第八十六話「九尾解放」Release of the Nine Tails
どう考えても――無理だ。
術は互角。いや、少し向こうが上かもしれない。
だが、問題はそこではない。
体術が違いすぎる。
圧倒的な経験値、戦場での身体の動かし方、殺気の質――
こっちは考える前に削られる。
勝つ手札が、ない。
このまま削られて、終わるだけ。
脳内に、冷酷な数字が浮かぶ。
勝率、6%。
「……低すぎるな」
鮮血が口元を濡らす。視界が揺れる。
それでも、晴明はわずかに口元を歪めた。笑っているようにも見える。
だが一つだけ。
一つだけ、可能性がある。
――九尾。
己の中に封じた“もう一つの自我”。
獣の本能、千年を越えて積み上げられた陰陽術の最奥。
封じてきた。
恐ろしかった。
それが暴走すれば、自我ごと呑み込まれる。
けれど今――
ここで引けば、何も残らない。
(……主導権を渡す。九尾、お前に)
《精神演算を副処理へ移行》
《身体制御を共用モードへ移行》
《リソース振り分け完了――戦闘アルゴリズム、再起動》
意識の奥底。
蓋をされた檻が軋む。
扉が開く。
「――フッ……血に飢えた狐が目を覚ましたか」
その瞬間。
晴明の背後に、九本の霊尾がふわりと浮かんだ。
視線が変わる。
鋭い。静かだ。
まるで、すべてを見通しているかのような“獣”の目。
「……さて。残りの勝率、28%。三度に一度の賭け、悪くないな」
ドーマンが一歩、身構える。
その獣眼に、微かな警戒が宿った。
「まさか“お前”が出てきたか。九尾」
空気が、変わる。
砂の舞う音が消えた。風の流れが止まった。
そして、地を蹴った。