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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第二章

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【幕間】


 ヴィオレットの葬儀が行われた数日後、リアムは仕事の合間を縫ってひとりで離宮へ向かっていた。

 

 主がいない離宮は、新たな主を迎えるまでは閉鎖されることが正式に決まる。

 リアムは仕事が忙しく、なかなかエルザと会うことができなかった。

 働き場所を失ったエルザ扮する侍女は、(表向きは)他の部署へ異動をせず実家へ戻ることになっている。


 エルザが帰国する前に、今後の話をしておかなければならない。

 帰国後も頻繁に手紙のやり取りをしつつ受け入れ態勢を整え、リアムは一日でも早くエルザを迎えに行くつもりなのだ。


 ほとんどの荷物が運び出された離宮は、人気(ひとけ)もなく静まり返っている。

 リアムはこの数か月で歩き慣れたらせん階段を上っていく。

 エルザは、三階にある私室の片付けを手伝っていると聞いている。

 逸る気持ちを抑え扉をノックすると、侍女頭のマイアが出てきた。


「マイア、忙しいところをすまないが、少しだけエルザと話をしたいのだ」


「リアム様、申し訳ございませんが、エルザ様はいらっしゃいません」


「どこかへ使いに出ているのか?」


「いいえ、エルザ様は数日前に帰国されております」


「……えっ?」


 マイアによると、エルザは葬儀の翌々日、帰国の途についたとのこと。


「エルザ様より、リアム様へお渡しするようにとこちらを預かっております。詳細は、宰相様へお尋ねくださいとのことでした」


 渡されたのは、以前エルザへ貸していた辞書と手紙だった。

 想定外の事態に、リアムの不安が募る。

 

(詳細は宰相が知っている、か……)


 エルザが帰国していたことを、なぜ宰相は自分に黙っていたのか。

 嫌な予感が頭をよぎる。

 

 すぐに離宮を出たリアムは、自分の執務室へ戻る時間が惜しく、中庭の隅に設置されたベンチに腰を下ろす。

 周囲に人目がないことを確認してから手紙を広げた。


『リアム、あなたへ挨拶もせずに帰国してしまって、本当にごめんなさい』


 謝罪から始まった手紙には、これまでの感謝が綴られていた。

 無事に役目を果たせたこと。

 聖地巡礼をしたこと。

 読んでいるだけで、これまでの思い出がよみがえる。

 

 そして───手紙は二枚目へと続いていた。


 一枚目を読んでいる間、リアムはずっと違和感を覚えていた。

 今は一時的な別れのはずなのに、エルザの手紙の節々に永遠の別れのような雰囲気が漂う。

 この先に何が書かれているのか、わかりたくないけど、わかってしまう。

 

 耐え切れず、途中で手紙を読むのを止めたリアムは、宰相の執務室へ急いだ。



 ◇◇◇



 あの日から、ひと月が経過していた。


『リアム、愛してる……()()()()()()()()


