転機は、突然に
そんなエルザが貴族である身分を隠し、なぜ庶民に交じって役者の真似事をしているのかといえば、オーリーに勧誘されたからである。
劇団内で唯一彼女の正体を知っているオーリーは、エルザの父の妹(エルザの叔母)の舅で、一応二人は親戚関係にあたる。
オーリーは、商会を興し一代で財を築いた大金持ちだ。
彼は貴族との繋がりを得るべく、自分の息子とエルザの叔母を結婚させた。
祖父と父の商才を気に入ったオーリーが、セルフィード子爵家への資金援助という形で親戚関係を結んだとエルザは聞いている。
政略結婚ではあったが夫婦の仲は良好で、三人の子宝にも恵まれた。
商会の経営も順風満帆。
息子にあとを任せ第一線から退いたオーリーは、劇団を主宰するという昔からの夢に着手する。
趣味で始めた劇団だったが、そこは元敏腕経営者。
きちんと利益を生み出すように経営手腕を発揮し、王都では一,二位を争う人気劇団にまで育てあげたのだった。
そんなある日、エルザの父と兄が新しい事業への投資を商会へ申し込んだ際に居合わせたオーリーが交換条件を持ちかけた。
「今度、貴族令嬢が登場する劇をやるから、ぜひ本物を使いたい」と。
父から相談を受けたエルザは迷った。
日頃から読書や演劇鑑賞はしているが、演技の経験は全くないずぶの素人である自分に大役が務まるのだろうか。
そんな彼女の背中を押したのは、趣味仲間でもある学園時代からの友人たちだった。
「エルザベートなら、大丈夫よ! わたくしたちはずっと朗読劇をやってきたのだから、声の演技は問題ないわ。それに、あなたは台詞も丸暗記していて、台本も持っていなかったでしょう?」
「演技だって、貴族令嬢役なのだから普段通りに振る舞えば良いのだし、意地悪なところは学園の先輩方を参考にすれば……ふふふ」
友人たちからの助言もあり、エルザはダメで元々と引き受けることにした。
学園卒業後は家業の手伝いをしているエルザだが、自分には祖父や父・兄ほどの商才はないことはわかっている。
だからこそ、多少なりとも家業に貢献できる機会があれば逃したくない。
オーリーから「出演料は弾むぞ」と口説かれたことが、もちろん一番の理由ではあるのだが。
聖地巡礼には、お金がかかる。
国外へ行くのであれば、尚更だ。
こうして、エルザは夢に向けての一歩を踏み出したのだった。
◇◇◇
翌日、無事に千秋楽を迎え、オーリーの差し入れで豪勢な打ち上げ会が行われていた。
劇の評判は良く、出演者の表情は明るい。
皆が思い思いに寛いでいるなか、オーリーがエルザのもとへやって来た。
「エルザ、おまえさんに面会したいという客が来ているのだが、今から会ってもらえんじゃろうか?」
「それは構いませんが……」
「商会の取引先の紹介だから、相手の身元は保証するぞ。すまんが、よろしく頼む!」
打ち上げをしていた稽古部屋を出て、エルザは応接室へと向かう。
ここは、劇団の出資者やそれなりの身分の者が来場したときにだけオーリーが使用する特別な部屋。
そこへ通されているだけで、相手が劇団にとって重要な人物であることがわかる。
応接室でエルザを待っていたのは、二人の若い男性だった。
この国ではあまり見かけない淡い灰色髪に薄い菫色の瞳をした男性は、肩先まである髪を緩く一つに縛っており、非常に整った目鼻立ちがよく見える。
もう一人は短髪だが、淡色緑色の髪に薄い橙色の瞳でこちらも精悍な顔つきをしている。
二人とも背が高く、そして驚くほど色白で美形だ。
(『森人』が実在していたら、こんな感じだったのかしら……)
物語に登場する容姿端麗な妖精を彷彿とさせる彼らを失礼のない程度に鑑賞したエルザは、着席を勧め自らも腰を下ろした。
一見したところ、二人は庶民のような格好をしている。しかし、彼らの服をよくよく観察すると生地の光沢が違う。
明らかに高級品とわかる代物を身に着けている二人はエルザと同年代のようだが、これまで一度も面識はない。
金持ちの商人、もしくは他国の貴族だろうと見当をつけたエルザは、気を引き締める。
彼らが何者にせよ、オーリーが自分と面会させたのだから大事な客であることに違いはない。
「お待たせいたしました。私がエルザです」
「お疲れのところ、面会に応じていただきありがとうございます。私はリアムと申します。こちらはローマンです」
長髪淡色灰色髪のリアムが隣へ顔を向けると、紹介された短髪淡色緑髪のローマンが無言でペコリと軽く頭を下げる。
如才ない対応ができるリアムと、まるっきり愛想のないローマン。
なかなかバランスの取れたコンビのようだ。
「劇を観賞しました。内容も素晴らしかったのですが、あなたの迫力ある演技には、終始圧倒されました。まるで、本物の悪役令嬢がそこにいるかのようで」
「あ、ありがとうございます」
自分が本職の役者であれば、称賛の言葉は素直に嬉しいもの。
しかし、素人に毛が生えた程度のエルザには、どうしても恥ずかしさが先にたつ。
「つきましては、ぜひ、あなた個人に依頼したい仕事がございまして、オーリー殿に無理を言ってこの場を設けていただいた次第です」
「仕事の依頼ですか?」
意外な話に、エルザは首をかしげる。
劇を観て演じている役者へ興味を持つことは、これまでにもよくある話だ。
そういう固定客を少しずつ増やしてきたことで、この劇団は今の地位を築いてきた。
しかし、エルザ個人へ仕事の依頼とは、どういうことなのか。
「これは、あなたでなければ成し得ないことなのです」
リアムは一度言葉を切ると、隣へ視線を送る。
頷いたローマンが、軽く右手を振った。
『我々の国で『悪女』を演じてほしい』
先ほどまでの愛想の良い笑顔が消え、リアムの顔つきと言葉遣い、そして、話す言語までが変わった。