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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第三章

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帰国


 メイベルナ王国へ帰国してから半年。

 エルザは、以前と変わらない日々を過ごしていた。

 

 家業の手伝いをしながら、趣味に勤しむ日々。

 エルザの尽きない土産話に、友人たちは目を輝かせていた。


「わたくしも一度でいいからトールキン帝国へ行ってみたかったですし、『森人(エルフ)』にお会いしてみたかったわ」


 公爵家の令嬢であるキャロラインが、ため息を吐く。

 同じ公爵家の令息との婚約が決まったキャロラインは、エルザのように簡単に他国へ旅行することはできない。

 今後機会があるとすれば、婚約者同伴の旅になる。


「物語のように容姿端麗で、本当に妖精のようだったのよ」


「エルザベートは、そんな方から声をかけられたのでしょう?」


「物好きな森人もいるのだと、びっくりしたわ」


「まあ、エルザベートったら……」


 クスクスと笑い合う三人の右手首には、『友情の証』であるお揃いの巻き貝のブレスレットが着けられている。


 キャロラインだけでなく伯爵家のフロレンシアも、もうすぐ婚約が決まろうとしていた。

 フロレンシアは格上の侯爵家に嫁ぐことになるため、婚約が正式に決まれば侯爵夫人教育が始まる。


 そうなれは、友人たちと趣味を楽しむ時間もなくなってしまう。

 仕方のないこととはいえ、エルザは寂しく感じていた。


「それで、エルザはそのブレスレットの贈り主を思い出したのかしら?」


 キャロラインが視線を送ったのは、エルザの左手首。

 そこには、光を浴びて虹色に輝く二枚貝のブレスレットがあった。


「ううん、何も……」


 気付いたら、自分の左手首にあったブレスレット。

 左が『愛情の証』というのは、物語の愛読者ならば誰もが知っている常識。


 それを理解した上で着けているのだから、エルザにはトールキン帝国にそういう相手がいたことになるのだが……


「その相手のことも一緒に忘れてしまうなんて、私は薄情な女なのね」


 仕事上で知り得た情報の漏洩を防ぐため、魔法契約により自分の記憶の一部が失われていることはエルザも認識している。

 それが関係者全員の記憶ならば理解できるのだが、ローマンやアルフィのことは覚えているのに、なぜかその人物の記憶だけが一切ない。

 

