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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第一章

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君命《くんめい》


『ヴィオレット、今宵は余の私室へ参れ』


「私室でございますか~?」


 御簾越しに届いた皇帝の言葉は、想定の斜め上を行くものだった。

 驚きのあまり、ヴィオレット妃に扮しているエルザの声がわずかに裏返る。


 『私室へ参れ』とは、すなわち『寝所へ参れ』と同義。

 つまり、夜伽をせよとの意味になる。


 これまで、一度たりとも執務室どころか公務以外で身近にも寄せ付けなかったヴィオレットへ直接命を下した皇帝に、側近たちはざわめく。

 いつもは余裕の笑みを浮かべているリアムにも、焦りの色が見えた。


 なぜ、ヴィオレットを疎ましく思っていたはずの皇帝が突然このようなことを言い出したのか。

 エルザには全くもって理解不能。

 表面上は悪女として不敵な態度を崩していないが、内心は冷や汗が止まらない。

 

 エルザ最大の危機が、間近に迫ろうとしていた。



 ◆◆◆



 宰相の至急の用件というのは、リアムの望み通り離宮…ヴィオレット関係だったが、楽観できるような内容ではなかった。


「陛下が、ヴィオレット妃に会いたいと申されたのですか?」


「そうだ。しかも、他の側近もいる中で発言をされたものだから……急遽、本日の午後からの予定を変更することになってしまった」


 グレイソンは頭を抱えている。


「発言を聞いたのが私だけなら、もっと準備に時間を取ることができたのだが……」

 

(たしかに、陛下の今日の予定は大したものは入っていなかったな……)


 リアムは記憶を手繰る。

 他国からの使者の謁見など、時間をずらせないものであれば良かったのだが、残念ながらそんな予定はない。


「その……急にお会いになる理由は、何か仰っていたのですか?」


「それが、国葬のときの件でとしか」


「国葬……」


 箝口令は敷かれているが、宰相もリアムも何があったのかは知っている。

 しかし、宰相の執務室には他の文官もいるため内容を口にすることはできない。

 リアムは、あの時のエルザの行動に皇帝が興味を持ったのだとすぐに理解した。


「接見が決まってしまった以上、今さらどうすることもできぬ。リアムは急ぎパールス宮へ行き、マイアに準備をさせよ」


「わかりました」


 急遽決まった接見の準備。

 突然の予定変更で慌ただしくバタバタしている文官たちの間を抜け、リアムはローマンと共にエルザのもとへ向かったのだった。



 ◆◆◆



 リアムから「午後に、皇帝へ接見することになった」と告げられたエルザだったが、慌てふためくことなく静かに受け止めた。


 行方不明になっているヴィオレット妃が見つからない以上、いずれこのような事態になることはわかっていた。

 ならば、覚悟を決めるしかない。


「エルザが思ったよりも冷静で、正直ホッとした」


「だって、今さら慌てたところで、どうにかなるわけでもないでしょう?」


「まあ、それはそうだが」


 エルザとしては、普段よりもソワソワして落ち着きのないリアムのほうが余程気になる。

 それだけ、彼は自分を心配してくれているのだ。

 そう思ったら、緊張している場合ではない。


「それで、私は聞かれたことに答えるだけでいいのよね?」


「そうだな。ただ、陛下が『国葬のときの件』で何を尋ねられるのか予想がつかないから、困っている」


「わざわざ、箝口令が敷かれていることを話題にされるとは思えないし……」


 二人でいくら考えてみても、わからない。

 ともかく、午後の接見に向けてエルザたちは準備を開始した。



 ◇



 ヴィオレット妃に成りすましているエルザは、皇帝の側近たちが居並ぶ中を(悪女らしく)堂々と歩いていく。

 久しぶりに姿を現したヴィオレット妃に向ける周囲の視線は、冷ややかなものが多かった。

 例えるなら、まるで針の(むしろ)とでも表現すべき状況。

 ベール越しに状況を確認したエルザは、思わず苦笑いを浮かべた。


 皇帝は、謁見の間に設けられた御簾の奥にいる。

 外からは、姿はまったく見えない。

 まずは形式通りに挨拶をしたヴィオレットへ、皇帝は淡々と告げたのだった。


 

 ◇◇◇



 周囲がざわつく中、発言の許可を求めたのはリアムだった。


「畏れながら陛下、これまでヴィオレット妃など歯牙にもかけませんでしたのに、今になって、なぜ───」


『気が変わった』


「しかし……寝首を掻かれるやもしれません」


『……ヴィオレットは、以前から余の寵愛を欲しておったのだ。問題はあるまい』


「わ、私は賛成しかねます!」


(リアム、がんばって! 皇帝を説得して!!)


 自分の身を守るために、エルザは心の中で大声援を送る。

 寝所に連れ込まれるのはもちろんのこと、もしヴィオレット妃の偽物とバレてしまったらどんな目に遭わされるかわからない。

 とにかく必死だ。


『毒や武器が持ち込めぬよう、事前に身体を検査するのであろう? 無手の女子(おなご)に、何ができるというのだ?』


「ですが……」


『リアム……余の申すことに、異議があるのか?』


 表情は見えずとも、険のある物言いに威圧。

 ピリッとした空気に、場が一瞬にして凍り付いた。


「……いえ、滅相もございません。差し出がましいことを申し上げ、大変申し訳ございませんでした」


 口を引き結び、リアムは後ろに下がる。

 俯いたままの彼の顔はエルザからはよく見えず、その表情を窺い知ることはできなかった。


(リアム、なにを(ひる)んでいるの。ちゃんと、説得してよ!!)


『では、ヴィオレット、其方は準備をして参れ』


 謁見の間に皇帝の抑揚のない声が響き、エルザへ(いとま)の許しが出る。

 エルザの心の声援も空しく、今夜の予定が確定した瞬間だった。


 皇帝の前では、絶対服従。何人(なんびと)たりとも、命に背くことはできない。

 御簾越しに衣擦れの音が聞こえ、皇帝が席を立ったのがわかる。


「……陛下~、お待ちください」


 静まり返った場に、エルザの声が響いた。



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