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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第二章

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続・聖地巡礼の旅に出ます(後編)


「姉上、これはどういう食べ物だ?」


 市場の中にある店の前。

 目の前で調理されているものに、アルフィは興味津々だった。


「これは『ピロシキ』と言って、簡単に説明をすると揚げパンのようなものよ」


 エルザは店主から受け取ったピロシキを半分に割る。

 揚げたてなので外側はカリッとしており、ひき肉や野菜などがしっかり詰まった具は熱々だ。

 割った半分をマデニスへ渡し、まずは自分が味見をする。

 

 皇子のアルフィへ、毒味なしの物を食べさせるわけにはいかない。

 まだ湯気が立つピロシキへ、エルザは躊躇なくかぶりついた。


「うん、美味しい!! 物語の中でクロエが言っていた通り、揚げたてのピロシキは最高ね!」


 あっという間に食べてしまったエルザ。

 マデニスから許可が下りたアルフィも、恐る恐る口を付ける。

 リアムたちも、いつの間にか完食していた。


「あ、熱い!」


「ふふふ……アルは、もう少し冷ましてから食べたほうがいいかもね」


「こ、これくらい平気だ!!」


 フーフーと息を吹きかけながら慎重に食べ進めるアルフィを目を細めて眺めていたエルザだったが、口の周りをベタベタにした様子に思わず吹き出す。


「アル、少しじっとしててよ……」


 店主にお願いして水で濡らしてもらった布巾で、食べ終わったアルフィの口と手を綺麗に拭いてやったエルザを、リアムが感心したように見つめる。


「エルザは、意外に面倒見がいいんだな」


「私は、ずっと(実弟の)面倒を見ていたからね……それにしても、『意外』とは聞き捨てならないわね」


「だって、いつも自分の好きなことを、好き勝手にやっている自由人だろう?」


 冗談めかして軽く睨みつけたエルザに、リアムはこれまた遠慮のない言葉を投げかける。


「ふふふ……たしかに、好きなことを自由にしている点については、一切否定ができないわね」


 婚約を解消されたことで、誰に咎められることなく趣味に生きることができるようになった。

 しかし、貴族である以上いつまた政略結婚をさせられるのかわからない。

 その時に後悔しないよう、自由な『今』という時間を全力で楽しみたいと思っている。


「姉上、もう一つ食べたい」


「ここでお腹をいっぱいにしてしまうと、他のものが食べられなくなるわよ?」


「私は、そんな少食ではない! それに、すべてのものを姉上と分けるのだから、問題ない!!」


 アルフィは、ピロシキが相当気に入ったようだ。

 拳を握りしめ、訴える目と言葉には力がこもっている。

 可愛い弟のお願いには、姉として全力で応えてあげたい。


「わかったわ。でも、あと一つだけよ?」


「うん!」


 アルフィは笑顔で頷いた。



 ◇



 エルザたちが次にやって来たのは工芸店だった。


「『葉冠(ステファノス)』か……」


「うん、私室に飾りたいの」


 リアムも、さすがにこれは知っていたようだ。

 『葉冠』とは、葉の付いた枝をリング状に編んだ冠のこと。

 

 帝都恋物語では、ネイサンがクロエへ生花で作られた『マートル(銀梅花)冠』を贈る様子が描かれている。

 ローマンにその店の場所を尋ねたところ、帝都の端にありかなり距離があるとのこと。

 限られた時間ということもあり、残念ながら同じ店へ行くのは諦めた。

 

 生花のマートル冠はすぐに枯れてしまう花冠なので、この店にはマートル冠を含め人工的に模した枯れない花冠がいくつか売られている。

 しかし、エルザは(模して作られた)葉冠を購入するつもりなのである。


「オリーブに、月桂樹(ローリエ)、葡萄の葉も捨てがたいわね……」


 悩んだ末にエルザが選んだのは、オリーブの冠。

 葉だけでなく実も忠実に再現されており、見た目にも可愛らしい出来栄えのもの。


「その葉冠は、俺が一緒に買ってやる」


 そう言うと、リアムがオリーブ冠を二つ手に取った。


「もう一つは、誰かのお土産?」


「……俺のだ。俺も気に入ったからな」


「へえ、あなたが興味を持つなんて、ちょっと意外かも」


「俺はこう見えて、情緒豊かな男だぞ?」


「ふふふ、まあ、そういうことにしておきましょう。でも、自分の分は自分で払うわ」


「いらない」

 

 エルザはお金を手渡そうとしたが、あっさり拒否されてしまった。


「でも……」


「エルザ、リアムは頑固だから一度言い出したことは曲げない。ここは受け入れてやってくれ」


 ローマンが、横から口を挟む。


「わかったわ」


「ホント面倒くさいやつで、すまない」


「だって、リアムだものね……」


「二人とも、いちいち一言余計だ!!」


「「ハハハ……」」


 口を尖らせ、リアムはぷいと横を向いてしまった。

 そんなリアムを意味深な表情で眺めていたアルフィが、ある花冠を手に取った。

 