「エルザベート、そんなに自分を責めないで。何か、深い理由があるのかもしれないわ」


「『深い理由』って、たとえば何かしら?」


「……お相手がやんごとなき身分の方で、報われない恋に傷心のあまり彼の記憶だけを失ってしまった、とか」


「ふふふ、それって『愛情物語』のヒロインのことよね?」


 人気恋愛物語の内容をそのまま語ったフロレンシアに、エルザは堪えきれず笑った。


「それに、私がそんな高貴な身分の方と知り合う機会なんて──」


「でも、皇弟殿下とは仕事で知り合ったのでしょう? きっと、その関係よ」


 フロレンシアの説を、キャロラインも強く推してくる。


「う~ん、そうなのかしら……」


 たしかに、アルフィとは身分を越えて親しくさせてもらった。

 友人たちから言われてみれば、そういう可能性もあるかもしれない…とエルザも思う。

 でも、こんな自分に好意を寄せてくれた人物がいたとは考えにくい。


「そういえば、再来月トールキン帝国から親善大使が来訪されるわ」


「『帝都恋物語』の初舞台化に合わせて、使節団がいらっしゃるのよね?」


「もしかしたら、その中にエルザベートのお相手もいらっしゃるかもしれないわよ」


 『帝都恋物語』が本国よりも先にメイベルナ王国で舞台化されることになり、上演に合わせる形でトールキン帝国から使節団がやって来ることが正式に発表された。

 上演権を勝ち取ったのはオーリーの劇団で、着々と準備が進んでいる。


 この物語に貴族令嬢は登場しないため、今回エルザの出番はない。

 しかし、舞台出演よりも重要な任務が回ってきた。


「ついに、わたくしたちの勉強の成果が発揮できるのね」


 トールキン語が堪能なエルザたち三人は、それぞれの家族から歓迎パーティーでの通訳を命じられており、復習と確認を兼ねたトールキン語の勉強に余念がない。


「使節団の代表は、皇弟殿下だそうよ」


「皇弟殿下……もしかして、アルフィ殿下かしら?」


「今回いらっしゃるのは、成人皇族の方と聞いているわ。おそらく、別の方じゃないかしら?」


「では、私の知らない方なのね」


 アルフィ以外に皇弟がいることを、エルザは初めて知る。

 トールキン帝国のときのように気軽に会話を交わすことはできないが、一目だけでもアルフィの顔が見たかったと少し残念に思うエルザだった。



 ◇◇◇



 ───二か月後


 トールキン帝国から大所帯の使節団が到着し、メイベルナ国の王都は歓迎ムード一色となっていた。


 来訪した一団は見目麗しい男性が多く、早くも女性たちの話題をさらっている。

 その中でも皇弟殿下は群を抜いていると、もっぱらの評判だ。


「歓迎パーティーでお目にかかるのが、とても楽しみだわ」


「本当に『森人』のような方たちだから、驚くわよ」


 自分の言っていたことが事実だと友人たちへ証明できることが、エルザは嬉しかった。



 ◇



 歓迎パーティー当日、年頃の女性たちの注目を一身に集めていたのは、やはり皇弟だった。


 光り輝く銀髪に薄紫色の瞳を持つ彼は、物語に登場する『森人』そのもの。

 もうすでに婚約者がいるキャロラインとフロレンシアも、つい視線で追ってしまうほど。

 そんな中、エルザは粛々と自分の職務を全うしていた。


 皇弟に随行してきたトールキン帝国の商人たちと新たな取引を始めようと、父と兄が目の色を変えている。

 商魂たくましい彼らに引きずられる形で、エルザは皇弟の顔を少し見ただけで、次から次へと始まる商談の通訳に励んでいた。



 ◇



「ふう……疲れた」


 小腹がすいたエルザは、休憩を兼ね会場の隅で食事をとっていた。

 テーブルの上にはメイベルナ王国の料理の他に、トールキン帝国の料理もいくつか並べられている。

 

 物語に登場するボルシチやピロシキ、紅茶用に数種類のジャムもあり、懐かしさでエルザの頬も自然と緩む。

 紅茶にどのジャムを入れようかと真剣に悩んでいると、男性が近づいてきた。


「エルザベート、久方ぶりだな」


 それは、エルザの元婚約者だった。


「大変ご無沙汰しております」


 食事の手を止め、エルザはカーテシーで挨拶をする。

 国中の貴族が集合しているため、彼も参加していることはわかっていた。

 でも、向こうから声を掛けてくるとは思ってもいなかった。


「なんだか、綺麗になったな?」


「……ありがとうございます」


 婚約中には、一度も言われたことはない。

 褒め言葉に違和感しかないが、淑女の笑みで礼を述べる。


「実は、大事な話がある」


「どのような、ことでしょう?」


「ここでは、ちょっと……終わったあと、時間をもらえないか? 二人きりで、話がしたい」


「申し訳ございませんが、お断りします。不名誉な噂が流れるのは、困りますので……」


 既婚者と二人きりで密会。

 しかも、元婚約者ともなれば、お茶会に話題を提供するだけだ。

 本音を言えば、もう関わり合いになりたくもない。


「……もう一度、やり直したいのだ」


 小声で囁かれ、エルザの動きが一瞬止まる。

 もちろん、悩むまでもない。

 答えは一択のみ。


「何か事情がお有りのようですが、わたくしの答えは───」


『ゴホン! 取り込み中に申し訳ない。そこの飲み物を頂きたいのだが……』


 トールキン語で話しかけられ、エルザは即座に反応する。

 振り返った先に立っていたのは、歓迎パーティーに相応しい正装をしたローマンだった。


『エルザ、久しぶり。相変わらず元気そうだな』


『ローマン! あなたは来ていたのね』


『ああ、俺は皇弟殿下の護衛なんだ。今は、交代で休憩中だが』


『まあ、それはお疲れさま』


 トールキン語でローマンと親しげに話すエルザに周囲の注目が集まる。

 言葉がわからず気まずくなったのか、元婚約者はいなくなっていた。

 

 しばらく近況を報告し合っていたが、周りからの遠慮のない視線に二人は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。


『これでは、ゆっくり話もできないな。もし良ければ、この会が終わったあと少し時間をもらえないか?』


『私は構わないけど……仕事はいいの?』


『これが終われば仕事も終わりだから、問題ない』


 ローマンは、エルザへ封書を渡す。


『これを見せれば、離宮に滞在している俺のところまで案内してもらえるから』


『わかったわ。では、また後で会いましょう』



 ◇



 会は滞りなく終了し、エルザは先に帰る父や兄と別れ離宮へ向かった。

 封書を見せると中へ通され、すぐにローマンがやって来る。


 案内されたのは、離宮の中でもかなり奥まった豪華な内装の広い部屋だった。

 お茶を用意させると言い残し、ローマンは部屋を出ていく。


 一人残されたエルザは、煌びやかな部屋に落ち着かず、所在無げにソファーの隅に腰を下ろす。

 しばらくしてローマンが戻ってきたが、彼の後ろにはもう一人いた。


 輝くような銀髪の森人……紛れもなく皇弟殿下その人だった。




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