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悪女は、聖地巡礼を満喫する  作者: ざっきー
第一章

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聖地巡礼の旅に出ます 4


「これは、見事な二重らせん階段ね……」


「わざわざ図書館に来て、本じゃなく階段の見学とは……やっぱり俺にはさっぱり理解できん」


 踊り場の中央部分に立ち止まり、エルザは上を見上げ感嘆のため息をもらす。

 リアムの声は一切耳に届かず、呆れたまなざしも視界には映らない。

 ただ頭上を見上げ、ひとり静かに興奮していた。


「二人は別々の場所で本を探してから相手のもとへ行こうとするが、これのせいですれ違ってしまうんだよな」


「そう! それで、少し喧嘩になっちゃうのよね……ふふふ」


「ふ~ん」


「じゃあ、ここの次は茶店へ行くんだな?」


「ローマン、当たり! でも、その前に少しだけ写生と寄り道をさせてね」


 壁際に寄り、画帳を取り出す。

 ささっと、らせん階段を描きはじめたエルザを、二人は興味深げに眺めている。


「なかなか上手に描くんだな。『帝都恋物語』の挿絵になっても、おかしくないぞ」


「ふふふ……ローマン、お世辞でも嬉しいわ」


「エルザって、左利きだったんだな。全然気づかなかった」


「あそこ(宮殿)では、右手しか使っていないからね」


 二人を待たせているため、今は大まかな描写だけに留める。

 離宮へ戻ったら、記憶をもとに仕上げるつもりだ。そのために、(まぶた)にしっかりと光景を焼き付けたのだから。

 

 画集を片づけると、エルザはすぐに移動を開始する。

 リアムは慌てて後を追いかけたが、ローマンは目的地がわかっているようで後ろからゆっくりとついていく。

 エルザが立ち止まったのは、大きな書棚の前だった。


「上から二段目の、左から五冊目……あった、『花言葉大全集』! でも、やっぱり届かないわ」


「ほら、取ってやったぞ」


「ありがとう! 実際にやってみると、主人公も背はそれほど高くはないのね。そして、反対に彼はリアムみたいに背が高いと……」


「身長は、エルザよりも低いな」


 ローマンの何気ない一言に、エルザはいち早く反応する。


「えっ、主人公のモデルが存在するの? もしかして、恋人の彼も?」

 

「二人とも、実在の人物だぞ。俺はよく知っている」


「そんな方たちと知り合いだなんて、ローマンはすごいわね!!」


「ゴホン! エルザ、少し声を落とせ。司書につまみ出されるぞ」


 リアムがエルザへ向かって人差し指を口に当て、「静かに!」と口パクで伝えた。


「……ごめんなさい。つい、興奮してしまったわ」


 図書館は、本を静かに読むための場所だ。

 聖地巡礼者は、地元の人に迷惑をかけてはならないという(エルザたちが勝手に定めた)掟がある。

 

 それを守れぬ者に、巡礼者たる資格なし。

 自分の行動を顧み、深く反省したエルザだった。



 ◇◇◇



 次の聖地である茶店へ移動したが、店はエルザの想像よりも格式の高い高級店だった。

 ローマンによると、この店に来るのは貴族ではなく平民の中でも上流階級の者たちが多いとのこと。

 店内は落ち着いた雰囲気で、客層は老若男女問わず着ている服から高級感が漂ってくる。

 明らかに、場違いな恰好をしている自分。

 店に入ることを躊躇しているエルザの背中を、ローマンがそっと押した。


「ここの店主は、見た目で人を判断しない人だ。帝都の一等地にある店だから、どうしても価格は高くなるし、客も金持ちが多くなる。でも、たまに贅沢をしようとやって来る庶民を拒絶することはしない。物語の中でも、そういう描写があっただろう?」


 ローマンの言う通り、作中でもエルザのように店に入ることを躊躇していた恋人たちを、店主自らが恭しく招き入れる場面があった。


「あれって、実際にあった話なのね?」


「物語だから多少は脚色されているが、概ね事実だぞ」


 そんな話を聞けば、勇気が湧いてくる。

 せっかく店の前まで来たのに、外観を眺めるだけで帰るのは嫌だ。

 

 エルザの住むメイベルナ王国からトールキン帝国は遠い。

 こんな機会はもう二度とないのだから、今を楽しまなければもったいない。

 

 一歩踏み出したエルザの手をリアムが取る。

 

「俺がエスコートする」


「うふふ、ありがとうリアム。よろしくお願いします」


 入り口でローマンが店員へ何かを告げ、三人は店の奥の半個室へ案内された。

 ローマンによると、モデルの二人が座った席がここだと言う。

 エルザは感激しながら、物語と同じ物を注文する。

 

 主人公たちが頼んだのは、チョコレートケーキのザッハトルテとガトーオペラ。

 二つとも見るからに甘くて濃厚そうなケーキに、甘い物は苦手だと言うリアムが無糖の紅茶を飲みながら顔をしかめている。

 

「もしかして……エルザが両方とも食べるのか?」


「もちろん! 味の違いを確かめたいし。でも、さすがに太るかしら?」


「だったら、俺が半分ずつ食べてやるよ……『ネイサン』のようにな」


 物語では、二種類のケーキを食べたいとクロエが我が儘を言い、恋人のネイサンと半分こするのだ。

 それを、ローマンが再現してくれるらしい。

 エルザはお言葉に甘えて、ケーキを半分ずつ切り皿を分ける。

 一つをローマンへ渡そうとしたところ、なぜか横からリアムが取り上げた。


「……俺が食べる」


「リアムは無理しなくていいのよ? 甘い物が苦手なんだから」


 今日のリアムは、いつも以上にローマンと張り合っている。意固地になっていると言ってもいいくらい。

 何を言われても「俺が食べる」の一点張りで、結局リアムが食べることになった。


 エルザは、二つのケーキを交互に食べ比べながら綺麗に完食した。

 リアムはというと、一口ずつ食べただけで手が止まる。

 

「リアム、残りは俺が食べてやろうか?」


「まだ、食べないとは言ってないぞ!」


「まったく、おまえは子供か……格好つけて」


「う、うるさい!!」


 最後にちょっとした喧嘩になったのは、いつもの話。

  


 ◇



 時間がなくなり計画通りにすべては回れなかったが、それでもエルザは大満足で宮殿へと帰還する。

 周囲の注目を集めないよう、門から離れた場所でリアムたちとは別れた。

 

 支度部屋でお仕着せに着替え、意気揚々と離宮へ戻ってきたエルザを待っていたのは───息子のアルフィだった。




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