「……では、私は姉上へマートル冠を贈るとしよう」


「えっ? それは……」


 マートルは白い花弁の小さな花で、『愛』と『美』の象徴と言われている。

 

 結婚式のときに、貴族や金持ちの新婦はドレスを着用しベールを被る。

 しかし、庶民には両方とも簡単には手が届かない。

 代わりに余所行きの服を着て、新郎から贈られたマートル冠を被るのだ。

 

 マートル冠は男性が女性へ贈るものだから、エルザは買わなかったのだが……


「姉上、ここは恋人のネイサンから贈られたクロエのように『ありがとう! とても嬉しいわ』と返す場面であろう?」


「アルも、読んだことがあるのね?」


「エルザから話は聞いていたし、周囲に好きな者(侍女)も多いからな。だから、興味を持ったのだ」


 恋愛物語を読む、(よわい)六歳の少年皇子。

 こういうところは、とても大人びている。

 

「連れてきてくれた今日の礼だ。ぜひ受け取ってくれ」


「アル、ありがとう。リアムもありがとう。大切にするわね」


 二人が会計を済ませ、それぞれの冠を受け取ったエルザだったが、なぜか意匠(デザイン)が違うマートル冠が二つもあった。

 花冠を二つ飾れば、エルザの部屋は華やかに彩られることだろう。


 リアムがアルフィへ対抗意識を燃やしたのだと知り、「リアム、さすがにそれは大人げないと思うわ……」とエルザが呆れかえる後ろで、アルフィは不敵な笑みを、ローマンは苦笑いを浮かべている。

 そして、この中で一番年上のマデニスは、生暖かい視線をリアムへ送ったのだった。


 その後、市場でまた買い食いをし、場所を移動する。

 中央広場の噴水に来たエルザは、主人公たちと同じベンチに座り、大興奮しながら写生をした。

 帝都に着いた初日に店の前を素通りした菓子店で、目的の『クグロフ』を買うこともできた。

 これは、離宮へ戻ってからマイア母娘と一緒に食べるつもりだ。

 

 まだまだ行きたいところはあったが、そろそろ宮殿へ戻る時間が迫っている。

 名残惜しいが、早めに市井を出発したのだった。



 ◇



 帰りの馬車の中で、アルフィはうつらうつらしていた。

 一日町を回り、さすがに疲れたのだろう。


 エルザはアルフィの隣で画帳を開き今日描いた絵を見直していたが、横に置く。アルフィをそっと抱き寄せた。


「宮殿に着くまで、私にもたれかかってお休みください」


「これくらい平気だ。私を子供扱いするな!」


「何を言っているのですか。殿下はまだまだ子供ですよ。大人に甘えられるときは、甘えていいのです」


「…………」


「私がしっかり支えますから、ご安心ください」


「……仕方ない。エルザの顔を立てるとするか」


 素直に体を預けてきたアルフィを、エルザが膝の上にのせしっかりと抱きかかえる。

 エルザの服が汚れないよう、マデニスが靴を脱がせた。

 

 アルフィの体温を感じる。

 眠くなると、子供の体温は高くなる。

 エルザが優しく背中をトントンすると、しばらくして寝息が聞こえてきた。

 あどけない顔をして眠るアルフィを微笑ましく眺めていたら、マデニスが深々と頭を下げた。


「エルザ殿、本日はありがとうございました。殿下の従者を代表しまして、厚く御礼申し上げます」


「そこまで、お礼を言われるほどのことは……」


 『聖地巡礼』という自分の趣味に、ただ皆を付き合わせていただけなのだ。

 連れまわし過ぎて、アルフィを疲労させてしまった。

 大仰に礼を言われてしまうと、こちらが申し訳なくなる。


「我々従者は、アルフィ殿下へ誠心誠意尽くしております。ですが、どうしても臣下の立場からとなってしまいます。しかし、エルザ殿は殿下と対等に話をされます。複雑な事情を抱えている現状、アルフィ殿下にとって貴方は必要不可欠な存在なのです」


 皇族という立場では、子供といえど甘えは許されない。

 そんな中で、唯一弱みを見せられる人物。

 我が儘を言ったら、遠慮なく説教をしてくる姉のような。

 どうしても甘えたくなったときは、大らかに受け止めてくれる母のような。

 心と体を癒し、安らぎを与えてくれるオアシスのような。

 ちょっと一息つける存在。


 それがエルザだと、マデニスは言う。

 普段は寡黙に護衛任務を遂行している彼の言葉は、エルザにとって嬉しくもあり、とても重いものだった。


 リアムの指示で、馬車は遠回りをしながらゆっくり速度を落とし宮殿へ向かう。

 到着するまでアルフィは一度も目を覚まさず、エルザの腕の中で安心したようにぐっすりと眠っていた。




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