ただ、『かくれんぼ』をしていただけなのに…… 1
「エルザ、たまには勉強ではなく体を動かさないか?」
そんなアルフィのひと言で始まったのは、離宮内でのかくれんぼだった。
アルフィがいる間は、下働きの者は誰もいない。侍女の二人だけだ。
変装する必要がないエルザにとっても、断る理由はまったくない。
むしろ、六歳の子供らしいお願いに「いいですよ。やりましょう!」と即答したのだった。
◇
かくれんぼのルールは、万国共通。
まず最初に『探し出す者(鬼)』と『隠れる者』を決め、制限時間を設定する。
時間内に見つけ出すことができるか・見つからずにいられるかを競うのである。
隠れるのはアルフィで、探すのはエルザの役目だ。
昔、実家で幼い弟とかくれんぼをしたときも同じだった。
子供は隠れたいばかりで、探す者にはなりたくないもの。
ひたすら『探し出す者』をしていたことを、エルザは懐かしく思い出していた。
まずは、隠れる範囲をヴィオレット妃の私室の中だけに限定する。
一部屋だけといっても、かなり広い。
隠れる場所はいくつもある。
エルザは一度廊下へ出て、数をゆっくり数え始めた。
きっちり十数えると、扉をノックする。もちろん、返事はない。
「失礼します」と入室し、ぐるりと部屋の中を見渡した。
エルザがまっすぐ向かった先は、窓際。
カーテンが束ねられた場所に埋もれるように、小さな頭が見えた。
「アルフィ殿下、見つけました!」
「……なぜ、すぐにココだとわかった?」
「ふふふ、理由はいくつかありますが───」
弟と遊んだ経験値で、子供の隠れる場所をだいたい予想ができること。
数える数が『十』と少ないため、アルフィは目に付いたところへすぐに隠れるだろうと見当をつけていたこと。
そして、確信を持った大きな理由がこれだった。
「マデニスさんの、視線の先を追いました」
「マデニス!!」
「……殿下、申し訳ございません」
近衛兵が、護衛対象の皇子から目を離すわけにはいかない。
それが、たとえ安全な離宮の中であったとしても。
「アルフィ殿下、ズルをしてすみません。マデニスさんも、ごめんなさい」
職務を全うする彼が叱られるのは申し訳ない。
正直に白状したエルザは、深々と頭を下げ謝罪した。
気分を害したものの、すぐに機嫌を直したアルフィはかくれんぼを再開する。
隠れる範囲を下の階の二階へも広げ、マデニスはエルザが探す間だけ目を閉じることを強制された。
エルザは、「絶対に手を抜くな(手心を加えるな)!」と厳命されたのだった。
◇◇◇
アルフィは、二階の客間に置いてある執務机の下に隠れていた。
椅子は元の位置に戻しているため、引き出して中を覗きこまなければ見つけることはできない。
(まさか、同じ場所に隠れているとは思うまい)
マデニスの視線を封じても、エルザの無双は続いた。
テーブルの下。クローゼットの一番奥。応接室のソファーの陰。湯浴み部屋の衝立の後ろ……アルフィが隠れた場所は、見事に当てられてしまう。
エルザによると、実弟がよく隠れていた場所と同じなのだとか。
悔しいが、経験の差は幼い自分にはどうしようもない。
絶対に手を抜くなと厳命したため、エルザは全力で探してくれる。
ならば、相手の思考の裏をかくしかない。
先ほどの敗因は、椅子を出したままにしてしまったこと。
今回は、無理やり奥まで隠れて椅子を戻した。
椅子を動かさない限り、アルフィは一切身動きはできないが。
マデニスには、廊下の同じ場所で待機させている。
二階の部屋の扉は、すべて開け放った状態。
エルザが各部屋を探している物音が聞こえるが、時間が経つのをじっと待つ。
「アルフィ殿下、降参です!」
終わりを告げるエルザの声。
ようやく、一矢報いることができたらしい。
椅子を押し出し机の下から這い出ようとして、アルフィは掌に違和感を覚えた。
床をついた左手が、絨毯の下のわずかな突起を押した。
『ガタン』と音がしたが、視界上に変化はない。
アルフィが机の下から這い出るのと、マデニスがエルザを引き連れて客間へ入ってきたのは、ほぼ同時。
「「えっ?」」
二人の声が揃う。
アルフィとエルザが見つめる先にあるのは、客間の右側の壁。
そこに、扉一枚分の入り口が出現していた。
「アルフィ殿下……これは何でしょうか?」
