【幕間】
ここは、宮殿の最奥に位置する場所。
近衛兵たちによって厳重な警備が敷かれた中をリアムは歩いていく。
豪華な扉の前で立ち止まると、まずは身だしなみを整える。
そして、おもむろにノックした。
「失礼いたします。陛下、お呼びでございますか?」
「ああ、こちらへ参れ」
部屋の中に近衛兵や侍女はいない。皇帝の私室である。
神聖なる白の衣に光り輝く銀髪を肩先まで下ろした人物がソファーに座り、リアムを手招きしている。
求めに応じ、リアムは向かい側に腰を下ろした。
皇帝自らが淹れたお茶を一口飲んだリアムは、取り繕っていた従者の仮面を脱ぎ捨てる。
正面に座る、今は仮面を取り外している人物。
自分とそっくりなその顔を険しい表情で睨みつけた。
「姉上! 今日のは、どういうおつもりですか? 予定を勝手に変更したり、エルザを私室へ連れ込もうなどと……」
トールキン帝国の現皇帝イリニームは、女帝である。このことは、まだ上層部しか知らない事実だ。
さらに付け加えるならば、現皇帝とリアムは双子の姉弟なのである。
トールキン帝国の法律では、正妃との間に生まれた第一子が皇帝になると定められており、先に生まれ出たイリニームが次期皇帝と決まる。
しかし、数分後に出てきた子が男児だったため、無用な跡目争いを避けるべく、皇帝と宰相の判断により『リアム』の名で宰相の子として育てられることとなった。
ちなみに、宰相の本当の息子はローマン一人だけだ。
以来、『文官リアム』として生きてきた彼だが、来月の戴冠式で正式に『皇弟リーアム・トールキン』としてお披露目されることが決まっている。
「アハハ! リーアムの慌てふためいた顔は、なかなか見物だったぞ……」
「笑い事では、ありません。もし彼女が素直に従っていたら、どうするおつもりだったのですか?」
「その時は、おまえと代わってやるつもりだった。好いた女子を堂々と抱けるのだ。文句はあるまい?」
「な、何を仰っているのか。私は別に……」
「おまえが、あのような気の強い娘が好みだったとはな。もっと、おとなしく従順な者が良いと思っていた」
「あれは、演技です! エルザは、優しい心根を持った女性ですから」
「国葬での出来事を見ていたから、知っている」
エルザが心配だったリアムは、皇帝に扮し傍で見守っていた。
これには、暗殺など万が一の事態に備えた影武者の意味合いもあったのだが。
リアムの本来の髪色は、姉のイリニームやアルフィと同じ輝く銀髪。
普段はそれを灰色に変化させて、正体を気づかれないようにしている。
イリニームはその逆で、髪色を変え司祭に扮し国葬に参加をしていた。
実は、今回だけでなく事あるごとにイリニームはリアムに影武者を演じさせ、自由に行動しているのだ。
背が高い彼女は、時には衛兵、時には侍女だったりと、男女関係なく変装をする。
これは、幼きころから人前では素顔を仮面で隠し生きてきたイリニームの、息抜きの時間でもあった。
墓地でのアルフィの予想外の行動には二人とも非常に焦ったが、自分たちではどうすることもできない。
エルザが危険を顧みず行動を起こし、結果、場は丸く収まった。
大事には至らなかったが、そのせいでエルザが風邪をひいてしまう。
リアムは見舞いに行きたい気持ちを押し隠し、代わりに見舞いの品を贈ったのだった。
「だから、一緒になりたいと望んでおるのだろう? おまえの顔に、そうはっきりと書いてある」
「…………」
「リーアムが相当入れ込んでおると、グレイソンが心配しておったわ。それと、ローマンも『おもしろい奴』だと言っていたぞ。あいつが、婚約者以外の女性を褒めることには驚いたが」
「……『おもしろい奴』は、褒め言葉なのですか?」
「ハハハ! 受け取り方は、人それぞれだ」
姉のイリニームは、豪胆な人物だ。
弟のリアムは、昔からいろいろと振り回されてきた。
女でありながら、皇帝になる素質を十分に持っている。それは、リアムも認めている。
しかし、好奇心が旺盛すぎて今回のように暴走することがたまにあり、閉口することもしばしば。
「今回のことは、本当はただ単にエルザと話しをしたかっただけなのだ。それを、おまえたちが勝手に勘違いをして騒いだだけでな」
