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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第二章

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涙のプレゼント(前編)


 夕暮れに染まる街を、エルザはボーっと眺めていた。


 気づいたら、周りには二人以外誰もいない。

 ローマンの姿も消えていた。


「これを、エルザにやる」


 リアムが懐から取り出したのは、ブレスレットだった。

 付いている飾りは定番の貝だが、今日エルザが土産用に購入した巻貝ではなく二枚貝の一片のもの。

 夕日を浴びて、キラキラと虹色に輝いている。


「わあ、綺麗ね……」


「これは、貴重な貝で作られた特別なものなんだぞ」


「そんなの、見ればわかるわよ。ありがとう、大切にするわ」


「……受け取ってくれるのか?」


「当たり前でしょう」


 エルザがさっそく右手首に着けてみると、シャラリと音がする。

 飾りだけでなく紐も、通常の革や植物のツルではなく金属製だった。


「エルザ、着ける場所が違う。右ではなく、左に着けるんだ」


「だって……私は左利きだから、こっちに着けると引っかかって切れてしまうかもしれないわ」


「切れたら、直せばいい」


 そう言うと、リアムは強引に着けかえた。

 エルザの意見などお構いなしで、「うん、よく似合うな」と一人悦に入っている。


「おまえ……わざと右に着けたよな?」


「……何のこと?」


「とぼけるな。『帝都恋物語』を隅から隅まで熟知しているやつが、これの意味を知らないわけがない。クロエたちがお互いに贈りあったブレスレットは、二人とも左に着けていただろう?」


「あれは、二人とも右利きだからじゃないの?」


「違う! 右に着ければ『友情の証』で、左なら『愛情の証』。女性は相手から貰ったものを左に着けることで、求婚を承諾したってことだ」


 恋愛小説は読まないと言っていたリアムが、ついに読んだらしい。

 内容までしっかりと把握していることに、エルザは驚きを隠せない。


「だ、だから、これは『友情の証』で右に着けたのよ!」


「……迷惑か?」


「えっ?」


「『俺の気持ちは、エルザにとって迷惑か?』と訊いている」


「…………」


 リアムはズルいと、エルザは思う。

 いつもは不敵な笑みを浮かべたり、余裕綽々(しゃくしゃく)なくせに。

 こんなときだけ綺麗な顔を歪ませ、縋(すが)るような泣きそうな表情で尋ねられたら、エルザはどうしたって「迷惑だ」と言えるわけがないのだから。


「返事をしないってことは、迷惑じゃないってことだな」


「どうして、そうやって自分の都合の良いように解釈をするかな……」


 ぽつりと呟いたエルザに、リアムは「だって、俺は我が儘だからな」と笑う。


「エルザ、結婚しよう。俺が必ず幸せにしてやる」


 今度は回りくどいことをしなかった。

 真っすぐ自分の目を見て求婚したリアムを、エルザは黙って見つめ返す。

 

(私が、この人と結婚をしたら……)

 

 毎日、子供っぽい我が儘を言われるかもしれない

 毎日、面倒くさい性格に振り回されるかもしれない

 毎日、お互いに言いたいことを言い合うかもしれない

 それでも、毎日、笑顔が絶えない家庭を築くことができるだろう……

 

 そんな未来を一瞬だけ想像したエルザだが、すぐに首を横に振った。


「……私は、他国のしがない子爵家の娘よ。でも、リアムはこの国の宰相様の息子。家のことを考えたら、あなたはこの国の有力貴族のご令嬢と結婚するべきだと思う」


「俺はそんなことは訊いていない。エルザの本当の気持ちが知りたい」


「リアムには……婚約者がいるじゃない」


「……えっ?」


「宰相様の子息には、すでに婚約者が決まっていると聞いたわ。まあ、この国には重婚制度があるから、何人と結婚しようと問題はないかもしれないけど」


「ち、違う! それは、俺じゃなくてローマンだ!!」


「だったら、遅かれ早かれリアムだってすぐに決められるわ」


「…………」


「私の国には、重婚制度なんてない。父の奥さんは母一人だけで、とても仲が良いのよ。私はそんな家庭で育ってきたから、他にも奥さんが居る人と結婚なんてできない。考えられないの。文化の違いと言えば、それまでなんだけどね」


