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11.やみ、おち

 今日も今日とて出張聖女のお仕事である。

 場所は、県内有数のY温泉。千年以上前に開湯された歴史ある温泉街で、宿が十軒ほど立ち並ぶ渓谷は景勝地としても名高い。

 教会第三支部と同市内にあるのだが、マオはまだプライベートでも訪れたことが無かった。

 依頼主は旅館のオーナー、白戸だ。

 マオと鬼久川は旅館の一室に案内され、温泉まんじゅうとほうじ茶をいただきながら話を訊いた。

「温泉が出なくなってしまったということですが」

「はい、先月からぱったりと。いまは別の泉源からタンクに汲み上げて車で旅館まで運んでいるのですが、人力にも湧き出し量にも限りがありますし、泉質にこだわられるお客様もいる。一日でも早く元の源泉を復活させたいんです」

「その、元の泉源? が塞がれてしまったのは、瘴気のせいだとお考えなのですね」

 ()()は温泉の湯そのものを指し、()()はその湯が湧き出す場所という使い分けか。言いなれないとなかなか混乱する。

「実は、その泉源、第十号泉にはサラマンダーの力が働いていまして」

「こちらは火山性の温泉ではなかったですよね?」

「おっしゃる通り県内に火山はありませんが、地熱が彼らを呼んだのか、彼らが地熱を生み出しているのか……、ともかく数年ほど前から気に入って棲みついてくれているんですよ。地域復興の一環で彼らの存在を推していこうと考えていた矢先だったのですがね」

「……ああ! だから着ぐるみを」

 マオたちを出迎えたときから、白戸は赤い皮膚とトカゲの頭を持つ着ぐるみを身に着けていた。趣味なのだろうと思って突っ込まなかった。

「はい、シン・サララちゃんです。かわいいでしょう」

 撥水しそうなつるつるした手(五指の爪はジェルネイルか?)が腹のポケットからスマホを取り出し、そこにぶら下がるキーホルダーを見せてくれた。温泉に浸かってふやけた顔をするデフォルメされたサラマンダーだ。先ほどいただいた温泉まんじゅうにも、これと似た顔の焼き印がついていたことを思い出す。

 こう言っては何だが、可もなく不可もなくのキャラクターで、特徴がないというか、好きな人は好きだろうというか。

「……お子様は喜ぶでしょうね」

 無難な感想だけ述べておく。

「そうでしょう! 実はサララちゃんは変身するんですよ。第一形態がトカゲで、第二形態が人型になるんです。僕のこれは第二形態ですね」

「そうでしたか」

「サラマンダーたちが出てこないとなると、この着ぐるみも使いどころがなく……。彼らに魔が差したんじゃないでしょうか? 源泉が枯れたのもそのせいに違いないんです」

 サラマンダーは火の精霊だ。見た目は赤い肌をしたトカゲで、大きさも人間の大人の手のひらに乗るサイズだ。地上あるいは地下の高温地帯を好んで暮らしている。

 マオと鬼久川は、旅館内にある大浴場やボイラー室を見せてもらい、外に出て、枯れてしまったと言う泉源へやってきた。

 温泉街のはずれにあって、小屋が一つ。湧き出し口はドーム状のガラスで塞がれている。

 ドームを覗いても、暗くぽっかりと空いた穴しか見えなかった。

 本来であれば常時温泉が湧き出ていて、その様子がドームから確認できる。白戸の旅館は、地面の下に這わせたパイプでここから源泉を引いていたという。

 この小屋のあたりでサラマンダーを見かけることもあったらしい。SNSで軽く検索をかければ、先月までの日付でサラマンダーの写真をアップしているアカウントがヒットした。しかし姿が消えたという白戸の証言通り、直近の日付では見当たらなかった。

