悪女 VS 悪女(前編)
マリアンナは、町の共同墓地に佇んでいた。
◇◇◇
前皇帝の死後、ヴィオレットは精神に異常をきたしていた。
離宮に行ったマリアンナは、「アルフィの後ろ盾を作らないと……」とブツブツ呟いているヴィオレットの姿を目撃する。
目は虚ろで、かなり病んでいる様子。
後ろ盾とは?と尋ねると、現皇帝へ自身を側妃にしろと要求し、断られたのだという。
周囲には無関心に見えた母子関係も、ヴィオレットなりに息子へ愛情を持っていたのだと気づく。
子を守るためならば、恥も外聞も気にしない。
手段を選ばないヴィオレットの姿に、マリアンナは狂気を感じた。
と同時に、ある野望が己の中に再燃したことを自覚したのだった。
前皇帝があと数年長生きしていれば、マリアンナもここまで大それた考えは持たなかっただろう。
しかし、幼い頃から不満を抱いていたことも、また事実。
(父が弟ではなく兄だったら、わたくしが次期皇帝になれたのに……)
再び燃え上がった野望は、鎮火することなくマリアンナの心に燻り続ける。
そして、彼女は一歩踏み出してしまう
───大願を成就するために
慰問と称し、毎日離宮へ通った。
そして、ヴィオレットへ何度も囁く。「次期皇帝は、どうやら戴冠式後にアルフィを廃するつもりだ」と。
ヴィオレットの顔が真っ青になり、マリアンナはほくそ笑む。
意のままに操ることは、赤子の手をひねるように簡単だった……はずだった。
◇
『ヴィオレット様とリアム様、お幸せそうですわね』
『左手首をご覧になって! あちらが、リアム様から贈られたブレスレットだそうよ。ヴィオレット様が羨ましい!』
『あ~、わたくしも素敵な殿方へ嫁ぎたいわ』
マリアンナは夢を見ていた。毎日毎日、同じ夢を。
リアムとヴィオレットを皆が祝福し、羨望のまなざしで見つめる。
その光景を、遠巻きに一人寂しく眺めているだけの自分。
敗北、屈辱、怒り、妬み……様々な感情が沸き立ち、ありったけの罵詈雑言をヴィオレットへ投げつけるが、すべて負け犬の遠吠えだった。
目が覚めてもイライラは治まらない。
日に日にひどくなる一方だった。
計画が上手く運んでいれば、リアムの隣にいたのはマリアンナだったはずなのに。
次期皇帝となり、リアムを皇配に迎える。
女性たちから嫉妬混じりの視線を浴びながら、リアムにエスコートされ皆の前を歩いていく。
想像しただけで、高揚感に包まれる。
優越感に満たされていく。
しかし……
このままでは、すべてを奪われてしまう。
周囲からの憧憬と嫉妬のまなざしも、リアムからの愛情も。
マリアンナより、若さも美貌も知能も劣るヴィオレットによって。
(あの女には、絶対に渡さない!!)
たとえ、どんな手段を使ってでも……
◇◇◇
人気のない墓地に、数名の男女がやって来た。
黒いベールを被った女。
お付きの侍女。
女に寄り添う男。
周囲を警戒する男。
生母の墓参りに来た、ヴィオレットの一行だ。
ヴィオレットの実母は、貴族の嫡男と許されざる恋に落ちた庶民だった。
マリアンナが木の陰から様子を伺っていると、一行へ向けて複数の物体が投げつけられた。
それは、この墓地にもたくさん落ちている木の実。子供らのいたずらだった。
いくつかが一行へ当たるが、小さくて軽い物のためケガなどはしない。
ただ、黒ベールの女に投げられたものだけは、投げた子供のほうへ投げ返される。
頭にコツンコツンと木の実が当たり、驚いた子供らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
マリアンナは、おもむろに姿を現す。
「ごきげんよう、ヴィオレット妃」
「あら~マリアンナ様、このような所でお会いするとは……まさか、わたくしを待ち伏せしていたのかしら?」
「嫌ですわ、ヴィオレット妃がわたくしを呼び出したのではないですか? 『内密に話したいことがあるから』と」
「う~ん? 残念ながら~そのような記憶はございませんわ」
大袈裟に首をかしげる仕草が、あざとく見える。
マリアンナはイラッとした。
「ヴィオレット、早く用事を済ませよう。時間が……」
「そうでしたわね。わたくしのために~、リアム様がお忙しい時間を割いてくださったのですから」
『わたくしのために』
いちいち強調するところが、この女の性格の悪さを物語っている。
では、ごきげんよう、と一行は目の前を通り過ぎていく。
これから二人が、墓前に結婚の報告をすることは予想していた。
きっと、ヴィオレットが我が儘を言ったのだろう。
それでも、リアムは忙しい職務の合間を縫ってヴィオレットに付き合う。
マリアンナには視線も関心も向けない。
親しげにヴィオレットの名を呼び、傍に寄り添う。
見せつけられるのは、うんざり。
もうたくさんだ。
これで、終わりにする。
────終わらせてやる
「……わたくしの手に入らないのなら、いらないわ」
他人に奪われたくなかったら、どうすればいいのか。
答えは簡単だった。
自らの手で、無くしてやればいい。
(目の前で愛する者が奪われたら、どう思うのかしら?)
マリアンナが投げたナイフは、リアムへ真っ直ぐに向かっていく。
彼に防御魔法がかかっていないことは、最初に確認済みだ。
その為に町の子供へ声をかけ、金を渡し、いたずらを仕掛けてもらったのだから。
絶望的な表情を浮かべるヴィオレットの顔を想像しただけで、溜飲が下がる。
リアムの亡骸に縋りつくあの女へ掛ける言葉は、すでに決めていた。
『わたくしから奪おうとした貴女が悪いのよ?』
悪女らしく悠然と構えていたマリアンナだったが、信じられない光景を目の当たりにする。
不意打ちを狙って投げたナイフを受けたのは、標的ではなかった。
リアムを庇うように両腕を広げ、胸にナイフが刺さった女…ヴィオレットだった。
そのままヴィオレットは仰向けに倒れる。
リアムが何かを叫んでいるが、マリアンナには聞こえていない。
体に力が入らず、膝から崩れ落ちる。
ローマンによって捕縛されたが、抵抗はしなかった。
最後まで、ヴィオレットには勝てなかった。
その事実を、この現実を、マリアンナは受け入れたくなかった。




