第九十話《適応進化戦闘モード・南無三特化型 vs 千夜傘の舞手》
焼けた大地に、風が息をひそめた。
互いに一歩も動かず、ただ、次の瞬間だけを待つ。
その静寂を切り裂いたのは、ただの一歩。
ホムンクルスの、無音の踏み込み。
次の瞬間、視界が弾けた。
拳が空気を裂き、足が地を断つ。
目に映るよりも早く、ホムンクルスは南無三の懐へと踏み込んでいた。
「――ッ!」
南無三は瞬時に舞へと転じた。
体の軸をずらし、肘で軌道を逸らす。
着物の裾が翻り、彼女の技が空間に花弁のように咲く。
しかし――その“美しさ”を、ホムンクルスは見ていなかった。
《攻撃意図解析――完了》
《対象:南無三。戦闘パターン蓄積率92%》
《全行動、予測完了。――排除開始》
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南無三の掌が鋭く突き出される――が、空を切る。
ホムンクルスはそれを“すでに知っていた”。
そこからは一方的だった。
跳びかかる膝を受け流され、反撃の肘が内側に潜り込む。
足運びすら読まれ、舞が“型”へと還元されていく。
「……ウソでしょ……全部、読まれて……る……?」
動揺を見せた瞬間、打撃が脇腹に突き刺さった。
吐息の中に血の味が混じる。
「解析率、100%。適応完了。――再演終了」
ホムンクルスの動きが、完全に変わった。
ただの模倣ではない。
南無三の技を学び、改良し、
“彼女以上に舞い始めた”。
その姿はまるで、
本人が否定されていくかのような戦いだった。
掌打が顎を跳ね、膝が胸元を砕く。
踵が背を抉り、重心が浮いたところへ、回転肘が顎に突き刺さる。
「ッ、が……あっ……!」
体がついてこない。
動こうとする意志に、肉体が遅れる。
舞いで構築した“空間の支配権”が、奪われていた。
(……こんな、形で……)
「まだ……まだだよ……!」
血を吐きながらも、南無三は立ち上がる。
その目に残っているのは、諦めではない。誇りだった。
「“てへぺろ”は……まだ、早いでしょ……!」
残響のように微笑むと、再び風が巻く。
最後の型、《千夜傘・終ノ舞》が開帳される。
幻のように分身が走り、空気がねじれ、音が消える。
南無三の真骨頂――目で追えない動きによる一点集中打。
だが。
「演算予測、収束完了」
「――その“舞”、もう見た」
ホムンクルスは、一歩踏み出しただけで、
すべての分身を打ち砕いた。
空中から襲いかかった南無三の本体を、
回し蹴りで打ち落とす。
着地寸前、腹に鋭い膝。
息が止まる。
その瞬間、ホムンクルスの右手が南無三の首元を掴んでいた。
「“あなた”を超えることで、“私”は完成する」
最後の打撃――
掌底が、正面から南無三の胸を撃ち抜いた。
――ドゥ。
重い音が響く。
身体が宙を舞い、地に叩きつけられる。
もう、立てなかった。
ホムンクルスは一歩退き、冷静に姿勢を整えた。
風が戻ってくる。
土の香り。血のにおい。
そして、舞台の終わりを告げる静寂。
南無三は仰向けのまま、わずかに笑みを浮かべた。
「……ほんとに、強くなったね、ホムくん……」
「……次は、こっちが勝つから……まっててね……」
ぺろり、と舌を出して、片目を閉じる。
「……てへ、ぺろ☆」
瞳が閉じる。
風が彼女の髪を、やさしく撫でて通り過ぎた。
その先に、終わりがあった。
――戦場には、再び静寂が降りた。