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5.おたすけオエッ

 ジリリリリリ……とそこかしこでキリギリスが鳴いている。

 とっぷりと夜が更けた頃、ハウスのすみっこで、マオは暗視ゴーグルをつけてしゃがみこんでいた。

 鬼久川も同じく暗視ゴーグルと、それから腰のホルスターには拳銃がしまわれている。外から見てすぐ分かる位置にホルスターがあるのは、これだけでも相対する者への脅しになるからだ。

 余程出番はやってこないだろうが、弾丸も装填されている。弾頭がゴム製で殺傷性の低いものだ。

 それからもう一つ。鬼久川は、畑という場所にぴったりな道具を手にしている。

 (くわ)、だ。

 ノームは何故かナスに執着している。ピーマンやミニトマトでなく、ナスに。根こそぎになった畝に気付いて必ず地上に出てくるだろう。また潜られないように鬼久川が土を掘り起こしながらマオの前までノームを誘導する。

 さて、最終確認だ。

「なるべく深く掘ってください。相手は土潜りのプロですから」

「はい」

「可能であれば捕縛を。静止している方が確実に浄化できますので」

「いました」

「はやっ」

 一瞬だが、ゴーグル越しのマオの視界にも、土からひょこっと生えてまた消えた頭が一つ映っていた。

 鬼久川が早速クワを使う。振りかぶり、振り落とす。

 ガタイが良いので一連の動作も大ぶりになり、すっぽぬけて来やしないかとマオは冷や冷やした。農具の使い方がなってないのではなく、むしろ堂に入ったさばき方を見せてくるものだから怖いのだ。先程握りつぶしたナスのように、力の振るい方に容赦がない。

 この新人騎士は、何事にも手を抜かない真面目な性格なのかもしれない。

 ぴょこんっとカエルのように飛び出す影が一つ。また消えるもマオとの距離は縮まっている。

 影が消えた穴にすばやく鬼久川が腕を肩まで突っ込む。引き上げた。

「抜けました」

 大根か。

「放せーっ、この巨人っ!」

 片足をつかまれ逆さまに揺れているのは、身長五十センチ程度の小さなヒトの姿。人間の新生児と、成人したノームの平均身長はほぼ同程度だ。

「降ろしてあげてください」

 マオの指示のもと、鬼久川はノームの両腕を拘束し、地面に両膝を着かせた。

 正座して向き合い、マオは語りかける。

「くそっ、はなせっ」

「大人しくしてくれたらすぐに終わりますよ。さあノーム、自覚はないでしょうが、あなたは瘴気に侵され、魔物となっているのです。サンクス神の御名の下、浄化の祈りを捧げます」

「浄化だって!? いやだーっ! まだやることがあるんだーっ」

 どれだけ暴れても鬼久川の拘束から抜けられないのを確認し、マオは目を閉じた。

 両手を組み、深呼吸を一つ。そうして、天上におわす神に語りかける。

「聖女マオの名の下に祈りを捧げます。神よ、我々を見守ってくださり感謝いたします。いま、あなたの子が、魔王の手にかかって悪さをしています。どうか、罪をお許しください。そして、罪を犯したこの子にふたたび愛をお与えください」

 いつものように返答を待つ。しばし沈黙が辺りを包み込んで。

「神様?」

 背中にだらだらと汗が流れる。お、応答がない……?

 浄化の力は、神の御業(みわざ)だ。聖女はあくまで神と地上を結ぶ媒体だ。

 教会指定の聖句がお気に召さないのであれば、お願いの仕方を変えなければいけない。

 ノームの土に汚れた頬に指先で触れ、やけくそで祈る。

「……神よ、日々の糧を恵んでくださり感謝いたします。ナスの浅漬けは正直とてもおいしかったのですが、あの形はいかがなものでしょう。子供の情操教育に悪いと思うのです。罪を犯したこのノームに償いの機会をお与えください。そのために魔王の瘴気を払う力を私にお与えください」

『えー聞こえないよう』

 あっサンクス神様! いや聞こえてますよね。

『わたしジジイだから耳遠いの。君さぁ、本当に聖女? もっと腹の底から声出して感謝の意を捧げてくれんかね?』

 脳内に直接声が響くのはいつも通り。だが、こんないじわるな神様はじめてだ。いつもなら一度聖句を唱えれば力を与えてくださるのに、これは一体どういうことだ。

「ぎゃあっ」

 猫が尻尾を踏まれたのではなくて、マオの悲鳴だ。

 突如、足場が消えるような浮遊感に襲われたのだ。

 反射でつぶった目を再び開けたときには、マオの体は、腰まで土の中だった。それで終わりではなく、アリジゴクのようにずぶずぶ沈んでいく。あっという間に胸まで埋まってしまった。