「どう見ても、隠し通路だな」
そう言いながら入っていこうとするアルフィを、エルザとマデニスが慌てて押し留める。
「この先に何があるのか、確認ができていません!」
「危険ですので、どうかお止めください」
「……この先には、脱出口か隠し部屋があるのだろう。もしかしたら、母上の失踪の手掛かりになるものがあるかもしれぬ」
「手掛かり、ですか……」
アルフィの言う通り、もし何か残されているのであれば、早く調べてもらったほうが良い。
そう考えたエルザは、侍女頭のマイアを通じ宰相とリアムたちへ連絡を入れてもらったのだが……
◇◇◇
客間のソファーに座るいつもの面々に、笑顔は一切なかった。
神妙な顔つきをしている宰相。
押し黙るリアム。
二人の後ろに立つローマンは、無表情を貫いていた。
「エルザ……この入り口の存在を、宰相らはすでに知っていたようだぞ」
「えっ?」
「彼らの反応を見れば、わかる。どうやら、エルザにも隠していたのだろう」
「リアム、そうなの?」
「……エルザ、すまない。近々話をしようとは思っていたんだ」
リアムが重い口を開く。
以前も、つい最近も、後出しにされた情報はあった。
リアムが軽く謝り、エルザが軽く怒って、休養日を一日もぎ取る。
それで終わっていた。
でも、あの時は、このような重苦しい雰囲気は微塵もなかった。
今までとは、隠し事の重要度が違うのだろう。
エルザは、そんな気がした。
「入り口の先に何があるのか、自分の目で確かめたいだろう?」
「気にならないと言えば、嘘になるけど……でも、私は他国の者よ。いいの?」
離宮にある隠し通路。
リアムたちの態度からも、国の重要な情報であることは間違いない。
「もちろん、構わない。エルザにも関係することだからな」
「私も一緒に行くぞ。どうやら、私にも関係することのようだからな」
アルフィは何かに気づいたようだ。
宰相が、わかりやすく顔色を変えた。
「リアム、アルフィ殿下へは……」
「父上、こうなってしまった以上、殿下へ隠すことは不可能かと思います。皇帝陛下へは、私から説明いたします」
「……わかった」
宰相が次に顔を向けたのは、近衛兵のマデニスだった。
「マデニス、これから見聞きすることは国家機密に該当する。其方は、この件に関し生涯口を閉じると誓えるか?」
「誓います! アルフィ殿下をお守りするこの剣にかけまして」
マデニスはアルフィの前で片膝をつき、胸に手を当て頭を下げた。
◇
入り口を入ると、狭い通路があった。
窓はないが足下に所々ランタンが置かれており、ぼんやりと先が見える。
行き止まりかと思えば曲がり角で、二つ曲がった先には階段があった。
階段は、左右に伸びている。
「この離宮も、中央図書館と同じように『二重らせん階段』になっていたのね……」
普段使用しているらせん階段の天井と足下部分に、もう一つらせん階段が隠されていた。
「その通り。以前にも話したが、要塞を兼ねた建物だったからな」
敵に攻め込まれたときの脱出口だったと、リアムは説明する。
壁で覆われており、吹き抜けになっている広間から見上げても気づかれないよう巧妙に隠されていた。
「下へ向かう階段は、地下の倉庫へ繋がっている。そこから、外へ出ることができるんだ」
「なるほど、だから私は立ち入り禁止だと言われたのね」
この離宮を管理しているマイア母娘が、この存在を知らないはずがない。
「もしかして、ヴィオレット妃はそこから脱け出したの?」
「いや、ヴィオレット妃はこの離宮を抜け出してはいない」
「ん?」
「これから向かうのは、上にある隠し部屋だ」
「隠し部屋って、まさか……」
エルザは思わずアルフィのほうを見る。
確信に満ちた顔で、アルフィが大きくうなずいた。
たどり着いたのは、隠された四階部分にあたる場所。
リアムが扉をノックすると、マイア母娘が出てきた。
案内されるまま、部屋の中へと入っていく。
部屋は、壁や仕切りのない一間となっていた。
奥へ行くのは、エルザとアルフィ。リアムとマイア母娘のみ。
宰相、ローマン、マデニスは、入り口付近で待機となった。
部屋の奥の窓際に置かれたベッドに、部屋着を着た若い女性が腰掛けている。
淡色赤髪に、エルザと同じ碧眼の人物。
「母上!」
アルフィが叫んだ。