「でしたら、事前に宰相か私にそう仰ってくだされば良いものを……」
「言っても、どうせおまえたちは反対したであろう?」
「…………」
否定ができないから、リアムは無言を貫く。
そもそも皇帝の正体も自分の本当の素性も隠しているのに、会わせられるわけがないのだ。
それに、自由奔放な姉と二人きりにしたら、エルザが何を吹きこまれるかわからない。
決して(リアム的に)愉快なことにはならないと、自信を持って断言できる。
「では、こういうのはどうだ? 皇帝として面会できないのであれば、同僚の侍女としてならば問題あるまい。 うむ、さっそく侍女頭のマイアへ頼むとしよう」
「お、お待ちください!」
リアムは思わず立ち上がる。
イリニームは決断が早い。
為政者としては理想的だが、振り回される身としては堪ったものではない。
「リアム……余の申すことに、異議があるのか?」
「当たり前です! 皇帝の顔で、謁見の間と同じ台詞で凄まれても、ここでは通用しませんよ」
「フン、つまらぬ……せっかく、エルザと『恋愛話』でもしようと思ったのだがな」
「恋愛の話、ですか?」
思いがけない話に、リアムはつい反応してしまう。
ソファーへ再び腰を下ろした弟に、姉はニヤリと笑った。
「エルザの好みの男性像など、おまえも興味があるだろう?」
「それは……」
「尋ねたくても尋ねられない可哀想な弟に代わって、姉の私が訊いてやろうというのだ。せいぜい、感謝しろ」
「そ、そんなことは、誰も頼んでおりません!!」
「フフッ、まあ良い。では、さっそく本題に入ろう」
「・・・・・」
『全然さっそくではない!』とか『今からが本題だったのか?!』という突っ込みと驚きは、リアムの心の中だけに留めておく。
「ヴィオレット妃のことは、今後どうするつもりなのだ?」
「戴冠式が近づいておりますので、できればその前に片を付けたいと思っています」
「あのようなことになってしまった以上、亡き者にするしかあるまい」
「……そうですね」
「エルザが、上手くやってくれることを祈ろう」
皇帝の顔をした姉の冷静な言葉に、弟は黙って頷いた。
◇
皇帝の私室を辞去したリアムは、歩きながら考え事をしていた。
今回の接見で、ヴィオレット妃が完全復活したことが周囲へ印象付けられた。
ケガの功名と言うべきこの機会に、彼女が注目されているうちに、懸案事項を早く解決してしまいたい。
そうすれば、心穏やかに戴冠式を迎えることができる。
自分も、先へ進むことができる。
(いつ、真実を打ち明けるべきか……)
周囲を欺くために、綿密な計画を立てなければならない。
すべては、エルザの演技力にかかってくるだろう。
これからも傍にいられるように、周りから認めてもらうために、リアムは全力を尽くすのみ。
これは、望んだ未来を手に入れるための戦いでもあるのだから。
◆◆◆
その部屋は、壁や仕切りがない一間となっていた。
手前には、執務机や応接セット。奥にベッドが配置されている。
日当たりの良い窓際に置かれたベッドに、部屋着を着た若い女性が腰掛けていた。
背中まである淡色の赤髪に、エルザと同じ碧眼を持つ人物。
彼女はぼんやりとした表情のまま、窓の外を眺めている。
「食事を持ってまいりました」
部屋に入ってきた侍女が声をかける。しかし、反応は一切ない。
視線を向けるわけでもなく、返答をするわけでもない。
ただ、ずっと窓の外を眺めているだけ。
侍女はサイドテーブルに食事を置くと、いつものように一礼をし部屋を出ていく。
それは、お昼時になっても、夕刻になっても変わらない。
同じように、女性もベッドから動くことはほとんどなかった。
◇
就寝前、湯浴みの準備をするために侍女がやって来た。
綺麗に平らげられた食器を片づける。
「今日は~ずっと良いお天気だったわね」
「そうですね」
たまに思い出したように発言する女性へ侍女は相づちを打つと、湯浴みの準備を始めたのだった。
エルザは、まだ知らない。
なぜ、彼女がここにいるのか。
ここで、何をしているのか。
───二人が出会うのは、もうしばらく先のこと