 その胸の下からくぐもった声が上がる。

「おいらたちにはまだやることがあるんだ! 邪魔するなら顔まで埋めてやるからな!」

「もう一人いたの!?」

 ぷはっと顔を出したノームは、マオの体を足掛かりにぐいぐい地上へ這いだそうとする。例え赤ん坊サイズでも、当たり所がわるければ結構な衝撃になる。

 胸を踏まれ、息が押し出される。

「ぐ、ぐるし……」

 胸部の圧迫感が消えた。

 同時にノームの姿も消えている。

 鬼久川の両手にはノームが一人ずつ、片足を掴まれぶらぶら揺れていた。

 二人の顔は瓜二つだ。

「くそっはなせ! お前も埋めるぞ!」

「まだ仲間がいるのか?」

 鬼久川は冷静だ。

「い、いないけど……、いやいる! 百人くらいいる! だから邪魔するなっ」

「そうだ! あの人にこの気持ちを伝えるまでおいらたちは止まらないんだっ」

「却下」

 ぽーん、ぽーん。鬼久川が両腕を交互に振り上げた。

 ぎゃあああと悲鳴と共にノームが順に宙に浮く。ハウスの天井ぎりぎりまで浮き上がり、鬼久川の手に落ち、またすぐに押し出される。二人は中空でクロスを描いていた。反対の手に落ち、また空中へ送り出され、また反対の手に落ちる。くるくると鬼久川の手の間を移動する。次第に移動速度は増し、ノームの体自体にも回転がかかり始めた。

 我に返ったマオが制止をかける。

「鬼久川さん! ちょっと!」

「聖女に手を掛けるとは、命知らずにも程があります」

「私のことはいいですから!」

 まだ埋まって身動きできないでいるので良くはないのだが、今はそんなことよりノームがそろそろ限界そうだ。

「ごめんなさ……ご慈悲を……まお……」

「知らなかっ……まお……おたすけオエッ」

「ほらもう反省してますし!」

 どうして私の名前知ってるの? ともかく止めなければ。マオはもう一度叫ぶ。

「騎士キクガワ! 止めなさい!」

 ぴたっ、とリズミカルに動いていた腕が止まる。

 支えの手を失ったノーム二人は、ズボズボッと土に生還した。

 足しか見えなかったので、また鬼久川が引っこ抜き、それぞれ両手を縛って転がした。

 さて、後は祈るのみだが。

 地面から見上げると、ノームでなくてもこの男は巨人に見える。

「手を貸しましょう」

「……お願いします」

 情けないにも程がある。

 頑張ってはみたのだ。だが、ノームより体重がある分、深くまではまり込んで自力では抜けそうも無かった。

「首に腕を」

「ううっ、すみません……」

 マオが腕を回し、鬼久川が脇の下に腕を差し込んだとき、互いの耳が触れた。

 そして。

「おえっ……」

 突然のめまいがマオを襲う。

 土から引き上げられ、四つん這いでうずくまった。

 すうっと不快感が消えていく。

「聖女マオ、大丈夫ですか」

「立ち眩み、かな? 重ね重ねすみません。もう大丈夫です」

 立ち上がって土を払う。うえっ、作業着の中にまで土が。

 鬼久川は逡巡するように沈黙し、

「二人が気絶しているうちに祈りをお願いできますか。私はすこし、外を見てきます。何かあれば呼んでください」

「ああ、はい」

 本来なら祈りが終わるまで聖女の側で待機するのが望ましいが、また二人をジャグリングされても困るので制止はしないでおく。

 気を取り直し、深呼吸して両手を組む。

「聖女マオの名の下に祈りを捧げます。神よ、我々を見守ってくださり感謝いたします。いま、あなたの子が、魔王の手にかかって悪さをしています。どうか、罪をお許しください。そして、罪を犯したこの子にふたたび愛をお与えください」

