サイドストーリー「十三の拳、二つの覚悟と研鑽」 Thirteen Fists, Two Determinations, and Perseverance
内側で、何かが牙を剥いていた。
それは、精神の底に封じていたはずのもの。
けれど今、その獣は表層まで這い上がっている。
唸りをあげ、九つの尾が荒れ狂うように暴れ、熱を放つ。
晴明は知っていた。
それが何か──誰でもない、自分自身だ。
九尾。
己に巣くう獣性、欲望と破壊の塊。かつての“彼”でもあるもの。
だが、晴明は封じようとは思わなかった。
力で押さえつければ、綻びひとつですべてを喰い破る。
ならば――共に在ればいい。
思考を分ける。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
意識の層をずらし、九尾を“並列”に配置する。
押し込まず、背負わず、ただ共に立たせる。
その瞬間、身体に変化が現れる。
背骨が熱を帯び、肩甲骨の奥で獣の骨が軋む。
皮膚が裂ける。音もなく、新たな四本の腕が伸びた。
しなやかで、重い。
意志を宿したかのように蠢く六本の腕。
その背後で、尾が揺れるたび形を変える。
毛先が拳となり、質量を持つ。
風を割り、地を叩き、圧を生む。
九つの尾が、それぞれ獣の拳に変わっていく。
六本の腕、九本の尾。
十三の拳が、空に浮かぶ構えをとった。
その瞬間──
「……面白ぇ事やってんなぁ」
風が止んだ一瞬、声が届く。
そこに立っていたのは、音もなく現れた男。
芦屋神祖。口の端をわずかに上げ、静かに笑っていた。
「今のは九尾か? それとも晴明か?
どっちでもいいが……今、お前、相当ノってる顔してんぞ」
晴明は振り返らない。
そのまま、片眉をわずかに上げて返す。
「制御しないと、腐るからな。寝起きみたいなもんだ」
「ほぉ……」
芦屋は肩を回す。
手首にはスライムが絡みついていたが、もはや慣れた様子だった。
「じゃあ――踊ってくれるってことでいいな。
ちょうど身体を温めたかったとこだ」
晴明の背後で、尾が軋む。
一本が、拳のように変じ、音もなく空気を裂いた。
尾が地を這い、拳が空に構える。
晴明は、低く静かに告げる。
「こっちも十三本。……一発くらいは、入ると思ってくれて構わない」
始まる。
六本の腕が、同時に構える。
九つの尾が、風を裂き、時間差で舞い上がる。
風圧。重力。流れと質量が重なり、拳は群れとなって芦屋へ迫る。
そして芦屋は──笑ったまま、それを迎え撃つ。