「エルザベート、結婚前に不安に思うのは皆同じです。でも、先のことで心配や懸念があるのであれば、一人で悩まず殿下へ相談するべきだと思いますわ」


「そうですわ。エルザに笑顔がなかったら、婚約者の方が心配されますわよ?」


「ふふふ、そうかもしれないわね……」


 エルザは、形だけの笑みを浮かべた。





 翌日、エルザは離宮を訪れていた。


 侍女数人によって身支度を整えられたエルザは、鏡で全身を確認する。

 薄い(すみれ)色に所々銀の刺繍が入ったドレスは、皇弟がエルザのために数か月前から用意していた特注品だ。


 普通に考えれば、歓迎パーティーで見初めた相手の寸法に合わせた特注ドレスを、出会うよりも先に自国で準備することはできない…はずなのだが、従者たちは誰も疑問を口にはしない。


 ローマンだけが、 「事前に用意していたら、周囲からおかしいと思われるぞ!」とリアムへ突っ込んだのだった。


 扉がノックされ、颯爽と皇弟が入ってくる。後ろにローマンが続く。

 入れ違いに、侍女たちが退室していった。


 ローマンがいつものように防音の魔法をかけたところで、皇弟がエルザを抱きしめる。


「エルザ、とても綺麗だ。よく似合っている」


「あ、ありがとうございます」


 親善大使としての務めがある皇弟は連日予定が詰まっており、会うのは歓迎パーティー以来となる。

 森人のような見目麗しい顔が間近にあり、ドキドキする。

 エルザはさり気なく視線を逸らした。


「どうした? 顔色がすぐれないようだが……」


「い、いえ、大丈夫です。舞台が楽しみで、昨夜はあまり眠れなかっただけですので」


「ハハハ! エルザらしいな。でも、体調はしっかりと整えておいてくれ。トールキン帝国までは、長旅になるからな」


「はい」


 皇弟のエスコートで、エルザは劇場へ向かった。



 ◇



 二人が案内された席は、ロイヤルボックス席だった。

 ここは、通常であれば王族しか使用できない特別な場所だ。

 メイベルナ王国が、いかにトールキン帝国との関係を重視しているかがわかる。


 ロイヤルボックス席は、舞台の真正面に位置している。

 他のボックス席と比べると、部屋の広さも天井の高さも倍以上。

 視界を遮るものは何もなく、開放感に溢れていた。


 十人ほどが座れる部屋の中にいるのは、エルザと皇弟、護衛を務めるローマンだけ。


 最前列に腰を下ろしたエルザは、恐る恐る下を覗き込む。

 一階席の客たちが、こちらを見上げていた。

 よく見ると、左右に広がる通常のボックス席からも視線を感じる。


 慌てて顔を引っ込めたエルザに、皇帝が吹き出した。


「ハハハ…我が愛しの婚約者殿に、皆が興味津々のようだな」 

 

 下位貴族のエルザの顔を知る者は、同じ貴族であってもそれほど多くはない。

 

 ロイヤルボックス席へは、他の観客とは別の入り口から出入りをする。

 皇弟が見初めた話題の令嬢を一目見ようと考えていた者は、肩透かしを食ったことだろう。



 ◇◇◇



〚舞台の幕が上がる〛


 第一幕は、帝都を散策する主人公のクロエから始まる。

 クロエを演じるのは、エルザが悪役令嬢スカーレット役で出演した舞台でヒロインの聖女役だったマイだ。

 

 期待の新人は、この注目作品でもヒロインの座を掴んだようだ。

 エルザは心の中で『マイちゃん、頑張って!』と大声援を送る。

 

 街を歩いていたクロエは、若い男に絡まれてしまった。

 しつこく迫ってくる男をどうにか断ろうと、必死に言い訳を捻りだす。


「私にはお付き合いをしている方がいまして、その彼は───」


「───背が高くて、真面目で……」


 後の言葉を続けたのは、たまたま通りかかったネイサンだった。



 エルザは、あれ?と首をかしげた。

 ネイサンがクロエを助ける場面だが、原作とは台詞や状況が違う。

 それなのに、なぜか既視感がある。



「───というわけで、この人は俺の彼女だから、もういいよな?」


「あ、ああ……」


 男は、あっさりと引き下がった。



 原作では、若い男はかなり執拗に食い下がるのだが、これは舞台だ。

 限られた時間の中で、テンポよく物語を進めていかなければならない。

 そのために、演出を変えたのだろう。



 恋人同士のフリをするために、男の前でネイサンがクロエの手を取る。

 周囲の微笑ましい視線を浴びながら、二人は退場していった。



 その時、エルザの脳裏に声が響く。



『───こんな人目のある場所で×××と手をつないでいるから、皆がじろじろと見てくるの! だから、手を離して!!』



 誰かに文句を言っている、自分の声だった。



 ◇



 滞りなく、舞台は進んでいく。


 中央図書館で花言葉大全集を取ってもらったクロエが、喜びのあまり興奮してネイサンから注意されたり、お腹がいっぱいなのに、茶店でネイサンが格好つけてケーキを無理やり食べるなど、原作にはないコミカルな演出が、観客の笑いを誘った。


 茶店の場面では、エルザはクスッと、メイベルナ語がわからないローマンでも大きな声で笑ったのに対し、皇弟だけがなぜか気まずそうに咳払いをしていたのだった。




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