 あっしまったいつものクセで。これでは聞き届けられないのに。

『聖女マオ、あなたの祈りに応えましょう』

「え?」

 教会指定の聖句は、先ほどの失敗に反してあっけなく聞き入れられた。

 天から光の粒子がノームへと降ってくる。地上に積もった星たちはその輝きを強くしながら二人の体を包み込んだ。

 ひときわ強く輝くと、二人の体へ、土の地面へ、水のように吸い込まれて消えていった。

 ともあれこれで。

「浄化完了」




「セッ○スアピールのつもりだったんだ」

 浄化後特有のとろんとした目でノーム(土橋・兄)が言った。

「あの子がナスに唇を寄せるところを見ていて思ったんだ、もっと魅了しなきゃって」

 ノーム(土橋・弟)が言った。

 それで実をあの形にいじくったと。呆れたものだ。

 マオの表情を見て、土橋兄弟は反論を試みる。

「その顔、嘘だと思ってるな? 見たことないくせに」

「膨張率は計算して一致させたんだぞ! ……なんでそこまでしたんだっけ」

 浄化が甘かったかもしれない。土に埋めたい気持ちを押し殺す。

「で、効果はあったんですか?」

「わからない」

「だって話しかけられないし」

「あなたたち、瘴気にあてられて魔物になっていたんですよ」

 兄弟は顔を見合わせると唇を真っ青にして抱き合う。

「ちびりそう」「ちびった」「まおー」「まおー」と泣き言まで漏らしている。

 自分たちを狂わせた瘴気の発生源たる魔王が恐ろしいのか、それとも実はマオを小馬鹿にしているのかどっちだ。

「聖女マオ」

 振り返ると、鬼久川がハウスに戻ってきたところだった。一人、連れ添いがいる。

 その人は、胸元の開いたパーティドレスを身に着けて、巻き上げた髪はやや崩れていた。むわっと酒精と香水の匂いがマオの鼻に届く。「あれぇ、私のナスはぁ……?」と土を踏むヒールの足下がおぼつかない。

「どちらさま?」とマオは鬼久川に問う。

「ハウスに入ろうとしていたので案内しました。ナスの精気を吸いたいと言われたので」

 振り返れば、土橋兄弟が正座でもじもじしていた。「あの子?」と小声で問うとウンウン頷く。「ニンフ?」と重ねて問えばウンウンも重なる。

「おいらたちのヴィーナスだ」

「おいらたちが育てた美ナスを愛してくれたんだ。ヴィーナスだけに」

 兄弟を無視し、マオはニンフに話しかけようとした。が、その前に鬼久川に向き直る。

「なぜ彼女の頭に銃を突き付けているんです?」

「吸われそうになったので」

「ああ……」

 ニンフは生物が持つ精気を糧として生きているが、許可なく人間を襲ったり、他人の畑の野菜から吸い取ったりするのはもちろんアウトだ。

 改めてマオは何故かべそべそ泣くニンフに話しかける。酔っ払いとはこういうものだ。

「ここのナスから精気を吸い取っていたのはあなたですか?」

「そうよ、だってすごくおいしいの。瑞々しくて、フルーツみたいで。形もとってもかわいいし」

「ヴィーナス、こちらを」

 土橋兄弟がすっ飛んできて、隠し持っていたらしい例のナスをニンフに差し出した。おいこら。

「まぁ、ありがとう」

 でれっと双子がふやける。

 ニンフがナスに口づける。

 みるみる萎れ、見覚えのある「すごくまずい」ナスが出来上がった。

「ナスが好きなら、スーパーでちゃんと買ってください。最低限、畑の所有者に許可をとるなり買い取るなりしてください」

 ニンフはきょとんとした。

「……そうよね、私、酔いすぎちゃったのかしら。仕事帰りにここを通るといつも抗えなくなっちゃうの」

「ちょっと失礼しますね」

 案の定、ニンフにも瘴度計が反応を示したので聖句を唱えたのだが、また神様に駄々をこねられてうまくいかなかった。

 途中で鬼久川が依頼主の森元を呼ぶためにハウスの外に消えた。これ以上後輩に情けない姿を見せられないので、その隙を狙って再チャレンジする。すんなり成功した。

 原因を探りたかったが、土のベッドですやすや眠ってしまったニンフの周りを兄弟がうろちょろするのでそれどころではなくなってしまった。

 寝ずに待っていてくれた森元をハウスに呼び、ニンフを起こし、事情を説明する。

「謎が解けてすっきりしたわ」

 森元に怒る様子がないどころか、マオと鬼久川が後片付けをしているうちに、なぜかみんなで一緒に畑をやることになっていた。

「わたし一人で畑を維持していくのは荷が重いって思っていたところなのよ」

 お任せください! と兄弟がその足下で胸を張っている。

 スナック辞めようかしら、とまだ赤みの残る顔でニンフが呟いた。

 

 仕事を終えたマオは、森元が夜鍋して仕込んだ例の「すごくおいしい」ナスの総菜を断ることができなかった。

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