 エルザの話を、リアムは黙って聞いている。

 先ほどから握りしめられている拳が、小刻みに震えていた。


「だから、私は──」


「……俺に、他に婚約者がいなければ、エルザは結婚してくれるんだな?」


「ちょっと待って! 今の話を聞いていた? 私は、あなたからの求婚を断ったの。だから、この話はもうおしまい。さあ、そろそろ帰らな──」


「求婚を断ったやつが、どうして泣いているんだ? 泣くのは、フラれた俺のほうだろう?」


 リアムの長い腕に囚われたエルザは、声を出さずに泣いていた。

 ずっと我慢をしていたのに、彼の温かい胸のなかで涙は堰を切ったように次々と溢れ出てくる。

 服が濡れてしまうとエルザは慌てて離れようとしたが、リアムに阻止され叶わなかった。


「エルザの、気持ちが知りたい」


「私は…………リアムが好き」


 できることなら、この感情は知らないままのほうが良かった、と今でも思う。

 それでも、自覚してしまったのだ。あの日、身を挺してリアムを庇ったときに。


「うん、知っていた。だって、命がけで俺を守ってくれたのだからな。そして俺も、ずっと前からエルザが好きだった」


「うん。薄々とそんな気はしていた……かも」


「ハハハ! 俺はわかりやすいからな」


 エルザから離れると、リアムは左手の袖を捲ってみせる。

 そこには、彼女へ渡したものと全く同じブレスレットが輝いていた。


「この貝の飾りは、二枚で一対になるもの……つまり、一つの貝殻から作られている。だから、これは『結婚の証』でもあるんだ」


「ん? 『結婚の証』って……」


「騙し討ちみたいで申し訳ないが、俺とエルザは今日、形式上は夫婦となった」


「嘘でしょう!? 本当に騙し討ちじゃない!!」


「これには、深い事情があるんだ……今はまだ、話せないけど」


 リアムはエルザの左手を取ると、両手でそっと握りしめ口元へ持っていく。


「俺は必ずエルザを迎えに行く。だから、それまで待っていてほしい」


「…………」


「エルザ?」


「早く迎えに来てくれないと、私……リアムのこと忘れちゃうからね」


「アハハ! それはひどいな。じゃあ、エルザが俺のことを絶対に忘れないように、心と体に刻み付けておくか」


「どういうこと?」


「こういうこと!」


 夕日を背に、ニヤリと笑ったリアムは、憎たらしいほど格好いい。

 悔しいけど、自分はこの人のことが好きなのだと、エルザは嫌でも再確認してしまう。

 

 ボーっと見つめていたエルザの額に、リアムは優しく口付けをした。


「もう! 誰か来たらどうするの?」


「大丈夫。誰も入って来られない」


 額の次は、少し腫れぼったい両瞼(まぶた)。そして、両頬へ。

 リアムはこれでもかというくらい、口付けを重ねる。


「わ、私が悪かったわ。だから、もうやめて!」


 エルザは口付けの雨からどうにか逃れようとするが、リアムは片手で彼女の両手首を掴み、もう片方で頭を押さえこんでいて成す術がない。


「リアムのことを忘れるなんて言わないから、もう許して……」


「ダメだ。まだ許さない」


「どうしたら、許してくれるの?」


「そうだな……エルザからも、俺に口付けをしてくれたら許してやろうかな」


「はあ?」


「言わなくてもわかっていると思うが、もちろん、こ(・)こ(・)にだぞ」


 当たり前だと言わんばかりの顔で、リアムは形の良い自分の唇を指さした。

 そのまま近づいてくる綺麗な顔をサッと躱したエルザは、両手で両頬をムニっと引っ張る。


「へふざ((エルザ))、ひたい((痛い))」


「悪い子には、お仕置きをします」


「ちょおひにのって((調子にのって))、ごへんなさい((ごめんなさい))……」


「ふふふ……わかれば、よろしい」


 手を離したあと、少し赤くなっているリアムの頬をエルザは優しく撫でる。

 もう少し手加減してあげればよかったかなと思いながら。


「結婚した後も、俺はこんな風にずっとエルザの尻に敷かれるんだろうな……でも、子供の前では威厳のある父親の姿を見せるぞ」


 何とも気の早い話を始めたリアム。

 エルザが苦笑しながら眺めていたら、カランコロンと大聖堂の鐘の音が聞こえてきた。


「エルザ、もうすぐ日が沈む」


 旧城壁の上から夕陽を眺めるリアムの背中は、今でも十分に威厳があるとエルザは思う。

 「あなたなら、絶対に良い父親になれるわね」と言いかけ、すぐに口を閉じる。

 代わりに、こんな言葉が口をついて出た。


「リアム……ごめんなさい」


 鐘の音に隠れるように、彼に聞こえないように、エルザは小さく呟いた。




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