 それにしても。

「サラマンダーといえば、第一支部管内のボヤ騒ぎがありましたね」

「浄化には失敗しているようでしたね。何か関係があるのでしょうか」

「最後に被害の出たN市とは離れていますが、油断せずいきましょう」

 小屋の下で瘴度計が瘴気を計測したので規制線を張り、客が立ち入らぬようにした。さて次は。

「彼らを呼びましょうか、もう着いているでしょうし」

 今回の依頼が本部から下りてきたタイミングで、マオは助っ人を呼ぶことを考えていた。人間の手にあまる案件は、内部あるいは外部の、人間以外の種族に協力を要請することもある。もちろん謝礼は出す。

 スマホを取り出したとき、背筋を悪寒が走った。

 辺りを見回して――最悪だ。

 浴衣姿で、のんきに串にかぶりついている男。先日届いていたメールは即刻削除したが、残念ながら存在までは頭から消去できていない。例え、偶然、プライベートだったとして、マオにとってエマージェンシーであることに変わりはない。

 そう、椎葉である。

 鬼久川の腕をむんずと掴み、小屋の後ろへ小走りで回る。

「どうしました」

 先輩が挙動不審だと不安になるよね、そりゃあ問いたくもなるよね。

「ちょっと知り合いがいて。ほら、あそこにいる。鬼久川さん、知ってます? 椎葉って言うんですが。いまは第一支部所属で」

「存じませんね。しかし同僚相手に隠れる必要が?」

 おい勇者、魔王は相手にすらしてないぞ。

「何ていうか、粘着されていると言いますか」

「ストーカーですか? 教会に相談は」

「あいつ会長の孫で、何回訴えても暖簾に腕押しというか……。この支部に異動してきたのもたぶん絶対あいつのせいだし、いや離れられたのはいいんですけど。でもプライベートではまったく被害はないし、気にしすぎですよね」

「そうは思えませんが。例え業務中だけとしても、作業能率はさがるでしょう。何よりマオ先輩の精神的負荷が心配です」

「鬼久川さん……」

 ほろりとした。動揺のあまりしゃべりすぎたと反省すらしたのに、そんな優しい言葉が返ってくるとは。そうだよね、わたし考えすぎかと思っていたけどやっぱり椎葉も教会もクソだよね。おっと聖女がはしたない言葉を。

「あなたが聖女でなければ、私の部下にしたいところです」

「……魔王やめる気あるんで?」

 前後の脈絡が良く分からないが、ウンディーネと言い、ホイホイ部下を集めてどうする気なのか。

「魔王を辞めるその日まで、特権なり能力なり、使えるものは使わなければ」

「はぁ、合理的なんですね」

 聖女である私を部下に誘うのも、合理ってわけね。

「マオ先輩はなぜ私に敬語なんですか。年下の後輩なんですからタメ口で構わないのに」

「だって同僚ですし」

「……距離を置いているんですね」

 どうしてしょんぼりする。

「年功序列に関係なく、対等な相手として見てるってことですよ」

 魔王相手に聖女が対等というのもどうかと思うがそれはそれ、である。




 何とか椎葉をやりすごし、予定通り助っ人を呼んだ。

 チ○チ○事件を引き起こしたノーム、土橋兄弟だ。

「まおー」

「まおー」

 鬼久川には硬い顔で一礼するくせに、身に着けているのは気が早くも浴衣だ。しかも彼らが絶賛懸想中のニンフまで連れて来ている。名前はヴィーナス、じゃなくて花村だったか。

