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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第一章

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それぞれの日常《リアム》


「────アム、リアム!」


 呼びかけ声に、リアムはハッと我に返る。

 事務所で報告書を作成していたはずが、いつの間にか手が止まっていた。

 

「おい、ボーっとしていたが、大丈夫か?」


 書類を手にした同僚が真横に立っていた。


「少し休憩したら、どうだ?」


「そんな暇はない。おまえだって、そうだろう?」


「ハハハ……まあな」


 苦笑いを浮かべた同僚は、書類をリアムの前に差し出す。


「この書類の修正と提出を頼む。ついでに、御父上…じゃなくて宰相様へお伺いを立てておいてくれ」


「わかった」


 文官であるリアムの仕事は多岐にわたる。

 書類の作成に、他部署との連携業務。他国の使者との折衝など。

 そこに、今回のような他の者へは任すことのできない極秘任務が入ることもある。


 リアムは報告書の作成を素早く終えると、同僚から預かった書類を手に部屋を出る。

 歩きながらササッと目を通し、修正箇所を確認していく。

 座って作業をする時間が惜しく、ついつい『ながら』をしてしまう。

 早く今日の仕事を片付けて、リアムはどうしても行きたいところがあった。

 

 ここ数日、別件の仕事ばかりが立て込んでおり、私的(プライベート)どころか業務でも会う機会は全くない。

 マイアからの定期報告で『変わりはない』と知っているが、それでも一目だけでも顔が見たかった。


(殿下は、頻繁に離宮へ足を運ばれているのにな……)


 エルザは、アルフィに相当気に入られたらしい。

 二人でトールキン語の勉強に励んでいると聞く。


 リアムとしても、極秘案件の協力者が増えるのは歓迎すべきこと。

 それが、ヴィオレット妃の実の息子であれば尚更だ。


(でも……)


「キャー!」


 悲鳴のあとにドンと軽い衝撃を受け、リアムは書類から目を離し前を見る。

 目の前に、書類をまき散らし座り込む女性の姿があった。


「あっ……申し訳ない、私の前方不注意だ。ケガはないか?」


「大丈夫です」


 手を差し出し女性を助け起こすと、リアムは急いで書類を拾い集めていく。

 ローマンから何度も注意を受けているのに、またやってしまった。

 何回目かわからないほど繰り返してしまう宮殿内での衝突事故を猛省する。

 

 書類を重ねながら頭を切り替えたリアムは、次の行動を考えていた。

 

(提出に行く前に寄り道をして、先日の案件の進捗状況を確認して、それから……)


「あの……」


「…………」


「……リアム様?」


「ああ、すまない。少し考え事をしていた」


 束ねた書類を差し出し、もう一度謝罪する。

 すぐにこの場を去ろうとしたリアムを、女性が慌てて引き留めた。


「あ、あの……先日、リアム様と街中を手を繋いで歩いていらっしゃったのは、婚約者の方ですか? それとも……二番目の方でしょうか?」


「二番目?」


 何の事を言っているのかと一瞬呆け、リアムはすぐに理解する。

 聖地巡礼をした日に、エルザと一緒に歩いていたところを目撃されたのだろう。


「えっと……」


 もちろん、エルザは婚約者ではない。

 でも、相手の勘違いを利用するきっかけとなりそうだ。

 リアムは、エルザから「人を、虫よけにするのね……」と呆れたように言われたことを思い出していた。


「そうだな。彼女は私の二番目の婚───」


「……おい、リアム。父上(宰相)が至急の用件だそうだ。早く行くぞ!」


「あっ、わかった」


 呼びに来たローマンに引きずられていくリアムを残念そうに見つめていた女性は、諦めて踵を返した。

 

 廊下の曲がり角で、二人は立ち止まる。

 周囲に人がいなくなったことを確認したローマンは、いつもように右手を振る。

 これは、ローマンが行使する魔法の一つ。

 秘密の話をするときに自分たちの会話が他の者に聞かれないよう、防音の結界を張ったのだ。


 事前準備を終えると、ローマンは眉間に皺を寄せた。

 

「おまえなあ……いつも前を向いて歩けと言っているだろう! そんなんだから、話すきっかけを作ろうと、わざとぶつかってくるような女の相手をする羽目になるんだぞ!!」


「そうか! そういうことだったのか……」


 以前から、自分はよく人(ほぼ若い女性)とぶつかるとは思っていた。

 直接リアムへ声を掛けるのではなく、偶然を装う。

 女性たちから、意図的にあの状況を作られていたのだ。


「あと、二人目の婚約者がいると言いかけただろう? 宰相の子息には内々(ないない)に決められた婚約者がいるのは周知の事実だが、その相手は後にも先にも(おおやけ)にしていない一人だけだ! その場の勢いで適当なことを言ってみろ……第三、第四、第五と婚約希望者が続々と現れるぞ」


「た、たしかに!」


 トールキン帝国の法律では、皇族以外にも重婚は認められている。

 昔は上位貴族になるほどその傾向が強かったが、今はそれほどでもない。

 しかし、女性の中には正妻でなくとも金持ちと結婚したいと考え、婚約者がいる男性へ積極的に接近(アプローチ)する者も少なからずいるのが現状だ。


「面倒事を避けるためにそうしているのだから、勘違いされるような話を勝手にしないでくれ」


「すまん……これからは気を付ける」


 自分の浅慮を悔いる。今日のリアムは反省してばかりだ。

 

 二人は足早に、宰相であるグレイソンのもとへ向かう。

 グレイソンの至急の用件が、離宮関係だと堂々と会いに行けるのにな……と考えたところで、ふと、宰相の子息には婚約者がいるとエルザが知ったらどう思うのか。

 

 そんなことが気になって仕方なかったリアムだった。




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