 あのとき、エルザがどんな思いで自分へこの言葉を告げたのか。

 考えるたびにリアムの胸は苦しくなる。


 彼女の気持ちに気付かず、想いが通じ合ったことにはしゃいでいた自分は、本当に子供だった。

 悔やんでも悔やみきれない思いが膨れ上がるたびに、それを発散すべく仕事に没頭する。そんな日々をリアムは過ごしていた。


「おい、少しは休め。そのうち体を壊すぞ」


「放っておいてくれ。どうせこの世に未練などないのだから、このままいつ死んだってかまわない」


 リアムの護衛であるローマンが見兼ねて苦言を呈するが、まったく聞く耳を持たない。


 新皇帝の戴冠式を数日後に控え、トールキン帝国中がお祝いムードに包まれている。

 宮廷では周囲が準備に追われ毎日バタバタと慌ただしいなか、リアムだけが我関せずの態度を貫いていた。


 しかし、リアムが無関係なわけがなく、戴冠式と同時に彼も皇弟として初めて国民と臣下にお披露目される。

 これからは『文官リアム』ではなく、『皇弟リーアム・トールキン』として生きていくことになるのだ。


「未練なら、あるよな。エルザのこと、このままでいいのか? 『俺が必ず幸せにしてやる』と豪語していたのは、どこの誰だったかな……」


「…………」


「……そうか。では、遠く離れた国から、愛する人の幸せをひっそりと祈っておいてくれ」


「おまえはいいよな、政略婚とはいえ想い人と結婚ができるのだから。どうせ俺は、国から勝手に決められた何人かと無理やり結婚させられるんだ」


 執務机に突っ伏し、普段の自信満々で颯爽とした立ち居振る舞いからはかけ離れた情けない姿。

 死んだ魚のような目を晒しているリアムを、ローマンは一瞥する。


「そうやって、いつまでも拗ねていればいいさ。浮かれ舞い上がったおまえが、事前に周囲への根回しを怠った結果なのだからな。はっきり言っておくが、おまえの自業自得だ!」


「…………」


 ローマンにずばり指摘され、リアムはぐうの音も出なかった。

 宰相に先手を打たれる前に自分が先に行動を起こしていれば、彼の言う通り結果は違ったものになっていたかもしれない。

 

 しかし、これはあくまで結果論だ。

 リアムが自分へ必死に言い聞かせていると、扉がノックされる。

 部屋に入ってきたのはアルフィだった。

 いつも護衛についているマデニスは、扉の外で待機していた。


 臣下の礼を取るローマンへ軽く頷いたあと、アルフィはリアムへ冷たい視線を送りつけた。


()()()()()()、いつまでそんなことをしているおつもりですか? 早く、エルザを迎えに行ってください」


「アルフィ、何をしにきたのかと思えば、わざわざそんなことを言いにきたのか?」


 戴冠式を前に、アルフィへは皇帝の正体とリアムの存在が明かされた。

 アルフィはとても驚いていたが、翌日には普段通り。

 ただ、これまでと違い、何かにつけてリアムに絡んでくるようになった。


「エルザがいないと、つまらないのです」


「彼女は、おまえの暇つぶしの相手ではないぞ」


「エルザは大切な友人です。私は、帰国前にきちんと別れの挨拶をしましたからね……()()()()()()()()()


「…………」


 得意げな異母弟の顔が憎たらしい。

 文句の一つでも言い返してやろうとしたリアムだったが、ひと回り以上も年の離れた弟相手に大人げないと思い直す。

 喉まで出かかった言葉を、無理やり飲み込んだ。


「私が成人していたなら、兄上に頼らずすぐに迎えに行っていましたよ。多少の年の差なんて、気になりません。身分の違いなら、エルザを高位貴族の養女にすれば簡単に解決できます。もちろん、()()()()()()()()()()()ね」

 

 挑戦的な言葉を投げつけられても、リアムは何も言わない。

 代わりに、ローマンが口を開いた。


「早くしなければ、エルザはそのうち親から婚約者を決められるな……」


「年頃の娘だからな、当然であろう」


 ローマンの大きなひとりごとに、アルフィが同調する。

 どんなにしがなくとも、エルザは貴族令嬢である。

 来年二十一歳になる彼女には、いつ縁談話が持ち込まれてもおかしくはないのだ。


「その相手が、エルザの趣味に理解を示してくれるような者であればよいが……」


「…………」


 碧眼を輝かせ嬉しそうに聖地巡りをしていた姿は、リアムの心に残ったまま。

 目を閉じれば、一緒に食べたものや巡った場所を今でもはっきりと思い出すことができる。

 

 しかし、これからエルザの隣は、リアムではない別の男の特等席だ。

 その婚約者と楽しそうに話をする彼女の姿を想像するだけで、リアムは胸が鷲づかみされたように息苦しくなる。


「まあ、エルザはしっかりしているから、私たちが心配しなくとも良い相手を選ぶ───」 


「エルザの一番の理解者は、この俺だ! 他の男には渡さない……絶対に」


 薄紫色の瞳に、力強い光が宿る。

 アルフィとローマンは無言で視線を交わす。

 それぞれ心の中で「やれやれ……世話のかかる兄上(奴)だ」と呟いたのだった。




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