「おばあちゃんは宿で休んでいるよ」

 森元さんまでおるんかい。

「あなたたち二人分しか謝礼はでませんよ?」

「おいらたち、今日は花ちゃんにいいところを見せたくて連れてきたんだ。協力してくれよ、セージョ」

「ではサラマンダーを捜してください。千メートルくらい掘ってもらえます? もしくは新しい源泉掘り当ててください」

「鬼だ。まおーだ」

「まおーがセージョに移ったんだ」

 人聞きの悪いことを言うな。

「はい、防火衣を着てください」

 防火衣は、消防士が使用しているものをベースにして教会の研究開発部がアレンジを加えたものだ。ノーム用のサイズが支部にあってよかった。

 彼らには、泉源の周囲、土の露出した地面から地下へ潜ってもらい、サラマンダーを捜してもらう。

「花ちゃん……おいらたちのヴィーナス……しっかり見届けておくれ」

「無事帰ってこられたら、君に伝えたいことがあるんだ……」

 兄弟は死亡フラグを立てまくり、花村の両手に熱烈なキスを落としている。

「さて、あなたたちにまた卑猥なものを作らせるわけにはいかないので……」

 マオは自分でも渋い顔をしている自覚はある。鬼久川に向き直った。

「息止めたら、瘴気も止まったりとか」

「呼気に含まれているわけではありませんので……」

「くっ」

 差し出された鬼久川の手首を掴んだ。

 聖句を唱え続けるという方法もあるのだが、地中深くとなると祈りが届くか微妙なところだ。体力を温存するという意味でも接触のほうが幾分楽だった。なぜなら。

「……前より気持ち悪くない」

 めまいが無いわけではないが、口を押さえてうずくまる程ではなかった。

「慣れたのかもしれませんね。私にとっても嬉しい限りです」

 我慢できなくなったら祈りにチェンジしよう。

 接触していると、じょじょに小屋周辺の空気が澄んでいくのが分かった。ただイメージとしては、地下深くにある瘴気の穴に蓋をのせて踏んでいるだけだ。うっかり足をずらせば蓋が浮いて瘴気が噴出するリスクがあるのでは? とマオは不安に襲われた。

「これ……、止める時間が長くなるほど地下で滞留した瘴気が噴き出すんじゃないですか?」

「止めるというより、打ち消すという表現が正しいかもしれません。手を離した瞬間に噴き出す可能性は低いでしょう」

「ならよかったです」

 土橋兄弟は、花村の手にキスをしすぎて真っ赤に腫れた唇を防火衣で隠し、まるでプールにダイブするように地面に潜っていった。重機の使用は白戸に嫌がられた。となると途端に人間は役立たずになる。彼らに協力を頼んで正解だった。

 兄弟が戻るまで、あとはひたすら待機だ。

 同じく待機する花村が、マオと鬼久川の、主に接触部分を見てにこにこしてくるので、マオは背中で隠しつつ話しかけた。

「どうですか土橋兄弟は、また悪さをしていませんか? 言い寄られているようですが、何かを強引に食べさせられたりとかは」

「あら、そんなことないわ」

「あなたも魔が差してはいませんか?」

「大丈夫よ。わたし、夜の仕事ばっかりで、農業なんてしたことなかったけど、いま楽しいもの。自分で作った野菜から精気を吸い取るって、なんか光源氏っぽくないかしら」

 この人も大概である。

「マオ先輩」

「なんです」

「来ました」

 鬼久川が指を向けるその先を確かめ、胃がぐるっとねじれた気がした。

 近くにいると分かっていて、どうして油断してしまったのか。

 マオちゃん、とその男は不穏な声を出す。

「俺と言うものがありながら、そんな男と温泉デートを……?」

 言うまでもなく椎葉のセリフだ。小屋の下にいるマオのもとへどんどん近づいてくる。

「仕事です。邪魔なので、それ以上来ないでください」

「だって手つないでんじゃん。俺だって繋ぎたいの我慢してるのに」

「これは……っ」

 とっさに手首を離そうとしてしまい、鬼久川が止めてくれた。危ない、危ない。土橋兄弟がまだ潜っているのに。

「……ガラス恐怖症なんですよ。これ、乗ったら割れそうで怖くて、支えてもらってるんです」

 ガラスのドームに視線を向ける。

「じゃあここからは俺がマオちゃんを支えるよ。だってさあ、勇者である俺の聖女は君だろ? コールセンターにいるときは仕方なかったけど、現場なら相棒は俺しかいないでしょ。それを直接伝えるために今日はここまで来たんだぜ?」

