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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第一章

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それぞれの日常《エルザ》


「さて……では、始めるわよ。デイジー、用意はいいかしら?」


「エルザ様、いつでもどうぞ」


 デイジーが二階にある食堂のドアを開け放ったことを確認したエルザが、息を大きく吸い込む。

 目を合わせた二人は、大きく頷いた。


「今日のわたくしは~肉料理の気分じゃないの~」


 エルザはゆっくりと、でも、遠くまで聞こえるように大きな声を出す。


「だから~別のものに取り替えなさ~い」


「畏れながら! もっと栄養の──」


 ガシャン!

 派手に食器が割れる音が、宮内に響き渡った。

 

 一階で作業をしていた下働きの者たちの耳へも届く。久しぶりに始まったと、皆が一様に顔を見合わせる。

 しかし、すぐに全員がまた何事もなく仕事を始めた。

 騒ぎに気を取られ仕事を疎かにすれば、いつ何時(なんどき)自分たちの身にも降りかかってくるかわからない。

 侍女に同情しつつも、彼らは粛々と自身の仕事を全うしていた。


「……とりあえず、これだけやれば十分よね?」


「……はい」


 コソコソと会話を交わすとドアを閉め、エルザは息を吐く。

 病み上がりとはいえ、ヴィオレット妃があまり大人しすぎると怪しまれるとの理由で、エルザたちは小芝居を打つことになった。


 これはリアムからの依頼で、下働きの者たちから宮殿中へ噂話が広がることを期待してのこと。

 

「本当に、すごい方だったのね。ヴィオレット妃は」


「なんせ、侍女たちに『パールス宮には、絶対に配属されたくない。配属されたら、仕事を辞める』とまで言わしめた御方ですから」


 おっとりとした口調で、ニコニコしながら我が儘や暴言を吐いたという。

 

「そ、そんなことを……」


 目を丸くして驚いたエルザは、ようやく昼食を食べ始める。

 小芝居のせいでせっかくの料理が冷めてしまったが、こんな高級肉を残すなど以ての外。ましてや、皿ごと割って食べられなくするなど有り得ない。

 

 いくら依頼とはいえ、我慢できなかったエルザは考えた。真剣に頭を捻って考えた。

 そして、名案を思い付く。


「ふふふ、エルザ様のおかげで片付けが楽で助かります」


「食べ物を粗末にするのも、故意に食器を割るもの嫌なのよ。それを、片付けてもらうのもね」


 エルザが思い出したのは、ある光景。

 庭にいた母が麻袋に入れていたのは、欠けて使用できなくなったカップや誤って割ってしまった皿。

 何をするつもりだろうと遠巻きに眺めていたら、母はそれをおもむろに何度も地面に投げつけていた。

 

 気でも触れたのかと慌てて止めに入ったエルザに、母は笑ってこう答えた。「これで、イライラを発散していたのよ」と。

 聞けば、父と些細なことで口論となり夫婦喧嘩をしたのだという。

 

 イライラして目の前にあったカップを手にしたが、割れた食器を自分で片付けるのは面倒だし、使用人に片付けてもらうのは申し訳ない。

 考えた末に、この方法を編み出したのだという。


「割れた皿などは宮殿のごみ置き場にたくさんありますし、これならいつでも実行可能ですよ!」


「ははは……さすがに、当分は結構よ」


 満面の笑みで、デイジーは床に落ちている麻袋を拾い上げる。

 念には念を入れて袋も二重にしておいたため、床に傷もない。


「では、そろそろ食後のデザートをお持ちしますね」


「デイジー、そんな笑顔だと……」


「大丈夫ですよ。皆の前では、きちんと顔を取り繕いますので!」


 鼻歌まじりに楽しげな様子で部屋を出ていく侍女の後ろ姿を、エルザは苦笑しながら眺めていた。



 ◇◇◇



「母上、今日もご機嫌麗しく、恐悦至極に存じます」


「おはようございます……アルフィ殿下」


 離宮へ、またアルフィがやって来た。

 正体がバレて以降、彼は頻繁に顔を出すようになった。


 以前とは異なる行動に、周囲が不審に思うのでは?とエルザは心配したが、リアムによるとまったく問題ないとのこと。

 母親の体調を心配した息子の行動と、周囲は捉えているらしい。


 問題ないのであれば、エルザとしてはアルフィの相手をするだけ。

 正体を隠す必要がない分、気は楽だ。


「実はな、家庭教師からまた褒められたのだ」


そう言いながらアルフィが見せたのは、単語が書かれた用紙だった。


「もう、これだけの単語を覚えられたのですか? 殿下は勉強家ですね!」


「学園に入学するまでに、ある程度こなしておかなければ、他に示しがつかぬからな」


「皇族ともなると、いろいろ大変ですね。私は木っ端貴族で良かったと、心底思います」


 アルフィから「堅苦しいのは、いらぬ」と言われたエルザは、本当に気楽な感じで皇子と接していた。


「エルザは、単語はどの程度覚えたのだ?」


「そうですね……日常的に使用するものは、ほとんど書けるようになりました。それ以外は、まだまだ勉強中です」


 トールキン語を習い始めたのは、『物語を原文で読むため』と『朗読劇のために話せるようになる』ためだった。

 一番後回しにした『書く』ことが、いまだ苦手なのである。


 そんなエルザに、アルフィは対抗心を燃やしているようだ。

 これまで以上に勉強に身が入り、家庭教師から褒められることが多くなっている。

 

 いま二人は、どちらが字を綺麗に書けるか競い合っている。

 ひと回り以上も年の離れた子供を相手に大人げないとは思うが、好敵手(ライバル)がいることでお互いに高め合っている。


「エルザ、これを見よ。上手に書けたと思わぬか?」


「はい、とてもお上手です。ですが……」


「うん?」


「残念! 単語が間違っていますよ」


「なんと!」


「文字が一つ抜けています」

 

 エルザが正しい単語を書くと、アルフィは悔し気に睨んでくる。

 それから、何回も何回も同じ単語を繰り返し練習するのだ。

 そして、上手に書けたらまた得意気に見せにくる。 


 普段は大人びている皇子の何とも可愛らしい姿に、ついニヤニヤしてしまうエルザだった。



 


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