「そうですか。貴重なご意見ありがとうございます。お帰りはあちらです」

 他支部の聖女の出張先をリアルタイムで把握するなんて、縁故特権を使ったに違いないのだ。ここまでバレずに来れたのが奇跡だったのかもしれない。

「怖いんだろ? 無理するなよ」

「マオ先輩」

 割って入ったのは鬼久川だ。

 マオの前に立った鬼久川に、椎葉が鼻白む。

「なんだよ……?」

「マオ先輩、勇者って何です?」

「魔王を倒す宿命を背負っているとか何とか。その人以外でそう言うのを聞いたことはありませんが」

「つまり、空想上の英雄になりきっていると」

「そうですね。教会にそんな肩書ありませんから」

 新人の頃は気づけなかったが、つまりそういうことだ。「勇者」なんてどこからも、教会からも保証されておらず、ただの痛い自称でしかないのだ。

「おいお前、新人だろ! 生意気な口叩くな」

 椎葉が顔を真っ赤にさせ、鬼久川に掴みかからんとしたときだった。

 ぼこっぼこっと土橋兄弟が地面から顔を出した。

「真下に百メートル掘ったけどいなかったぞ!」

「穴の周りにはぜんぜん一匹も!」

「百メートル? この短時間で? ボーリングマシンも形無しじゃないですか」

 マオが素直に感嘆すると、土に汚れた兄弟の頬が自慢げに膨らんだ。

「そうだろう! でも別の場所にいたぞ」

「大渋滞だったぞ」

「別の場所? 大渋滞って」

 兄弟が息ぴったりに示した先には。

「……なんだよ?」

 椎葉がいた。

「……なるほど」

 鬼久川が呟き、自身の手首を掴んだマオの手に触れる。指を一本ずつ優しい力で剥がした。

 つまり、接触を解除した。

 そのわずか数秒ののち、地獄の門が開いた。

 ガラスドームは砕け散っていた。まるで間欠泉のように、ごうごうと音を立て、目に見えるほどの濃度をたたえ、穴から瘴気が噴き上がっている。

 マオは頭で考えるよりも先に体が動いていた。土橋兄弟を引っこ抜いて抱き上げ、花村の手を引っ張って瘴気から離れた。

「セージョの胸に抱かれちゃった……意外と大胆……」

「心が洗われる……ハナちゃんこれ浮気じゃないよ……」

「うるさいっ! もう一回ジャグリングされたいのかっ!」

 マオたちが小屋から脱出した一方で、鬼久川と椎葉は依然として睨み合っていた。

「自称勇者シーバ」

「自称って言うんじゃねえ」

「魔王を倒すのだとか」

「そうだ。何か文句あっかよ」

「絶好の機会では?」

 鬼久川が自身の胸を指す。

「はぁ? 何言ってんだお前」

「倒そうとする相手も分からないとは。やはり自称は付けたままのほうがいいようですね」

「ハッ、魔王とでも言いたいのかよ?」

 鬼久川が笑わないので、椎葉の顔が強張っていく。

 瘴気と鬼久川の間を視線が行ったり来たりしていた。

「ま、まおう……?」

 椎葉の口がぽつりとそう漏らし、視線がマオを捕えた。鬼久川を見て、またマオに戻す。顔が愕然とした表情を作り、続いた言葉は。

「やみ、おち……?」

 マオがツッコむ間もなかった。椎葉の周囲に火の手が噴き上がったのだ。

 その炎から何かが飛び出してくる。サラマンダーだ。その数、十や百では到底足りない。

 サラマンダーたちは一様に椎葉の体を這い上がり、張り付いていく。集合体恐怖症のみなさんにはキツイ光景だろう。彼らが張り付いた椎葉の体表は幾重にも層をなし、膨れ上がっていく。縦にも横にも巨大化し、赤い皮膚がピンク色へ変貌した。

 あぎとが開かれ、天へ向かって炎が吐き出される。

 ドラゴンの完成だった。

「あいつらすっかり魔が差してるな」

「チ○チ○作るくらいにしておけばいいのにな」

 土橋兄弟がしたり顔で頷いていた。

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